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黒き乙女の鬼語  作者: 紅河崎アリス
ショートストーリー
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51/79

苦手なもの

この世で一番重い物体は、もう愛していない相手の体である

〜ヴォーヴナグル〜

『雪さんって苦手な物とかあるんですか?』


翌朝、欠伸をしながら起き出すと粉雪ちゃんが雪さんの髪をとかしながらそんなことを聞いていた。


どうやら、粉雪ちゃんも七花さんに霊華さんの弱点を伝えた際に雪さんの弱点を気になってしまったらしい。


『苦手な物かい?どうしたんだい、急に』


粉雪ちゃんに髪をいじらせながら雪さんは笑いながら問い返していた。


まあ、そうなるよな。


雪さんが、自分の弱点を簡単に話すわけがない。


ただでさえよく命を狙われているのだから。


『まあ、別に答えてもいいんだけれどね』


いいのかよ!


『ちょっ…雪さん!いいんですか?』


粉雪ちゃんがやったぁと喜んでいる中、ボクは流石に口を挟む。


だが、そんなボクの心配などどうでもよさそうに雪さんは笑いながら立ち上がる。


いつの間にか髪を弄り終わっていたのか今日は可愛らしい三つ編みの様になっていた。


『別にいいさ。粉雪君は信頼出来る子だし知られても特に困らないだろう?』


『はぁ、ならいいんですが…』


雪さんが話してもいいと言うのならもうボクはなにも言えないだろう。


ちょっとボクも聞いてみたいし。


雪さんの弱点を聞き漏らさないように耳を傾けながら冷蔵庫へと歩いていく。


目的は牛乳。


小学生の時に背が小さかったので、背を伸ばすために毎朝飲むようにしている。


まあ、もう伸びないだろうけど。


そして冷蔵庫を開けると…


なにかよくわからない異形な物が入っていた。


全力で冷蔵庫を閉める。


『まず、第一に料理かな』


『苦手って言うレベルじゃねえよ!』


思わず素になってつっこんでしまうがまあ言った通りだ。


明らかに苦手というレベルを明らかに超越してしまっている。


鍋からなにか大魔王のようなものが飛び出そうとしていたし。


どう調理したらあんな料理を作れてしまうのか。


『んー…いつもあんな風になるんだよねぇ。カレーを作ろうとしたんだけど』


カレー要素全くねえよ!


心の中で盛大にツッコミつつ苦笑いで雪さんの言葉を流す。


粉雪ちゃんもこれには流石になにも言えないのか苦笑しながら遠巻きに見ている。


『…あれ、第一に?つまり二個目があるんですか?』


『まあ、ボクも人だからね。苦手なものならいくらでもあるさ』


人って…


貴方は鬼でしょうに。


頭をチラつき出した頭痛を無理矢理に抑え込みながら雪さんの方をチラッと目を向けると…本当に頭が痛くなった。


部屋の中が一瞬にしてなにか黒ずんだものが這いずり回っている。


そして、雪さんの手元にあるのは掃除機。


なにやら、掃除をしようとしたらしい。


『あとは掃除も苦手かな』


だから、苦手ってレベルじゃねえよ!


なにこの黒いの、怖い!


雪さんが更に掃除をしようとするのを粉雪ちゃんに抑えさせながら全力で掃除をした。


ボクの人生の中で一番の掃除力を絞り出した気がする。


『あー…まだあるね』


もういいよ!


粉雪ちゃんと二人で叫ぼうとするが時すでに遅し。


部屋の中を洗剤まみれの粉雪ちゃんのワンピースや雪さんのパーカーなどと共に洗濯機が弾け飛ぶ。


『洗濯も苦手だね』


だから、苦手ってレベルじゃねえよ!


洗濯機が弾け飛ぶってどういうこと⁉︎


服のくだりまではわかるけど普通洗濯機が弾け飛ぶってありえないよね!


ボクと粉雪ちゃんが絶句する中で雪さんはまだ続ける。


『まだあるね』


『『もういいですよ!!!』


これ以上面倒を増やされてはたまらない。


『饅頭が苦手だね』


…饅頭?


饅頭って…あの、饅頭?


『はぁ、饅頭…ですか』


『うん、そうそう』


適当な生返事で返してくるがこれは本当なんだろうか。


『ふわぁ…それじゃボクは部屋に帰るからね』


欠伸をしながら雪さんは自室に戻って行った。


…………ボク達、何をマジになってたんだろう。


『…ボクも部屋に戻るよ』


『ああ、じゃあ私も…』


そうして、ボク達は自室へと戻った。


今日はどんな日になるのか。


それを楽しみにしながら。


これは、戦いのないボク達の束の間の日常の物語。

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