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キッツェ「したくないわ、慣れないことは」

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夜会(パーティー)なんて慣れないことをするから、こうなるのよ……!)


下女がピカピカに磨きあげた大理石の廊下を優雅に見えるように走る(ダッシュ)する私の内心は、若様を罵倒して荒れ狂っていた。

しかし当たり散らすのは得策ではない。私は今命令を受けているのだから。そして何より私の評価が下がる。

せっかく二十数年掛けて積み上げてきた才色兼備の奥方付きの女官という評価を、私は手放したくないのだ。

例え私の人生が三百年に満たない弱小魔族として終わるとしても。


門番達を臨時会議室に案内して、また城内を駆ける。すると、普段は余り――全く見かけない魔人族の従僕――多分臨時雇いの者(アルバイト)――が古ぼけた絨毯を丸めて持ち歩いていた。


「ねえ、貴方。その絨毯はどうしたの?」

「はい、実は休憩していた令嬢がいらしたのですが、その時ヒャーゴの(ミルク)をこぼしてしまわれて。もう古いですし、捨てに行く最中です」


ヒャーゴの(ミルク)など、何故出したの!大方我儘な令嬢が強請ったんでしょうね……。目に浮かぶわ。

アレは繊維に絡むと三日は断固として落ちない飲料なのよ。マーキス・フィベルテの特産品で美味しいのだけど、あのしつこさは下女泣かせよ。油汚れとタメを張るでしょうね。


「そうなの、お疲れ様。引き留めて悪かったわ」


茶髪の、魔人族にしてはかなり地味な顔立ちの青年はペコリと頭を下げて裏口の方へ幾分早足で向かっていった。大方まだまだ仕事があるのだろう。私も頑張らねば。


顔見知りの女官や女中に声を掛けていく。


「なにか困ったことはない?」

「なにか変なものは見たかしら?」


結果は芳しくなくて、不審者に関する情報はない。逆に全く別の問題が発生していた。


「キッツェ女官長さま、先程からお嬢様方に若様、ブラディーネル様、ウェストリア様の居場所を何度も聞かれるのですが。どうしたら良いでしょう?」


しまった!人型、あるいは人型をとれる種族の中では相当の美形――しかも家柄も給料も良い――がいないというのは騒ぎのもとになって然るべきだ。


「お三方は馬があったらしくて、歓談中よ。でも、お戻りいただけるように伝えておくわ」


男の人達って、本当に気が回らないわ。というよりも、高位の魔族は高位になればなるほど自身に対する感情に鈍すぎると思うのよ。

圧倒的な魔力量は他者を恐れさせる一方、女性を惹きつけてやまないのに。

私だって獣形態のお館様でも若様でもいいから、私を見てくれないかと思うもの。妾でもいいのに!


「あの、今の話をお聞きして思い出したのですが、男性達もリリフィアーネ嬢とラルファローゼ嬢、ナルシア嬢を探して居られます」

「ラルファローゼ嬢とナルシア嬢は気分が優れず、お帰りになるでしょう。リリフィアーネ嬢は体調が思わしくなくお休みになっていると伝えなさい」


今、所在が全く掴めていないというのはやはり隠すべきでしょうね。

とにかく、男性の不満より女性の不満の方が恐ろしいから、至急お三方の内愛想のいい方を出さないとかしら。そこら辺は当人達で話し合ってもらいましょう。


心持ち急いで使用人用の螺旋階段を駆け上がり、先程までいた臨時会議室に戻る。目の前の重厚な扉を、作法通りに四回叩くとすぐに許可が下りる。


「キッツェでございます」

「入れ」

「失礼します」


それなりの大きさのテーブルの上で、お館様とブラディーネル様、ウェストリア様が顔を突き合わせ何やら難しそうな顔をしている。しかしお館様は顔をあげて此方を見た。


「キッツェ、おぬしは何かわかったか?」

「事件に関しては、何も。ですが、夜会(パーティー)の方で問題が。……見目麗しい男女が抜けてしまい、会場の方々が苛立っております」

「左様か。どうするべきだと思う?」

「若様、ブラディーネル様、ウェストリア様の内、最低二名を会場に向かわせるべきかと」

「ふむ……」


お館様はチラリと他のお二人を見た。そこでブラディーネル様が嫌そうに言った。


「我らに()けと?見世物になるのは御免である。あまりにも厚かましいのではないか。もともと我らに其方らを助ける義理などないのだぞ」

「まあまあ、報酬(対価)に関しては後で交渉しましょう」

「……仕方あるまい。時間が惜しい故な。そこなる侍女、あの若いのを呼び戻せ」

「承知しました」


高圧的な態度ではあるが、キチンと理性は働いている……いや、逆か。理性的だけど、高圧的な態度なのだな。理不尽な要求や命令はないのだから。


先に二人を会場に先導しよう。それから若様を探そう。私の鼻にかかれば、然程時間はかからないだろう。しかし、後半の必要はなかった。


「大変だ!リリフィアーネ殿が居ない!」

「なんだって!」


ウェストリア様が思わずといったように声をあげた。


「何故そなたが一番初めにリリーの不在を知るのだ。よもや、仕事をせずに逢瀬でもと思うたか?」


ブラディーネル様はその血のように紅い瞳を眇めた。若様といえどもたじろぐ程の鋭い眼光。


「うっ……違う、これは……――」

「口を閉じよ。言い訳など聞きとうない」


お怒りは尤もでしょうね。これは若様が悪いわ。

というよりも、ブラディーネル様、ご自分の好意や思慕には疎くても、侍女に対する好意には敏感なのね。リリフィアーネ様は愛されているようで羨ましいわ。私も早く金持ち(いいヒト)お嫁()になって隠居(ぜいたく)したい。


「とにかく、全容が掴めぬゆえ、時間稼ぎに我とこやつは会場に戻る。そなたは働くのだ。よいな」

「私に命令するな!」

「よいな?」


紅い目がギロリと若様を見て颯爽と会場へ向かった。ウェストリア様が慌てて追いかけるのを目で追うばかり。

自分に言われたわけでもないのに、足が竦む。しかしそうもしていられない。客人を案内しなければ。


数多の燭台の光――全て魔道具――に照らされ、音楽が漏れ聞こえる客用の回廊を進む。背後にいる二人は小声で話していたが、兎や猫の獣人程ではないにせよ、耳の良い私には丸聞こえだった。


「こんなことになるなら、初めにリリーを起こしておくべきでした」

「全くだ。何故起こさなかったのだ?緊急事態ならば別に怒られまい」

「……寝起きがすっごく悪いんですよ。カーネトリアス様、ご存知ありませんか?」

「初耳であるな」


かなりくだらなかった。


「しかし、リリーが居れば早いのだがなあ。あれに検索魔法を掛けさせれば一発で分かろう?」

「その通りですが、リリーは侍女ですからね。職務外の事は後が面倒なのでさせられないです。というか、それを言うならカーネトリアス様が起こせば良かったのでは?」

「うむ、酒を飲ませたのが我である手前、どうもな……」

「なるほど、それは無理ですね……」


二人は揃って重いため息を吐く。


「それにつけても、いなくなった者達の共通点はなんであろうな?」

「そんなの簡単ですよ。好みかどうかは別にしても、美人であることでしょう。リリーは勿論……あ」


ウェストリア様が急に立ち止まり、続くようにブラディーネル様も足を止めた。私も振り返る。


「魔人族は、本当に魔人族ですか?」

「……なんという事か」


ブラディーネル様は何かに思い当たったようで、手を額に当てた。


「思い出したんです。僕達には人間の魔術師の友人がいるんですけど……リリーを含めた人型の美少女達を崇拝してたんです。傾国の美女がわんさかいる、獣耳(ケモミミ)も素晴らしい、と」

「つまり、人間どもが娘達を誘拐して売るのだな?」

「恐らく……人間の魔術師は魔人族と見分けづらいですから」

「大陸間の転移門は、通行許可証(パスポート)が必要であるし、船であろうな……ヤタレィヴィン海域を抜けられては我々が直接出向くのは不可能だ。下手をすればリリーは勿論他の娘達も死ぬぞ」

「他に囚われているかもしれない獣人達は、ディゴユトス海溝までは持つでしょうが……。急がないとマズイですね」


お二人共眉を寄せて難しい顔をしている。気持ちは分からなくもないが、ヤタレィヴィン海域を抜けるには快速魔導船でも二日はかかるのだから、まず平気だと思うのだけど……。

私としては、早く会場へ行ってもらいたいところね。我儘な高位魔族令嬢達が美形(イケメン)を求めて城を徘徊する前に。


「申し訳ありませんが、中間報告までの小一時間ほど会場でいつも通り(・・・・・)に振る舞ってください」


フィベルテの面子が立ちませんので。敏い人達だから、そこは言わなくても分かるのだろう。ウェストリア様は曖昧に微笑んで、ブラディーネル様は渋い顔をして頷いた。


「致し方あるまい」

「行きましょうか。リリーが攫われたのはある意味幸運(ラッキー)かもしれません。目覚めれば何かする(しでかす)でしょうし」

「然り。我も追跡手段ができるゆえ、多少時間を無駄にしても間に合うであろう」


お二人で何やら納得しているが、リリフィアーネ嬢を私はよく知らないので、よくわからなかった。

私が知っている事といえば、若様がお慕いしているらしいくらいしか。羨ましいくらいしか。


やっとのことで会場に二人を送り込む。令嬢達の視線が凄かった。空腹時に獲物を見つけた白虎族のようだった。


ズルズルと床に座り込みたいのを、無理矢理自分の誇り(プライド)でねじ伏せて聞き込みに戻る。

ブラディーネル様やウェストリア様のお話を聞いていたので、もう少し的を絞って聞くことができるはずだ。いや、できる。


手始めに給仕の少女だ。


「魔人族の召使を見てない?」

「会場で見ました。使用人の割に、かなり良い指輪をつけてて、変だなって思ったんですよ」


確かに。使用人は、仕事の邪魔にしかならない指輪を基本的につけない。


「どんな指輪だったか、覚えてる?」

「うーん、青緑色の綺麗な石が付いてました!」

「そう、ありがとう。頑張ってね」


今度は厨房の青年に尋ねてみる。


「ご苦労様。ねえ、魔人族の召使を見なかったかしら?」

「さっき、使用人の通用口で見ましたよ」

「いつ?」

「最後に見たのは五、六時間くらい前ですね。大きなワゴンを何度も運んでましたから、ゴミ捨てだと思いますよ」

「そうなの。ありがとう」


聞いても大体似たような答えで、これ以外の答えは出そうになかった。


何年か前に下賜された、蔦の模様が美しい懐中時計を見る。いけない、もうこんな時間。中間報告に戻らないと。私は月明かりに照らされた廊下を急ぎ足で進みながら、もう一度毒づかずにはいられなかった。


夜会(パーティー)なんて慣れないことをするから、こうなるのよ……!)



夜会終了まで、あと三時間。




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