???「代理講師、どんな人かな?」
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「なあ、今日の昼休み、すっげえ美人を見たんだけど、お前知っているか?」
「どんな人だよ?」
気安く声を掛けてきたのは、魔族の大陸に来て初めてできた友人だ。この留学プログラムに参加するまで面識はなかったけど、同じカーザナーゲル大陸出身の男だ。
「銀髪に紫色の目の、たぶん妖精族。メイド服着ててさ」
「妖精族がメイド服着るわけないだろ。彼奴ら他種族には絶対従わないじゃないか」
「そんな目で見るなよ、本当なんだって!女神並の美しさだったんだぞ!この国でも珍しいレベルの、故郷だったら傾国級の美女だったって」
力説する友人に、同じ人間の友人たちが会話に混ざってきた。腕に入国許可証であり護符でもある魔道具が赤く輝いている、同大陸出身の者達だ。
「へぇ、そんなに?見たかったなあ」
「あっ、それ私も見たよ!隣を歩いていた黒髪に紅い目の男性も、超美形だったわ!見ているだけで魂を吸われそうな感じの」
「あたしも見たよ。なんだか、見たことがある気がするのよね、あの二人……」
「 うーん、色自体は魔族としては結構ありふれているし、誰だかわからないね」
「まあ、わからないのは仕方ないし、他の人達にも後で聞いてみようよ。あんなに目立つ人達なんだし、誰かしら知ってるって!」
「それもそうだな。ところで、魔法理論の講義、誰がやるんだろうな?三回も休講だったけど、ダルタリアン教授の代理は見つかったんだよな?」
「正直、また闇王は勘弁して欲しいわ。不気味だし」
からーんころーんかーんこーん
ガラッ
「!……あの人だよ、俺が言ったの!」
「うわぁ、確かに美人だ」
「ってことは、先生はあの男性かしら!」
鐘のあとに入ってきた美女にどよめく。そしてそれが鎮まらないうちに、彼女は鈴を転がすような声で挨拶をした。
「初めまして。リリフィアーネと申します。急遽講師を勤めさせて頂くことになりました。半年ほどではありますが、宜しくお願いします」
「……メイドなんぞに教わりたくないぞ、俺は」
「確かに。いくら美人でも、こっちは結構な金額を出して留学しているのだし」
俺は美人に教えてもらえてラッキーだと思ったけど、青い入国許可証を持つサンカロッサ大陸の聖フランシス王国の貴族サマたちはそうでもないらしい。
留学する者は魔族に比較的差別の少ない者が選別される筈だが、聖フランシス王国では似たか寄ったかだ。勇者伝説が色濃く残り魔族差別が根強く、皆煙たがっている。来なきゃいいのに。
国力や技術、貿易の観点から関わらずにはいられないのだろうが、厚顔無恥だと感じる。
驚くべきことに、彼女にはそれが聞こえていたようだ。鋭さを帯びた声が飛ぶ。
「……みなさん、言いたいことはあるでしょうけど、私が聞いてないところで言ってくれますか?私だってやりたくてやっているわけではないのですから」
言いきって彼女は微笑んでさえ見せた。
「げっ、聞こえてたのかよ?」
「クスクス、貴方達馬鹿なの?妖精族は獣人の次に耳がいいのよ?」
「それにリリフィアーネ様は魔族界隈では有名人だよ?近くにいるだけで膨大な魔力が感じられるし」
馬鹿にしたように告げてくるのは、現地の学生だ。
「俺たちは人間だぞ!」
「ふふん、説明してさしあげましょう!あの方は『万能』『幻の妖精』の異名を持つ方なのよ。しかも陰魔法に関しては国一番と言われているわ!」
ちょっと天然な猫又族の貴族令嬢――耳と二本の尾以外は俺たちと変わらない、学院のアイドルだ――が薄い胸を張り自慢気に言い放つと、今度は常に首席を維持する竜族の少年も追加情報をもたらした。
「短い間だったけど、僕の家庭教師を勤めたこともあるよ」
俺たちはその言葉に絶句した。この腹黒天使に物を教えていた、だと……!?
東の貴族サマがまだ小声でブツブツ言っているが、俺たちの耳にはもう入らない。
「そんなに凄い人なのか……」
「全然見えないな」
友人たちと姿勢を正して講義を聞くことにする。そこからは驚きの連続だった。
彼女の口から溢れてくる、ノートをとるのが間に合わないほどの情報量。
多岐にわたる分野を横断して語られる魔法はとても新鮮であると同時に衝撃的であった。
「魔法とは、なんでしょうか?魔力とはなんでしょうか?これを理解しなければ、理論は始まりません。魔族と人間の魔術師が使う魔法は、発動方法が違いますが同じものです」
そう言ってリリフィアーネ先生は黒板に白墨でもって横に二本、その左側に上向きの矢印を書いた。
「体内魔力は自然魔力に比べ高いエネルギーを持っています。体内魔力は体外に放出された際にそのエネルギー差が魔法として具現化し、もとの自然魔力に戻るわけです」
先生は二本の線の間に下向きの矢印を書き足し、横に魔法と書く。
「体内魔力は体内に取り込まれた自然魔力が凝縮あるいは精製されたものです。個人の肉体の魔法的強度――遺伝である程度決まるのですが、それによって体内に蓄積できる魔力が異なります。またこれは日常生活に必要な魔力にも関係します。保有魔力が高い魔族は、対策なしに自然魔力濃度の薄い人間の大陸などに行くと衰弱死するので注意しましょう。逆に人間にとって魔大陸は毒です。濃すぎる魔力が体に影響を与えぬよう、入構許可証が体を保護しています。まあ、魔力に耐性のある魔術師には無用なのですが」
知らなかった。へえ、と頷く魔族もいることから、あまり知られてないのだろう。
「さて、講義はそろそろ終わりですね。来週は陰陽魔法の変換についてやりましょうか」
そう言って先生はどこからともなく竪琴を取り出した。空間魔法まで使えるのか!?人間だったら垂涎の的だ……。
「私は陰魔法に適性がありますが、とても面倒で疲れる手段を使えば陽魔法を使うことも可能です」
指で弦を弾けば竪琴から魔力を帯びた旋律が奏でられ、先生の唇から、魔法言語独特の不思議な音が漏れる。
しかしその美しくも妖しい音は不意に途切れてしまう。
途端、室内は騒めいた。
「嘘だろ……」
そう呟いたのは誰かなんて関係ない。目の前の光景に圧倒されるばかりだ。
教室の中央に光が生まれ、それは段々と上下に伸び、やがて大樹のカタチを作る。天井に広がった枝の先がふくらみ始め、落ちてきた。思わず避ける。淡く金色に輝く実のようなものは脈動し、動物――鳥や兎、鹿や栗鼠の形になり、縦横無尽に駆け回る。いつの間にか樹には葉が生い茂ってさざめいていた。
しかし、いつまでも見ていたいと思う夢幻は、葉が散り渦巻き消え去ってしまった。
ぽたり
手の甲に熱い雫が落ちる。
「え……?」
俺はいつの間にか泣いていた。俺だけじゃない。隣の席の友人も、明るい獣人も、先生を馬鹿にしていた東の貴族も、みな声を出すことなく涙を流している。
「如何でしたか?これは妖精種の神話の一部を投影した幻です。妖精族の成人の儀でしか基本的には見られない貴重なものですから、貴方達は運がいい。さて、今日はこれで終わりにします。質問は手紙で魔王城に送ってくださいね」
リリフィアーネ先生は額に浮かんだ汗を拭い、魔法薬を煽ってから去っていった。
恐ろしいものを見たように、背筋がぞくりと震えた。俺たちは、本当にすごい先生に教えてもらえるらしい。
やっと魔法について語れました。すべてではないですが……。




