シャルヴィン「僕の自慢の先生」
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すごいすごいすごい!やっぱりリリーは凄いや!ケセルエーレン――友人の妖精族も「嘘だろ……」とつぶやいたっきり動かない。というか、この夢幻の魔法に、皆魂を呑まれてしまったよう。静寂に包まれた教室を、講義の終了を告げる鐘の音に伴われてリリーは去る。僕は慌ててリリーの後を追った。
「リリー!」
「シャルヴィン様、お久しぶりですね。背がだいぶ伸びたみたいで……」
リリーは遅滞することなく振り返り、朗らかに挨拶を返してくれた。柔らかい笑顔に、頰が少し熱くなる。大体五十年振りに会うけど、覚えていてくれてよかった。
「もうすぐリリーの背を追い抜かすからね。楽しみに待っていてよ。それに僕を呼ぶ時はシャルでいいから。……リリーも前より綺麗だよ」
「あら、シャルヴィン様も美しいですよ?」
僕は苦笑した。リリーはいつだって自分に無頓着だし、頑固だ。
「それにしても驚きました。シャルヴィン様はまだ百二十になるかどうかでしょう?竜族ではまだ成人ではなかったと記憶していますが」
確かに例外だろう、僕みたいに成人前に学院に放り込まれるのは。何せ、よっぽどの理由がない限り、学院に入学するには成人していることが条件だからだ。
これは自衛ができるという意味なので、僕に関してはクリアしてはいる。嘆きの渓谷を踏破したのは伊達ではない。
「そうだよ。でも母上に何を言っても無駄だからね……」
「セレナイト様は何と?」
「まだ早いって母上に手紙で抗議したみたい。けど、僕は父上を釣る餌って母上が言ってた。実際ちょくちょくこっそり心配して来るんだ」
「で、ミネルヴァ様にお持ち帰りされるんですね……」
リリーは僕の頭を優しく撫でてくれた。母上は豪快に髪を混ぜっ返すし、首がもげそうなのだ。もっと撫でてほしいのですりすりと寄る。こういう姉上か母上か恋人が欲しい。
「ねえリリー、時間ある?あったらさっきの魔法について教えてほしいんだ」
「来週のお楽しみですよ」
リリーは片目をつぶって悪戯っぽく笑う。
「意地悪……」
「ウッ」
僕の上目遣いはリリーにも効果抜群だ。昔より大きくなったから効果が落ちたかと思ったけど、そんなでもないみたい。
「仕方がありませんね……。来週の講義がつまらなくても知りませんし、主様のいる場所に着くまでですよ?」
「ありがとうリリー!」
やっぱりリリーは優しいや。横に並んで歩く。手も繋ぐ。子供って本当便利だよねー。年の離れた女性に異性と見られないのが欠点かな?
「体内魔力というものの質に個人差はありません。ただ体質によって魔力の放出の仕方が異なるわけです。よって、個人の資質にあった道具――妖精族は楽器が多いですね――に魔力を異なる性質に変換する魔法陣を刻み、魔法言語で呪を唱える事が必要です」
「それなら音楽は要らないんじゃない?」
「一概にそうとも言えないのですよ。美しい旋律は魔法言語の効果を高めているのです。他の種族は剣舞などの舞だったり、大人数で演奏したり、供物を捧げたりします」
「リリーは陽魔法に憧れてたよね?何でいつも変換しないの?」
「よく覚えていましたね……。この魔法、凄く疲れるんですよ。魔力が私の肉体というフィルターを通る事で、体内魔力は既に陰魔法用に調整されてしまうのです。そこから陽魔法用に調整するためにあの長ったらしい前置き以外にも大量の魔力が必要です。現に今の私は特級の魔法薬を飲んでさえ全力の四割程です。全部を通してやった時は死ぬかと思いましたね……」
「その変換用の魔力は自然魔力や魔石で補えないの?」
「魔道具とは違って、魔力に潜む意思――魔力波動が必須ですので、現代技術ではできません」
「ふーん」
魔道具は行使する魔法が予め組み込んであり、陰陽の性質を帯びた魔力は魔力波動を細波のように癖のないもの――魔石の持つような魔力にし、行使する魔法に合うように消費する。
魔道具化すれば良いのでは?と思わなくもないが、それでは意味がない……自在に様々な魔法を使える訳ではないし。魔石や自然魔力と体内魔力は意思の存在という点で違うから……。
「いずれにせよ、古くからあらゆる所で発達し、魔大陸では廃れつつある魔法です。この分野に関しては、もしかしたら人間の方が進んだ知識を持っているかもしれませんね。効率化できればいいのですが、それは研究者にお任せです。……そろそろ終わりですね」
「ええっ、そんなあ」
「ふふ、ほら、今の私の主様ですよ。やっぱり時を忘れていらっしゃる」
鐘がなって随分たつのに、まだ剣と魔法を放さない黒髪紅眼の魔人。凶悪な笑顔を浮かべて生徒を沈没させている。やっぱり母上の幼馴染みは変態だな。……僕、週末の魔戦指導取ってるんだけど、それもカーネトリアスかな?イヤだな……。
そのカーネトリアスは僕らが視界に入るとピタリと動きを止め、剣を腰の鞘に収めた。
「リリー、もう刻限か?」
「ええ。楽しかったようで何よりです」
「うむ。学生ゆえまだまだだがな」
歩み寄ってリリーと嬉しげに会話するカーネトリアスにプチっときた。前言撤回。僕の魔戦指導、カーネトリアスだったらボコろう。
「ところで、そなたの腰にひっついた餓鬼は誰ぞ?」
僕はリリーの後ろに回ってしがみつく。リリーには顔が見えないのを利用して、目一杯ドヤ顔する。一瞬火花が散るが、リリーは気づかない。
「シャルヴィン様です。ミネルヴァ様のご子息ですよ。人見知りなんです」
「ほほう、ミネルヴァの……リリー、戻るぞ」
「あ、主様?なんで機嫌が急降下?ちょっと、待って下さい!シャルヴィン様、私も仕事ですから、これで失礼しますね。また今度」
「あっ、リリー!」
スタスタと歩くアイツを追いかけてリリーは行ってしまった。悔しい!思わず歯をくいしばる。
「悔しいか、息子よ」
「!」
驚いて振り返ればうねる朱金の髪と自分のものによく似た金の瞳の美女がいた。
「母上!見ていたのですか!?」
「まあな。いや、面白いものが見られたよ。あのカーネスが侍女に懸想とか……アハハハハ!」
多分竜の姿だったら腹を出して地面を叩いて爆笑しているだろう。今でさえ腹を抱えて涙を流しているのだから。
「母上、みっともないですよ」
「ふ、あははは、ひぃ……!ま、リリーは手強いぞ。鈍いしな。アイツ、人の考えは手に取るように察知するくせに、好意には絶望的に鈍い。頑張れ、息子よ」
言うだけ言うと、母上は竜になって空を飛んでいった。仕事しなよ、って伝えるの忘れてた。
ガヤガヤと賑わう夜の食堂。今日の話題は魔法理論と魔戦指導で持ちきりだ。たった一日なのに、凄い反響だと思う。僕はレレスのサラダをつつきながら、向かいでミースオのスープをすするケセルエーレンに気になっていたことを尋ねた。
「なあケセル、なんでリリーの魔法に嘘だろって言ったんだ?」
「……成人の儀は、基本的に高位の家格でかつ陽魔法使いしかやらないんだ。俺は平民だったからやらなかったし」
「それで?」
「今から、五十年くらい前のことだよ。成人の儀は、逆に妖精族の貴族以外に公開されるんだけど、それで、歴代最高と大人が評価した、ガキの頃一回だけ見た成人の儀が、今日のものと同じだったんだ。……短かったけど」
まさか陰魔法使いだったなんて……。ポツリと呟いた声には様々な感情が見え隠れしていた。
「年齢から考えても、リリーだろうね。でも、陰魔法使いのリリーが何で成人の儀をやったんだ?」
僕は主だった妖精族の貴族を思い浮かべてみた。
「多分、周期的な問題だと思う。成人の儀は半世紀に一度はやらなきゃいけないらしいんだけど、当時適齢期の貴族は彼女しかいなかったんじゃないか?成人の儀は一人一回しかできないから……」
「ふーん?非効率的な掟だね。ま、貴族はもともと巫の末裔だし仕方ないかも。竜族にも結構儀式とかあるし。僕は一応男爵家だから関係ないかな」
「よく言うよ」
おどけて見せればケセルは苦笑した。先程渦巻いていた感情はもう見えない。
「そういえばさ、魔法薬学の代理の講師って誰だったの?」
僕は取ってないんだよね〜。
「うん?あー、ニグニス先生か。うーん、可もなく不可もなくって感じだ」
「へえー」
僕はサラダの最後の一口を放り込むと、横から声がかかる。
「シャルヴィン、ケセル、隣いい?」
「いいよ」
ヤルムだ。人間の魔術師で、南の大陸の魔力の経穴泉のない地域出身のせいか、魔族に対する偏見が少なく付き合いやすい。逆に人間たちからは少し浮いてる。実力もあるし、控えめだけどなんでかな?今はどうでもいいか。
僕はチラリと自分のトレーを見た。うん、まだ冷製パスタが残ってる。
「二人は何の話してたの?」
「魔法薬学の講師の話さ。ヤルムもとってたよな?」
「ああ、うん。なんか、普通だよね〜。でも分かりやすくていいと思うよ」
気を遣ったのか、ヤルムは薄茶の眉を困ったように下げた。僕は前から気になっていたことを聞くことにする。
「……人間の魔法薬学はどうなってるの?」
「学問として体系化されてないから、学びづらいよ。薬師に師事するしかないんだ。魔術を扱える薬師は少ないから、大変だよ。でも、どの職も大抵はそうかなあ」
「へえ。それはそれでいいよな。ただでさえ人間は寿命が短いしさ」
ヤルムはまた困ったように苦笑した。おかしい。僕らよりずっと若いのに、大人びている気がする。だって、十五歳なんてまだまだ赤子だろ?
「興味を引くものに出会えないのは、人生の損失だって、師匠が言ってたんだ。だから乗り気じゃなかったけどこの大陸に来たんだよ」
「そうだったの?」
「新しい場所は、不安だからさ……。来てみたら、そうでもなかったけど」
にぱっと此方も笑顔になるような笑顔付きで返された。実際僕もケセルも笑っている。
それからしばらくしゃべって、それぞれ割り当てられた部屋に帰る。来週からのリリーの講義を思えば、足取りは軽かった。
※蛇足かもしれない補足
シャルヴィンはショタです。人間の見た目なら、10~12くらいですね。しかもまだ同年代より小柄です。リリーはあくどいシャルヴィンを知りません。




