ミル「私の王子さま……!」
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夢見る乙女ですね。難産だった。
普通なら、みしゃっ、とか、ドゴッ、とか、そんな音が似合いそうな破壊に、音が伴わない。
目の前に黒々とした海が、此方に流れこむことなく静かに目の前で渦巻いている。
お伽話みたい。
『幻の妖精』は確かに幻が似合いそうな現実を見せてくる。流石伝説の卒業生だわ。どんな魔法を使っているのか、見当もつかないや。
流石未来のルビィ兄さまのお嫁さん!
黒い海はアッサリと妖精に屈服し、隧道を作るように空洞ができた。
捕らわれていた民達も驚いていて、目を真ん丸にしたり、毛を逆立てたり、しっぽがブワッてしていたりする。
さっきから静かな――口は動いているけど、声は聞こえない。これもお姉さまの魔法かしら――令嬢たちも、顔を青くしている。
大方、さっきまでの態度に対して報復されると思っているのだろうけど、兄さまが惚れるくらいだもの、きっとお優しいに違いないわ!その証拠に、こういう時、魔族は知り合いがいなければ一人で逃げがちだけど、お姉さまは全員救出なさるつもりのようだし。
私もお役に立ちたいけど……。
ハクミービアは近親婚を繰り返し、遺伝的に平均的な伯爵家の魔族より魔力量が少なく、寿命も短い。ここ何代か、成長してもしっぽが九本はおろか五本にさえなるのは稀なの。お兄様がフられているのには、一応キチンと理由があるのよ?
この間、友達に連れられて試しに聴いた魔族生態学の講義で教授が言っていたけど、妊婦さんが特定の食べ物をとったときに胎児の種族が確定されるらしい。だから混血しても平気!ってことが分かったのは嬉しかった。私が生まれる前からなんとなく分かっていたらしいけど、うちの家系はそういう分野に興味がなくて全員知らなかったの。
まあ、その講義は取らないけど!つまんなそうだもん。教授が美形だったら……取ったかも?
五月蝿い人達が少しくたびれたドレスを翻して、他の獣人たちに混じって進む。身振り手振りで寄るなと喚きたてていて、本当に気品のない人たち!イヤなニオイがする。
大方、早く出たいのだけどお姉さまが怖くて近づけないのかしら。
私は黒い水の中を歩きながら、ギュっと着ているドレスを握りしめた。靴は鉄のように重い。
私は令嬢たちを見下しているけど、本当に私は見下せる立場にいるの?
大問題だ。従兄弟の領で、捕まって、脱出を全く関わりのない地方の貴族に助けてもらうだなんて、恥晒しも良いところだわ。
自分で自分の身を守る。それが魔族の暗黙の掟。
支配下の民の安全を保障する。それが貴族の代々の役目。
私にだって、やれる。やらなきゃ魔族としての、貴族としての矜持が私を許さないわ。
私は固く握りしめた指を開き、ついた皺を精一杯伸ばし、夜会用のヒールの高い靴を反転させた。
きし、きし。
そんな音が足元から聞こえる。おかしい。靴脱いだのに。
私は周りを窺いながら、そろそろと上を目指す。上にはきっと私とかをここに連れてきた悪い人がいるはず。捕まえてやるんだから!
ぴく。
微かな音に耳が震える。猫の獣人たちには劣るけど、私も耳は良い。
どくどくと普段より早い気がする心臓を必死で押さえつけて音と光が漏れる扉による。
「ぎゃはははは!大漁だぜ!魔大陸の衛兵は愚図ばっかりで助かる!」
「全くだ!攫っても攫っても、全然追手は無いしよ」
「見た目通り、オツムも獣なのさ!」
大声でイライラすることを魔人族が話している。
むせ返るような酒の臭いも嫌になる。鼻に皺がついたらどうしてくれるの!?鼻をつまみながらいやいや聞き耳をたてる。
「でもよォ、流石に王都はヤバかったよな」
「ありゃあ肝が冷えたぜ。王都の衛兵は優秀だよな」
「ま、その中に阿呆がいてくれたから俺らは自由なままだけどよ!」
「ちげえねえ!」
「「「ぎゃはははは」」」
こいつら王都でも悪さしてたの!?
「でも流石に潮時だあ。貴族っぽいの攫っちまったしよ」
「ったく、あの商人……ウー、なんだっけか?」
「ウーテス。偽名だろうがな」
ウーテス、ね……。一応覚えておこう。酔ってるならもっと大事なこと吐きなさいよ!
「そう、それだ。平民なら攫っても問題にならなかったけどよ、貴族は注文して欲しくなかったぜ」
「仕方ねぇだろ。獣が一部だけの魔族は貴族しかいねえしよ。魔族なんて、誰が抱くんだか。まあ報酬は魅力的だったし」
「だなぁ。帰ったら女買おうぜ!とびっきりのをよ!」
「お前にゃ、ムキムキの女が似合いだぜ!」
「獣を抱けってか!?」
「ぎゃはは、いいんじゃねぇの?」
なんて、失礼で下品なのかしら!まるで品性がないわ!きっと毛むくじゃらで髭面に違いないわ!傷が沢山あって、サーベルを吊ってて……。
グラリ
何!?
「おい、今の揺れは何だ!?」
「波じゃないか?」
「でも、まだまだ揺れてるぜ!変だろ」
ゴーっごぼッ、ボコ
どた、ダダダッ、ドッ
いけない、誰か来る!隠れなきゃ……ッ!場所ない!?慌てて幻術で自分を見えなくする。
くすんだ茶髪の冴えない魔人族が、慌ただしく駆けあがってきて、ばーんとすごい音を立てて扉を開けた。私は話を聞くため、扉の影に潜んだ。
「お頭!船の底が抜けました!水が、水が入ってきてます!」
「なんだと!急いで塞げ!」
そこでまたぐらりと大きく揺れる。
「きゃっ」
慌てて口を押さえたけど。大丈夫よね?
「……おい、今、なんか聞こえたよな?」
ダメだったー!
「おい、商品はどう……」
「頭ぁー!商品が、空っぽ、もぬけのからです!」
「なんだと!捜せ!海には入らねえはずだ!」
ぷぷ。そのマサカよねぇ。
「誰だ、今笑ったのは!」
いけない、声が漏れたみたい。気をつけなきゃ。
「逃げた商品かもしれん。逃げたなら魔術を使ってるんじゃないか?」
「船底を塞ぐ要員以外は手探りで捜せ!」
くっ、先手必勝!
掌から火の玉を生み出し、ぽんと放り出す。続けてぽんぽんと投げる。
ちょっと、なんでコッチ来るのよ!来ないでったら!
ああ!魔法を切るなんて、どうなってるのよ!
大きい魔法は私も巻き込みそうだから使えない。こんなことなら魔法制御の講義、キチンと受ければ良かった……!
風の矢も混ぜて繰り出すのに、何故か全て対処されてしまう。
ジリジリと後退しつつ、魔法を放つ。
コツっと踵が何かに当たった。
剣が、が私に届く……――!
バキッ
いつまでも来ない痛みに、私は恐る恐る閉じていた瞼を開ける。
剣は寸前で止まっており、数人はこちらに向けて剣を構えたまま、他の人は振り返っていた。
「今度は何だ!」
「頭ぁ、て、天使です!」
「なんだとっ」
パラパラと木屑が落ちる音が聞こえるような静寂と冴え冴えとした月の光条の中に有翼人族の青年が立っていた。
「て、天使様……?」
彼は徐に手を出し、閃光と痺れが弾けた。くらりと自分の身体が倒れるが、すぐに逞しい腕で抱きとめられた。
「すみません、魔族の方がいるとは思いませんでした。すぐに片付けますから、寝ていてくださいね」
「はい……」
有翼人族の若者――レヴニル様がニコリと微笑まれると、私は気絶しかけたのが嘘のように目が覚めた。
心臓がドキドキして止まらない。身体中が心なしか熱を持ち、今にも火を噴きそう。
レヴニル様はあっという間に魔人族を無力化して、優し気に私に問いかけたの。まるで忠誠を誓った騎士みたいに……。
「船が沈みかけていますね……。未婚の女性に対して、申し訳ないのですが、抱えてもよろしいですか?」
絶対にお守りいたします。
その夢に見るような言葉に私はうっとりとして、すぐに頷いた。
レヴニル様は鷲のような翼を広げ、私を抱えてさっきの穴から飛びたったの。まるで愛の逃避行……!
次話、レヴニル、カーネス、ルベンスのうち、誰視点でやるか迷っているんですよね~。




