ルベンス・アッジ「「なんだか様子が変だなあ」」
お待たせしました
被害者のおな~り~
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◇ルベンス
「ん……?」
目が覚めると、そこは見知らぬ天井……ということもなく。普通に医務室の汚れのない白い天井だった。
訓練で負った数々の傷はもうほとんど癒えている。流石、魔王城に仕えているだけある。家臣達の中でも、ここまでの腕の薬師はいない。ただ単に、獣人族はあまり薬師が向いてない、というか、興味を持たないのだ。
「起きましたね」
ぽよぽよと腹を震わせながら近づいてきたのはスグニル先生だ。魔王城に勤めはじめてまだ数年にもかかわらず、筆頭薬師をしている亡霊族だ。妖精種は団体行動とかリーダーシップとかとは無縁な話だからだ。
薬師には妖精種や魔人種が多く、不死族には珍しいが、先生は生前も医師をしていたそうで素晴らしい腕前だ。いつも世話になっている。
「何か違和感はありますか?」
そう言われて色々と腕を動かしてみる。
「特には。ただちょっと、熱い……?」
動くと、じんわりと身体全体を包むような熱が生まれている気がする。ふむ、とスグニル先生は紙の挟まったバインダーと万年筆と手にとり、口を開いた。
「どう熱いのですか?」
「体全体がぼんやり熱い。患部だったところが更に熱い感じだ」
「なるほど。意識ははっきりしていますし……。視界が悪いとか、鼻が利かないとかはありますか?」
「?そんなことはないと思うが」
なぜそんなことを聞くのだろうか?確かに久々に大怪我をしたが、いつもなら陽魔法使いの医師がサクッと治癒魔法をかけて終わりだ。
スグニル先生はふむふむと紙にメモを取っていたのだが、私の考えを読んだように補足してくれた。
「いえね、最近方針を少し変えたのですよ。治癒魔法は確かに簡単に怪我が治っていいのですが、短期間に使いすぎると身体に悪影響がでる可能性が示唆されていまして。ですから、緊急時以外は出来るだけ薬で対応することになったのですよ。元々、治癒魔法の使い手は多くありませんし」
「なるほど」
先生の話に相槌を打つ。
確かに、体の構造を理解していない者は医師免許を取れないからな。逆にスグニル先生のように治癒魔法が使えなくとも、体の構造を理解して薬剤や外科ができれば資格を得られる。加えて、資格がないと魔王城では雇われない。かく言う私も騎士の資格を持っている。
「それで、熱に関してですが、それは恐らく治りかけの兆候です。今回処方した薬は回復を促進する効果のある魔法薬と傷を治す軟膏です。この軟膏は動物実験を済ませ安全は確認していますが、まだあまり使われていないので、身体の具合がおかしくなったらすぐに申し出てください」
「わかりました」
「そうそう、薬を処方しなければ全治三か月の大怪我でしたから、今日はもう帰って休みなさい。いいですね。大事をとって仕事は明後日から復帰するように」
「……はい」
素直に返事をするが、納得したわけではない。私はまだまだ訓練したいのだ。
「いいですね?」
俺は頷くしかなかった。
背筋が凍るような声を思い出して、ぶるっと身震いする。しかし、言いつけを破って訓練したい。体のほてりが止まらないのだ。この靄のかかったようなスッキリしない頭を、剣を振り回して解消したい
ふわふわとした足取りで自室に続く廊下を進む。自室で素振りでもすればいい。何故かすれ違う者たちがみな驚愕の表情を浮かべているが、不思議と気にならない。
そのまま角を曲がったとき
そこに天使は舞い降りていた。
日差しの差しこむ南の回廊で、艶やかな銀髪を結い上げ、惜しげもなくその白いうなじを晒す佳人が少し先を歩いていた。白い結ばれたリボンが腰でゆらゆら揺れている。他の召使いや侍女で見慣れているはずのそれは、今日はなんだか蠱惑的に見えて。
いつの間にか私は彼女の紫の双眸を覗きこむ位置に回りこんでいた。真水のような甘い匂いに更に頭がくらくらする。
「フィベルテ殿?何か?」
「おお、女神よ。そのように他人行儀に呼ばないでください。どうか私のことはルビィと」
すらすらといつも言いたくても言えなかったことが口から出る。私は衝動の赴くままに彼女に跪き、頭を垂れた。そしてもう一度顔をあげ、輝く紫水晶の瞳を見つめる。
「私、ルベンス・フォン・フィベルテは動物神ヴァフマンの名においてリリフィアーネ・フォン・イースティーレデンに求婚する者なり!」
「はああ!?」
私はこの上ない充足感に包まれて彼女を抱きしめ、口づけようと顔を近づけ……。
◇アッジ
僕は東の端っこの領地から出稼ぎ?に出てきた小人族の男だ。妖精種はあんまり東の領地からは出ないんだけど、やっぱり都会って憧れるよね。もちろん、ダッチェス・グリニーストも都会なんだけど、王都って響きがカッコイイよね!
小さい時から植物とは慣れ親しんでいたから、薬師を志望したんだけど、なかなか大変だ。お城勤めは特に大変だ。学院で単位を揃えて資格を取らないといけない。だけど、給料がとてもいい。ただ、医師や薬師は資格だけじゃなくて、師匠に免許皆伝の印をもらわないといけない。そして僕はスグニル先生に師事していて、今も雑用の最中だ。
僕は新薬の臨床実験第一号さんに薬を塗り込んだ後、新薬の申請に必要な書類をもらいに事務室に行っていた。新薬はたとえそれが毒薬だろうが詳細を書き記す義務があるのだ。ここ最近は変わった薬が沢山出来たので、ストックしていた申請用の白紙の書類がきれていたのだ。
事務のお姉さんたちにもらったお菓子を鞄にぎゅうぎゅうに詰めて、ギリギリ目が覗けるぐらいの書類を抱える。ちょっと欲張りすぎたかも。なかなか医療棟には戻れなさそうだ、っと。危ない危ない、落としたら一大事だ。足を速めてはいけないな、うん。そう思いつつ南の回廊に出た時だった。
傾いて抱えなおした紙束をまた傾けそうな光景があった。
リリフィアーネお嬢様がフィベルテ侯爵家嫡男ルベンス様に求婚されていたのだ。
僕は慌てて角にひっこんだ。だって、ねえ?
お嬢様――僕の出身地を治める貴族様だけど、抜けてるからみんな親愛を込めてオジョーサマって呼ぶ――は妖精種の僕らから見ても綺麗な顔を間抜けにキョトンとさせた。多分理解が追いついてないんだな。
にしても、美男美女で絵になるなー。白い大理石でできた回廊、それに面した庭の鮮やかに咲き誇る花々、青い空を行く太陽の日差し。小説みたいだ。後ろでキャーって声が複数聞こえるから、メイドたちも野次馬してるんだなーって安心した。
みんなで覗けば怖くない!
あっ!
ルベンス様がおもむろに立ち上がってキスしようとしてる!
僕は他人事なのに――いや他人事だからこそ、興奮している。ドキドキ。
「いっやあああああああ!」
「ごふっ」
……。
僕は紙束が崩れるのも厭わず股間を押さえた。膝もちょっと内またになっちゃう。
そりゃないよ、お嬢様……。
たぶん、野次馬全員の総意じゃないかな……。
リリフィアーネお嬢様がしばし呆然としたのち、虚ろな目でこちらに進んできたので、僕は慌てて書類を拾い上げ、できるだけ何食わぬ表情を取り繕ってすれ違い、物言わぬ屍をまたいだ。思わずブルッてなってなんかないんだ!ぐえって音も聞こえないんだい!
それからもなんだか奇妙な光景を目にした。
水妖族のお姉さんたちに踏まれ鞭打たれ恍惚の表情を浮かべる麟族の騎士や兵士たち。
エプロンを付けたままの料理人を運ぶ近衛隊副隊長さん。
真っ赤な顔で警備部隊副隊長に愛を訴えるごつい色霊族。
事務方の中年男性たちに仕事中に告白されて、絶対零度の蔑んだ眼を向ける吸血鬼(婚約者持ち)のお兄さん。
綺麗なお姉さん達に迫られ、そのまま会議室にエスコートされちゃう淫魔族の宰相。
なんだかみんな浮ついているなあ、夏至祭が近いからかなあ、なんて思いながら医療室に戻った。あっ、ルベンス様を運ぶ担架手配しないと!
「アッジ、戻ったのかい?」
「はい、先生!あっ、南の回廊に担架を回してください。ルベンス様が倒れてました」
「またかい?」
スグニル先生は呆れたように担架を手配して、体格のいい他の人を派遣した。
「そうそう、今日はなんだかみんな浮ついているんです」
僕は道すがらあったことを話した。するとスグニル先生は、ピタリと新薬の申請書を書く手を止めた。どうしたのかと思って手元を覗きこんでみる。
先生は僕を見て微笑み、薬名欄に『恋心暴発促進剤※当たって砕け散るかも』と書きこんだ。
白昼堂々プロポーズするって、後先考えてないよなー、といつも思います。
絶対零度はマイナス273度です。
淫魔族の宰相はいつもはエスコートする側です。




