カーネトリアス「うむ、苦しゅうない」
カーネトリアス・フォン・ブラディーネル 魔人族
ルベンス・フォン・フィベルテ 神狼族
リリフィアーネ・フォン・イースティーレデン 妖精族
我の周りはいつもの如く誰もおらぬ。お蔭で南の珍味を存分に堪能できる。サザリの酒蒸し、ガルダ鶏の丸焼き、マダのミースオ煮。何とも酒の進む味である。他にも、テウマトのカルパッチョ、ホエルルとレレスのサンドイッチ、カリオをふんだんに使った甘味、マリゴルやナパラプラハなど南国の果物の飾り切り。此方は婦人向けであろう、鮮やかな色彩だ。
しかし夜会に来たのだから、舌鼓ばかり打たず一曲くらいは踊らねばなるまい。しかし、誰と踊ったものか……。馴染みのある女子は結婚してしまっているからな。
リリーでも探すか。
思うが早いか、目を周囲に遣ってリリーを探す。すると何人かの女子が倒れ、魔人族の使用人達に運ばれている。貧血だろうか?
飲み食いしつつ先程からリリーを探して方々に目を向けているのだが、見当たらぬ。あれは目立つはずなのだがなあ。群がる男共の塊も見えぬし。
ええい、いい加減飽いたぞ。
「ヴァン、来い」
出てきたのは首の紅いリボンを揺らす、我が魔法生命体である。
「クー?」
「シフォンを探せ、良いな?」
「ククゥ!」
ヴァンの双子の相棒を探すように命じた。そして我の肩に止まり、ビシッとその黒い羽を向けたのは三つほど先のテラスだ。迷わずに直進しようとすれば、何となく人垣が割れて道ができる。実に楽だ。普段は面倒な責務が纏わりついているが、こういう時だけは公爵家の出で幸いだと思う。
通りがかった獣人族の給仕から酒を貰う。なんと、これは初めて飲むな。美味だ。あまり度数もなく、甘い。もう一杯貰ってリリーにも与えよう。酒に弱い妖精種でも、これ位なら飲めよう。偶にはきちんと労をねぎらってやらねば、愛想を尽かされて我の侍女を辞めてしまうやも知れぬ。それだけは絶対に回避せねばなるまい。
ヴァンの示したテラスの前に着けば、リリーはどうも口説かれているようだ。さっさと諦めよ、お前に侍女はやらぬ。というか、言外にリリーは相手を拒否している。ならば話しかけもも問題なかろう。
「リリー、いるか?」
「主様!」
何故ここに?と聞こうとして、我がこの夜会に出席すると言ったのを思い出したのだろう。口は半ばまで開いて閉じられた。しかしまた首を傾げたが、我には取るに足りぬものだ。元々の目的を果たすことにする。
「飲むがよい。甘くてきつくない酒ゆえ、そなたにも飲めよう。美味なるぞ」
「ありがとうございます」
リリーは弱いのだろうが、酒は好きらしい。嬉しげに我の差し出した杯を取ると口につけた。
「美味しいです……」
なんと、既に酔いが回ったのか、白磁の肌が薄く赤らむ。目はとろんとして普段の凜とした姿は見る影もない。
珍しいものなので、ついジッと見つめてしまう。
「わ、若様!大変です!ミル様が見当たりません!」
「なんだと!?」
無粋な輩に観察を中断された。何やら事件だな。
面白そうゆえ、咎められるまでここに居るとしよう。
「何時から見ないんだ!最後に見たのは!」
「調査中です!しかも、他の令嬢方も何人か居りません」
報告されている若者はギリリと音が聞こえそうなほど歯を食いしばった。
「父上と母上には知らせたか?」
「既に伝令が走っています」
「至急対策を練る。来客には悟られないように、だ。リカンを父上と母上の所へそれとなく連れて行け。いいな」
「はいっ!」
犬の獣人は敬礼をして我らの前から慌てたように去っていった。
「さて、カーネトリアス殿、リリフィアーネ殿。話は聞いていたかと存じます。協力を願いたい」
「何故我がそなたを助けねばならぬ。そなたらの落ち度であろう?」
ふむ、我を遠ざけなかったのは巻きこむつもりだったゆえか。手伝うのは吝かではないが、対価が支払われねば協力しかねる。フィベルテ家は特に仲の良い家という訳でもあらぬし、睨まれていい気もせぬ。
思案していると、ちょんちょんと我は服の裾を引っ張られた。そちらを見るとリリーが酒で潤んだ瞳を上向けて一言告げた。
「主様、限界、です……」
我でも命の危機を感じるような、ぞくりとする掠れた声でそれだけ言うとくたりと崩れ落ち、慌てて我が腕に収める。すーすーと健やかな寝息が聞こえる。
なんと、睨みがキツくなった。気に障るため、力を失ったリリーを殊更見せつけるように大切に抱えこみ、我も睨み返す。
「それがモノを頼む態度か?しかし、我にモノを頼む前にリリーの休む部屋を整えよ」
「……騒ぎになってはまずい。外からまわるので、ついて来てください」
温い風の吹くテラスより飛び降り空を駆ける神狼族の若者を追うため、即席の魔法生命体を産み出す。ヴァンやシフォン以外は、現実に固定していないので、一々作る必要がある。魔法生命体の維持には常に魔力を供給せねばならないから、多くの魔法生命体を保つ者は少ない。
鷲頭獅子を模した魔法生命体にリリーを抱えて乗り込み、空を翔ぶ。
夜空に目立つ色彩の若者はかなり離れたテラスに立ち、我を待ち構えていた。不思議なことにそこには扉があり、我が鷲頭獅子を解く内に、彼は手慣れた様子で鍵を開ける。
「自室か?外から直接入る扉を作るとは、余程夜遊びが過ぎるようだ」
「父上の部屋にもある!」
理由になってなどないが。そこから少し歩いて客室に案内された。月光の差す柔らかそうな寝台にリリーを横たえ、再び部屋をかえた後苛立つ若者に向き直る。
「ふむ、協力するのは別に構わぬが、我が協力するには建前を要する。対価はなんとする」
「美味なる食べ物を用意しましょう。貴方は我が家の料理が気に入ったようだったから」
よく見ていたものよ。我は心内で感心した。
「足りぬな。我はそなたにリリーに近づいて欲しくない。今後一切付き纏わぬなら考えよう」
「ふざけるな!魔力が私より高いからと足元を見るなど、舐めているのか!」
蒼き炎を目に映し、怒りを露わにする。今にも我に襲い掛かり決闘が申し込まれそうだ。交渉術のこの字も身についておらぬ。こんなので領主をやってゆけるのか?少なくともブラディーネル領は無理であろうな。
「ならば何を差し出す?」
「……我が家秘蔵の酒を進呈する。二千年ものの玉蜀黍蒸留酒と千年ものの廃糖蜜酒だ。これ以上は譲歩できない」
我ながら悪どい笑みを浮かべている気がする。我は酒が好きゆえ、貰えるものは貰う所存だ。
リリーに関しては、本当に近づかなければ儲け物といったところ。元々この一族は迷惑的一途気質……恋は盲目ゆえ期待はしていなかったが、逆にこの程度で諦めるような者には、リリーは勿体なかろう。もとよりリリーに好いた男がいると言うなら邪魔をするつもりはない。
リリーが我に仕える限りは。
「それに檸檬酒を追加せよ。それで手を打とう。無論、酒は全て樽で寄越せ」
「……わかった」
悔しげに手を握りしめる青二才。近衛の騎士ではあるが、出世は厳しいやもしれぬ。多少は腹芸が出来ぬと、今の時代人間の国との交渉がうまく行かぬゆえ。
「会場に来ているウェストリアの次男を呼べ。そして領主たるそなたの両親や、そなたらの信用する者を集め早急に対策を練るのだ」
「指示は私が出す!」
「ならば我が言う前に行動するのだな」
全く、勢いばかりの若者よ。無駄な矜持と直情的な性格が、敬語と不遜な物言いを混じらせている有様。種族的に仕方がないと言えなくもないが、我がこの者より若い年頃のころでも、もっと分別があったように思う。我とは五十ほどしか変わらぬはずであるが、はて、記憶違いか?
この事件の先行きが甚だ不安だ。我も捜査は門外漢ゆえ、リリーが優秀だと言ったウェストリアの次男を信用しよう。
3/3
今回の更新では試験的に登場人物を冒頭に載せてみました。しかし、地味に面倒なのでもうやらないかもです。
毎回お読みいただき、ありがとうございます。またちょっと書き溜めたら投稿します。




