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最終話

カフェテリアの外のテーブルで、美味しそうにたこ焼きを頬張る菫を眺めていた。


「あふ・・・・あっふいけどおいし。んふふ♪」


普段は隙の無さそうな言動が見えるのに、二人きりの時は甘えたような笑顔を見せる彼女が、果たしてこれから先も、自分の隣に居てくれるのか保証はない。

年相応に二人っきりでいられることを、浮かれて楽しむことに慣れなかった。

鰹節が吹き飛ばないように用心しながら、息を吹きかけてたこ焼きを冷ます菫に、俺は手を差し出した。


「割り箸貸して。」


「ん?うん・・・」


彼女は不思議そうにたこ焼きを一旦透明のパックに降ろして、手に持っていた割り箸を向けた。


「こやって・・・一旦半分に割って・・・んで中身を冷ますんだよ。一口でいったら火傷すんぞ。」


俺がまた割り箸を差し出すと、菫は何か満足そうに笑みを見せる。


「あ~んして?♡」


「・・・アホか・・・バカップルだと思われるわ・・・。」


「あら、春でも周りの目を気にすることあるのね?」


また頬杖をついてジト目を返すと、彼女は尚もクスクス笑った。


「気にしてるわけじゃなくて、照れてるのよね?」


何でもかんでも見透かすのでそっぽを向くと、近くのテーブルから小さい声がした。


「あ・・・」


俺がそちらを向くと、柊くんが遠慮がちに会釈して、朝野くんも同じようにペコっと頭を下げた。


「おう、おつかれ。」


菫も二人の方を向いた瞬間、柊くんの表情がパッと切り替わって満面の笑みを見せた。


「先輩!生け花見たよ!すっごく綺麗だった!」


「あ?ああ・・・ありがとな。」


「ほんと、なんていうか・・・あんなに大きい作品なのに、品があって、迫力もあって・・・それで、でもこう・・・学生の展示らしい活発な感じもあったし!楽しそうでワクワクするような!そんな感じだった!先輩あんなの作れるのすごいね!」


無邪気な子供の笑みを向けて言う彼に、釣られて笑みが漏れると、朝野くんがニコニコしながら言った。


「薫、先輩ビックリしてるぞ。んでも俺も、生け花って生で見たの初めてだったんすけど・・・なんていうか・・・学生であんなの作れるなんて相当ですよね・・・マジですごかったです。てか・・・デートの邪魔してすんません・・・。」


朝野くんが気を遣って頭を下げると、黙って聞いていた菫の方を、柊くんがじっと見つめた。


「・・・綺麗な人ぉ・・・」


「ふふ・・・ありがとう。春のお友達?」


「ああ、後輩。学部は違うけど・・・咲夜の・・・えっと、元々俺の友達の友達だな。」


柊くんは少し黙ると、またスッと表情を変えた。


「夕陽夕陽・・・桐谷先輩とすっごくお似合いのお姉さんね・・・。」


「ふふ、そうだな。」


二人の仲睦まじい会話を聞いていた菫は、嬉しそうに言った。


「二人もお似合いよ♪・・・着てる洋服も似合ってて素敵ね。」


「えへへ・・・夕陽が私に買ってくれたの♪・・・・・・・あ・・・あの・・・すみません不躾に色々・・・」


視線を泳がせて途端に気まずそうにする彼に、菫は小首を傾げていたけど、俺も朝野くんも特に何ともなく会話を続けていたので、その後も柊くんは少しずつ生け花の感想を述べた。

そのうち「お邪魔しました」と二人とも席を離れて、飲み物片手にまた並んで歩いて行った。


「ふふ、可愛い子ね、柊くん。」


「そうだな。」


また手元のコーヒーに口をつけると、今度は遠くの方から呼び声が聞こえた。


「桐谷く~~~~~~~~~~~~~ん!」


聞き覚えある声と足音に振り返ると、息を切らして辿り着いた彼女は、膝に手をついて大きく息をついた。


「はぁ・・・やっと見つけた・・・・。」


「・・・おつかれっす。」


「お疲れっすじゃないよ・・・・早々に教室からいなくなっちゃって・・・・もう・・・。私と理事長に一言くらいないんかい君は!」


「はぁ・・・すんませんした。」


「はぁ・・・謝る気ゼロ・・・。ん?・・・・おや、どうも、お邪魔してすみませんね。」


顔を上げた小鳥遊は菫を一瞥して、メガネをくいっと押し上げた。


「いいえ、こんにちは。」


「・・・小鳥遊と言います。広報部兼、新聞部部長を務めております。今回は広報部展示の生け花を、桐谷くんに依頼させてもらった者で・・・ほい、桐谷くん、理事長から謝礼を受け取ってるよ。」


ゴソゴソと懐から何かを取り出した小鳥遊は、チケットが封入されているような紙を手渡した。


「何だ?これ・・・」


「現金渡すわけにもいかないからね。学食無料券だよ、10枚入り!やったね!」


「ほ~?そりゃありがたい。挨拶しときゃあよかったな。」


「あのねぇ・・・。ま、いいや、改めて今回はご苦労様だったね。私からも礼を言うよ。」


腰に手を当てていつものように「ふん」と胸を張る彼女をチラっと見上げた。


「礼には及ばない。俺の自己判断で参加しただけだし・・・。前も少し話したが、色々制作するにあたって、思うところはあったし、自分の中で華道がなんだったのか、キリをつけるきっかけになった。」


「ほう・・・・。んで?どうキリがついた?」


菫の顔をチラっと見ると、飲み物のストローに静かに口をつける彼女は、俺に視線を合わせて、またピンクの唇を持ち上げる。


「・・・狭い世界で没頭するより、もっと自分が出来る可能性を広げるためにも、向いてる職業を求めて就活する気になった。ぶっちゃけ・・・華道家は職業とするにはあまりに不安定すぎる。」


「ふ・・・まぁそうかもね。私も別に、時田先生がわざわざ見に来るからってんで君に打診しただけで、君の進路を左右させるイベントになるとは思ってなかった。けど・・・色んな出会いや出来事で、人間自分の人生を左右させるものではあるだろうね。私は君のとってサブキャラでしかなかったわけだが、桐谷くんの生け花を生で拝見出来たことは、かなりありがたい体験の一つだったよ。誰かに影響を与えられるような職に就くといい。君は発想力、表現力、デザイン力に長けてるだろうからね。・・・ま、先輩からのありがたい助言はそれくらいで・・・。しっかし・・・桐谷くんも隅に置けないなぁ?こんな美人つれて学祭デートとは♪」


ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、ポンポンと俺の頭に手を置く小鳥遊の腕を静かに払った。

颯爽と去って行く彼女を見送ると、菫はまたたこ焼きを口に運んでニコニコしていた。


「ふふ・・・春は周りの人に恵まれてるわね。」


「・・・まぁそうだな。」


小鳥遊が言った通り、色んな経験や人間関係でいくらでも生き方が変動していく。

周りからの期待や、出来事に左右されそうになれば、回避しようとする癖があったものの、そのものの良さに触れれば、身を任せることもあった。

誰かを好きになって、将来を考えるようなことは、この先起こりえないと思っていた。

けど今となっては、何故そう思い込んでいたのか疑問だ。


いつ何時でも、人間足元が疎かになれば掬われる。

一つの選択で人生が大きく左右されることもある。

18歳だったあの時、先生の手を取れば、今の俺はいなかっただろうし、菫にあのワンピースを見せてもらわなかったら、彼女を恋愛対象として見るきっかけは訪れなかったかもしれない。

無数の可能性が転がっているとわかったからこそ、俺は華道を選べやしなかった。


「ねぇ春・・・」


「あ?」


菫は食べ終わった口元をハンカチで丁寧に拭うと、また一口飲み物を飲んでから言った。


「貴方が言ってくれたこと、今になってありがたいなぁって思ってるの。」


どの話のことだと見つめ返していると、彼女は右手薬指にはめた指輪を、大事そうに眺めた。


「・・・私も貴方を、一生大事にしたいわ。」


どんなことでも起こりうる日々で、彼女が同じ想いに誓いを立ててくれるなら、そのフラグだけはへし折るわけにはいかない。

そう思って笑みを返した。


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