カーネトリアス「休暇か……あっても、何をするか悩んで終わるな」
お久しぶりです(がくぶる
後半、というか最後?第三者視点になりますので、ご了承ください。
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杯の中でゆらゆらと光を照り返す酒。祭りに行けず――毎年のことではある――若干精彩を欠いた我を見かねて、リリーが一杯だけですよ、と注いだ酒を呷る。つうと光沢のある雫が唇からこぼれるのも気にする余裕はない。うますぎるのだ、この酒が。
「うまい……」
「それはようございました」
リリーは花が綻ぶように、否、綻びかけた花が気後れして蕾に戻ってしまうような見事な笑みを浮かべた。心から嬉しそうに笑っているからであろうか、いつもより三厘ほど増して魅力的かもしれぬ。
ふるふると首を軽く振る。リリーは少し首を傾げたが、笑みはそのままだ。
カリカリと羽ペンでサインを書きつける。せっかくの祭りだと言うのに、今年も花火くらいしか見られぬだろうな。毎年リリーが土産と称して色々と供してくれねば、B級グルメを食べられぬ。
しかし、このイカ焼きとやら、酒のあてに良いな……。今度城の料理人に作らせよう。むっ、このたこ焼きとやらも中々。何やら薄い茶色のものが揺れているが……。
「しかしリリー、今年は随分変わったものが多いな?勿論美味なのだが」
「鬼人族が出している屋台をたくさん見つけまして。珍しかったので、つい買ってしまいました。先程召し上がっていらしたお酒も、鬼人族のものですよ」
「真か?今年の我の給料の半分を使ってよいから、手配してほしい」
「……その、主様。さっきのお酒はすごく貴重なものでして、滅多に市場に出回らないそうです。ごく普通の品質のものはすぐに手に入ると思いますが」
ペンが止まった。紙の上でインクが滲む。絶望のあまり動けぬ。
美酒がなくては、我は動かぬ。働けぬ。
「……その、少量でよろしければ、私が頂いたものなので差し上げます」
「良いのか!?」
リリーは苦笑気味に頷いた。
「そのかわり、私にも一杯くださいね?」
「よかろう」
今夜の酒盛りが楽しみだ。
ペンの速度が心なしか上がり、例年よりも早く晩酌できると思っていた時だった。
花火を見ながらの晩酌の準備をするため出ていたリリーが、物凄い勢いで執務室に駆け込んできた。ばたんと扉を閉めて床にへたり込む。よく見れば僅かに震えているやもしれぬ。
これほど取り乱したリリーは初めて見た。何事か、そう尋ねようとした時、コンコンと扉がノックされた。
ビクッとリリーの肩が跳ねる。
「リリフィアーネ殿?なぜ逃げるのですか、お話を……」
我は立ち上がり、すたすたと歩いて扉を開けた。そこには予想通りの人物がいた。
「なぜ貴様がいる!?」
「それは我の台詞だ。とく去ね」
我の執務室に我がいるのは当然であろう?何を寝惚けたことを言っておるのか。
壁には内務宰相執務室と書いてあるプレートがぶら下がっている。
「貴様に用はない。私はリリフィアーネ殿を祭りにお誘いに来たのだ。退け」
「……だ、そうだが」
「行きません!」
がーん、と音が出そうなほど面白く固まった神狼族の阿呆。リリーが貴様を見て逃げ出した時点で察しろと鼻で笑うほかない。
「な、何故です」
「まず、変質者なんて論外」
当然であるな。加えて、リリーはすうと息を吸い込み、先程よりも強い口調で言い放つ。
「何より!主様に対してとても無礼です!」
リリーよ、我を盾にしている時点で其方も結構無礼ぞ。有能で気丈な其方に頼られるのは少々気分が良いがな。
涙目で睨み言い切ったリリーに、固まって微動だにしない置物。まあ、最初の言葉で固まっていたが。二言目を聞かせられなかったのが残念である。
額を指で弾くとハートブレイクはゆっくりと後ろに倒れた。
……しまった、これでは通行の邪魔であるな。
「リリー、何か茶を」
「かしこまりました」
リリーは既にいつもの凛とした様子に戻っていた。しかし先程のことを、醜態を晒したと思っているのか、目元が僅かに赤い。口元がついつい緩む。
それにつけても、リリーはいつルベンスが変質者だと気づいたのか。先日の夜会の時はアレの好意にすら気づいていないようだったが。
さて、リリーが茶を淹れているうちに担架を呼ばねば。時間が惜しいので簡潔に書く。
『不治の病で急患一人。内務宰相執務室前。担架求む。』
「ヴァン、頼んだぞ」
我はこっそりとヴァンを呼び出し、スグニル宛の手紙を渡した。
多少のトラブルはあったものの、花火が打ち上げられる前に仕事は終わった。つまり、今年も最終日の夜まで仕事で自由な時間が取れなかった、ということである。
確かに仕事はお金が絡んでとても楽しいのであるが、いかんせん下らぬ要請も多い。なぜ我のところに陛下の菓子代や外務宰相の交遊費が回ってくるのか……。
我の最近の仕事で楽しかったのは、北への街道整備とか、学院の研究費の交渉とか、であるな。西の街道も整備したい。できれば鬼人族の引きこもりを治したいところである。……酒のこともあるゆえ。
ぬるい風が漂う執務室のバルコニーで椅子に腰かけていると、リリーがワゴンを押してきた。なぜ一般的な陰魔法使いのメイドのように亜空間に仕舞ってこないのか、と以前気になって聞いたことがある。リリーは様式美です、と意味深な笑顔で告げたものだ。
優雅な手つきで、テーブルの上に皿が載せられる。リリーはそのまま壁際に待機しようとしたが、我は呼びとめた。
「リリー、偶には共に食事をしようぞ。一人では味気なくてかなわぬ」
「去年まではお一人でしたが?主様は基本的にはお一人で召し上がっていますよね?」
リリーは不思議そうに尋ねてきた。記憶力の良い彼女には奇異に映るらしい。
「ダメか……」
「いえっ、その、そういうわけではないのです!えっと、ご相伴に与らせていただきます」
我は思わず噴き出した。常にない慌て方である。
「主様、酷いです」
「すまぬ」
断れぬとわかっていて誘う我にも非はあるのだろうが、な。それにしても今日は慌てるリリーによく会う。先程とは異なって頬が緩む。酒のせいか、常になく表情筋が緩い。こんなことでは次の定例会議で予算をもぎ取られてしまうな……。気を付けねばなるまい。
「あ、始まりましたよ」
ひゅぅぅ、どぉぉぉん
今年も粋を凝らした花火があがっているのだろう。残念ながら我に芸術の素養はないが、リリーは感嘆の溜息を漏らしているゆえ間違いない。
「恙なく今年の夏至祭を迎えたことに、乾杯」
「乾杯」
チン、と涼やかな音が、花火の咲く合間に響いた。
魔王城で花火見物にシャレこむのは、なにも彼らだけではない。許可された区画なら、他の城勤めの者たちもバルコニーに出てよいのである。
内務宰相執務室の、丁度真上。階下を覗く妖艶な淫魔族の女性と、気難し気に腕を組む鮮やかな紺色の竜人族の男性がいた。
「あら、すっごくいい雰囲気!そう思わない?」
「……」
「そう思うわよね!あの子にも春が……来るのかしら?」
指を顎に当てて小首を傾げる姿は若々しい。男性の方は、よくよく見れば鼻から赤い液体がどばどばと流れ出していた。時々花火に照らされる二人の後ろから声がかかった。
「母さん、父さんが困っているよ」
「お義母さま、何が見えるんですか?」
「お姉様と呼びなさいと言っているでしょう!レーベル、ナタリエ、遅かったわね。リリーちゃんとブラディーネル宰相様よ」
「本当ですか、お義母さま!」
「お・ね・え・さ・ま」
青筋を浮かべる淫魔族の女性に気づかないまま、麟族の女性が下を見る。彼女の顔はもはや、ニヤニヤを通り越してニタァニタァといった様子で、数世紀の恋も冷める、どころか、見た者が消えることのない黒歴史となるに違いない。幸い、彼女の夫にその顔は見られずに済んだが。
「ぐへへ……明日が楽しみ♪」
しかし、その無邪気を装った邪悪な笑みを見てしまった夫のレーベルはこっそり引いた。父に助けを求めようとしたが、彼は最愛の妻の愛らしさに(彼の主観)血塗れで気を失っていたのである。
レーベルには花火の弾ける音が、遠く聞こえたのであった。




