月下の闘争
あなたがもし孤独を恐れるならば結婚すべきではない
〜チェーホフ〜
月のない静かな夜だった。
静寂に満ちた世界はまるで深海の底のように薄暗く冷たい。
人もいない何処かのビルの上は異世界のような雰囲気を孕ませながらそこに滞在していた。
だが、その世界を突然に白刃の太刀が切り裂く。
『うっわ、あっぶな』
暗闇の中から不意に現れた太刀を危なげなく避けながら神楽院恭弥は笑う。
殺し合いが最高のゲームであるかのように。
その手にあるのは数ヶ月前食人鬼の主を貫いた黒々と染められた槍。
それで続けざまに振られた白刃の太刀を受け流し相手を蹴り飛ばす。
『…あぁ?その紋様、お前“イギリス協会”の人間か?』
蹴り飛ばした先にいたのは黒いシスターのような服装をした人間。
その服装のせいで男か女かもわからないがそいつが“イギリス協会”の人間であると言うことだけはよくわかる。
それを判断させる材料は一番最初に目に入るであろうその服の装飾。
黒い服にまるで薔薇を描いた様に広がる花の中に浮かぶ十字の紋様。
それは“イギリス協会”と呼ばれる世界最大の人外退治の組織の紋様である。
『ったく…なんでお前らがこんな辺鄙な島国にいやがんだよ』
そんな恭弥のボヤキに返ってきたのはその腕に握られたレイピアのような太刀の一撃。
斜めから切り裂きに来るそれを槍を回転させる事で弾き、そのまま槍を絡ませるようにして太刀を放り投げる。
相手は空中に飛んだ太刀を取ろうと飛び上がった瞬間を恭弥は逃さない。
一瞬で槍を自らの元へと引き戻し飛び上がった相手の腹部へと投擲。
それだけで殺し合いは終わった。
投げられた槍は相手の腹部を悠々綽々と貫いてそのまま相手を壁へと張り付けにした。
腕前からしてプロのプレイヤーである筈なのに。
神楽院恭弥と言う男はそんなこと御構い無しに蹴散らして行く。
まるで、蹂躙するかのように。
『ああ、よえぇ、よえぇ』
弱すぎて笑えないぜ、まったく。そう言って恭弥は槍を引き抜こうと歩いていく。
一歩一歩、シッカリとした足取りで。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
それは、強者の余裕。
だが、それがこの時は仇となってしまった。
『始めまして、神楽院恭弥さん』
そんな少女の声が彼の目の前。
いや、ほぼ真下から聞こえてきた。
『…っ⁉︎』
そんな不意の声に反応するかのように後方へと恭弥は飛び下がろうとするがもう遅い。
遅すぎた。
『そして、さようなら』
その瞬間に感じたのは胸を焼くような熱い感触と鋭い痛み。
胸元が切り裂かれたと気付いた頃には最早目の前には誰も居らず壁に突き刺した筈の相手すら…
消えていた。




