リリフィアーネ「ここで引いては女が廃る」
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恋愛方向で進めようか、迷いますね……。
どこからか聞こえてくる楽の音や人々の笑い声あるいは怒声、風に乗って漂う香ばしい料理の香り。何ということもない手軽な露店の料理が、今日ばかりは特別な料理に変わる。
魔族にも祭りというものはある。種族によって信じる神こそ違えど、人間だけでなく魔族にとって夏至とは特別な意味をもつのだ。
夏至祭――一年の内で最も日の長い日であり、北や西の魔族にとって、この日を過ぎれば夜が長くなり、何となく、本当に気持ち程度だが魔法が使いやすくなるらしい。人間は今日限り最強の太陽神を崇める浄化の日。魔族にとっては星雨神が活性化する日。ただし残念なことに、人間と魔族では神の名は違う。
妖精種に限れば、夏至の朝露、前夜に採集した薬草が特別な効果を持つ日だ。王都に来てからは森ではなく城の薬草園でお手伝いをするくらいだけど。
それはともかく、夏至祭は収穫祭と並んで二大祭典と言われている。この二つの祭りに関してはどの種族も行うからだ。
種族固有の祭としては、例えば西の悪魔族、魔人族には春宵の祝祭、不死種の冬至祭、鍛冶妖精族と竜族の御酒祭などが有名だ。
魔族は楽しいことが大好きだ。だから祭りも目一杯騒ぐ。痴話喧嘩、刀傷沙汰、何でもありだ。流血を伴う祭りに慣れてしまった自分が恨めしい。小さい頃は魔生物の解体でも吐きそうになったというのが懐かしい。
この日――夏至祭――ばかりは城のお勤めもない。と言っても全くないわけでは流石にない。
主様は財務の担当で、緊急の事案や官吏たちが祭りのために故意に横領をおこさないとも限らないためにほぼカンヅメだ。ということで主様の侍女として私は始終補佐しなければならないのだが、そこは流石私の主様というだけあって私に三時間の休憩をくれたのだ!
一生ついてゆきます、主様!
半日くらい休みをくれたっていいだろう?そう思うものもいると思う。
でもよく考えてみてほしい。祭って正直、人が多すぎて身動きが取れないし、どうせ欲しいものもないので半日は長すぎる。友人たちも恋人と祭りを冷やかすのがほとんどだ。
別に恋人がいないのを気にしてはいないよ?本当に。うん。
それにほら、主様が仕事しているのに自分だけ楽しむのも、どうかなって思うの。心からそう思っているよ?
まあ、主様に申し訳ないのは本当だし、お土産は買うつもりだ。自分用にB級グルメも外さないが。何せ、私以外の転生者が頑張ってくれたようで、日本の露店料理はだいたいあるのだ。この世界に転生できて、私は幸せです!
私はお祭り用の普段よりカラフルなワンピースの裾を翻し、人ごみに突撃した。
「よっ、そこの美人の嬢ちゃん、カリオを贅沢に掛けたナナはどうだい?安くするよ!」
カリオナナですと!
声を掛けられたのは私ではないだろうが――正直、妖精種の中では凡庸な見た目だと思っている――定番の商品に足を止めざるを得ない。
何故か人が寄りついていない。そういえばチョコバナナをお祭りで見るの初めてかも。
「主人、二ついただけますか?」
「おうよ!お代は……うん、嬢ちゃんからはもらわなくていいぜ!但しちょっとここで世間話しよう」
「……?構いませんが」
露店の主人の意図はつかめなかったが、特に約束もないので付き合う。チョコバナナの対価としては安いくらいだ。しかもご丁寧にチョコスプレーまでかかっている。いつの間に開発されたんだろう?
「へえ、南の大陸からわざわざやって来たんですか?すごいですね」
「おうよ!ま、このままこの大陸に永住するつもりなんだ。実力主義だけど自由な気風が気に入ってな。治安は、あれだが」
「血の気が多い人が多いですからねー。でもここ数十年で結構改善したんですよ」
「……そうか、嬢ちゃん魔族だったな……俺より年上だよな~」
年上はタイプじゃないんだ、なんて低い声で笑うおっちゃん。……このおっちゃん、地味に腰に来る声だな!?主様ほどじゃないけど!
私はその後、過去の犯罪状況と最近の警備部隊の活躍を話してあげた。レヴィが頑張ってないなんて言わせないぜ。それからいくつかおすすめの出店を聞いた。一緒に移住してきた人が開いているらしいので、人間の食べ物が食べられるかも!
「主人、おいしかったです。おすすめのお店にも行ってみますね」
「毎度~」
なんだかんだで三本くらいただで食べてしまった。もちろん、主様の分も確保してある。
私が祭りの露店に寄る時、食べ物で鬼人族が店主の場合は絶対に寄っている。と言っても、鬼人族は何故か目立たないところで固まって屋台村のごとく営業しているので一軒見つけてしまえば後は楽だ。その一軒を見つけるのがなかなか困難らしいのだが。
「お嬢ちゃん、こんなところに迷い込むなんて、運がいいね」
「そうですか?」
「おうとも」
じゅぅーという油の弾ける音。少し焦げたオイスターソースの匂い。しゃっしゃっ、と鉄板と金属製のへらがこすれる。
「へい、お待ち!」
「わー!」
日に焼けたお兄さんの手には湯気立ち香る焼きそば。赤い紅ショウガが誘っている。くぅー、待ってました、このチープな味を!思わず歓声をあげてしまうのもいたしかたないよね!
焼きそばはハーフサイズにしてもらっているのですぐに食べ終わる。妖精種は他の種族に比べて胃が小さいので他のものが食べられなくなっちゃうからね!
お土産用に特大サイズも買う。近くの鬼人族の露店でも、お好み焼き、たこ焼き、たい焼き、かき氷、リンゴ飴、焼きおにぎり、キュウリの浅漬けと食べ歩く。勿論、お土産も買う。
ここまで話せばわかると思うが、鬼人族の文化は日本に酷似しているのだ。ミースオ、ショーユの一大生産地である。これはたぶん、元々の鬼人族の性質に加え、転生者が多かったことによるようだ。
鬼人族の一角はまさに屋台村。提灯を張り巡らしていて露店とは違うし、とても懐かしい光景を味わえるので大好きだ。ただ鎖国気味で鬼人族にあまり出会うことはないんだけどね。
しかし今日はとことん運がいいようで、屋台に紛れた酒屋さんを発見する。肌寒く、暗いお店だが、酒の保存には適している。これは期待大!
「……らっしゃい」
頬に大きな傷がある、大分強面の鬼人族のおじさんが不愛想に歓迎してくれた。私は何とはなしに息を潜めて商品を物色する。
しばらく種々の酒瓶とにらめっこしていると、店主の裏からパタパタと走りよる音が聞こえてきた。
「あっ!お客さんだ、珍しい!妖精族なんて!あなた名前は?リリフィアーネ?いい名前ね!私はモリイよ、よろしくね」
随分可愛らしい声に振り返ると、私と見た目は同じくらいの鬼人族の少女がいた。娘さんだろうか?
「ね、ね、あなた!試飲してみない?ここまで来れるお客さんは滅多にいないの!お酒が本当に好きじゃないとこの店を見ることすらできないのよ。そういう、人除けの魔道具を使っているの。それにしても、妖精族って本当に美人が多いわよね!最近は馴染みの鬼人族と鍛冶妖精くらいしか見てなかったから、本当に嬉しいわ!」
なんか、すっごいパワフルだな……。なんだか懐かしいな。前世の隣のおばちゃんに言動は似てる気がする。そういえば城にはこういう人、あんまりいないかも。
おじさんは磨いていたワインのテイスティンググラスに日本酒を入れ始めた。えっ、いいの?
「さあさあ、こっちに座って頂戴。気に入ったのを売ってあげるわ」
「ありがとうございます」
私はワクワクしながらとっとっと、と小量注がれるお酒を見つめた。すっと目の前に差し出された酒を持ち上げ、ぐいっと呷る。正直これだけでも二日酔いは確実だが、ここで飲まないというのは酒好きの名が廃る。……なんで私、酒に弱い魔族なのかなあ……。
「美味しい。青く冴えていて、三つ葉のような爽やかな香り……。にも関わらずこの存在感のある味。これだけで一夜が明かせそう」
私は恍惚とした表情を浮かべていると思う。水を一杯もらって、また一杯。それの繰り返し。
「黄金色の、稲穂のようなふくよかな香りが素敵……。まるみのある、ほっとするようなお酒ね。どんな料理にも合いそうだわ」
「澄明度の高い、いいお酒だわ。華やかな香りと絹のような舌触り……。ああ、とれたての川魚の塩焼きと合わせたい……」
それからも何度かお酒を呑んだのだけど、呑まれてしまったみたい。気づけば私はカウンターに突っ伏していて、布を掛けられていた。
「あら、起きたわ!良い飲みっぷりだったけど、妖精種の例に漏れずお酒に弱いのね!いい舌を持ってるのにもったいないわ!妖精族ってみんな五感が鋭いのかしら?でも彼らって甘い柔らかなお酒が好きよね?蜂蜜酒とか……。あなたは辛口の米酒もおいしそうに飲んでいたけど」
「うう……」
「あら、二日酔い?違うかしら?お水を持ってくるわ」
自分の不摂生に魔法を使うのは気が引けるけど、この後仕事だしなあ。このままでは主様に迷惑をかけてしまう。仕方ない。私はアセトアルデヒドを分解するように、肝臓を活性化させる。
そこに水の入ったジョッキを持ったモリイさんがやって来た。
「もうお酒が抜け始めているの?羨ましいわ!あ、でも鍛冶妖精や竜族の皆さんは二日酔いとは無縁だったわね。はい、お水」
「ありがとうございます……。二日酔いは魔法で今治しているんです。もったいないですけど、これから仕事がありますので」
「ふーん?お祭りなのに仕事?大変ねえ」
「ええ。そろそろお暇しなければなりません。ところで、三番目のお酒と、十番目、それから十二番めのお酒を売っていただけますか?」
「「っ!」」
全然顔色を変えなかったおじさんまで息をのんだ。モリイさんは勢いよくおじさんを見た。
「あなた!」
……夫婦、だと……!
「……」
重々しく頷くおじ……改め旦那さん。何故かバックヤードに消えた。
「リリフィアーネさん、あなた本当にすごいわ!三番目は『金色の夢』、十番目は『鬼殺し』、十二番目は『破戒僧』、いずれも滅多に市場に出回らない銘酒よ!酒好きの鬼人族垂涎の的!ピンポイントで当てるなんて!」
どん、どん、どん、とカウンターに並ぶ三つの小さめの酒樽。
「やる」
「えっ?」
展開が早すぎてついていけない。
「……お前さんほどうまそうに酒を飲み、的確に味わった奴を見たことがねえ。お前さんに飲まれれば、こいつらも本望だろう」
「あなたがそんなにしゃべるなんて……!」
ここで受け取らぬは酒好きの恥。
「……ありがとうございます。では、私も返杯しましょう」
私はきりっとした顔――ここ数十年で一番――で、亜空間から玉蜀黍蒸留酒と廃糖蜜酒の小樽を出した。フィベルテ侯爵主催の夜会の数日後に、「リリーのお陰で手に入れたゆえ」と主様が少し分けてくれたのだ。ついでに、ナタリエと一緒に作ったおつまみセットも出す。
「では、私はこれで」
ぽかーんとしている夫妻を放置して、私は城に急いで帰った。やばい、遅刻かも!
◇チョコバナナ屋さんにて
「オヤジ、さっきの美人のねーちゃんが食ってたやつ、十本!」
「なにっ!?では俺は十五本たのもう!」
「毎度~」
リリーが去って約三十分後、在庫は消えた。翌年より、カリオナナは祭りの定番としてもてはやされるようになる。
◇酒屋にて
「参ったな……」
「あら、どうしたの?」
「飲んでみろ」
「っ!」
「こりゃあ、金だけじゃ手に入んねえ。千年物だろう。しかもきちんと管理されていて味がへたってねえ……」
「強壮玉蜀黍かしら?……もしかして大王玉蜀黍……!?てことは廃糖蜜酒は……処女砂糖黍!?」
「とんでもねえねえちゃんだな、ありゃあ。よっぽど酒の神に愛されてるんだろう」
「置いて行ったつまみも目新しいし、美味しいわ。このレシピも気になるわね。また来てくれないかしら?人除けの魔道具を使っているし、もう一度は難しいかしらね?」
「おとうさん、おかあさん?いいこと、あったの?」
「あら、メグリ。うふふ、そうね、とってもいいことがあったのよ。ね?」
「ああ」




