第276話 船待ち(4日目)
夜にイカ料理を出すと混雑し過ぎて宿泊客が迷惑するという事で、今日からはランチタイムだけにしたらしい。
なので宿屋の食堂側の入り口前には「4人目の賢者様の新しい料理はお昼の時間だけ食べられます!」と書かれた即席看板が置かれている。
午前中に領主館に行き、昨日の皮を3㎝角に刻んできた、私達が到着した時には水に戻したイカの皮はブヨブヨになって樽からはみ出て絵面が酷い事なっていたが。
とりあえず有機物だし、地面に埋めても土に還るだろう。
「もう後は領主に任せて大丈夫でしょう、これでこの町の住民も安心して住めますね」
エクトルがニコニコしている、私の名声が高まるのは大歓迎だそうな。
それだけに昨日は商業ギルドで偽物の存在を知って荒ぶってはいたけれど。
「早くしないとお昼の時間無くなっちゃうね、どこの店に行こうか?」
お昼は各自なので私達外出組4人は昼食の為のお店を探そうとしたが、ホセの耳がヘタっている。
「なぁ、昼はひやむぎ食いてぇ。宿の部屋でも良いし、それかそろそろ昼の営業終わるだろうから食堂の場所だけ借りようぜ」
「いいねぇ、僕も賛成!」
「しょうがないなぁ、エクトルもそれでいい?」
「はい!」
ホセのリクエストで宿屋へ戻る事になった、ちょうどお昼のラストオーダーの時間が過ぎていたからひと声掛けて場所を借りようと食堂の入り口から入った。
すると何やら中で揉めている様で、騒がしい方を見ると《《黒髪の》》女の子と給仕の男の子が言い争っている。
「私の発案した料理で儲けているんだから無料提供するのは当たり前でしょ!? 全く気が利かないんだから…、あんまりうるさいと燃やすわよ」
女の子がそう言うと掌に炎が現れた、と言っても火種程度だが。
周りの客も息を飲んで見守っている。
「ヒッ」
給仕の男の子が後退った、そして私の背後ではエリアスとエクトルが対照的な顔をしている。
「本当に居たんだね、アイルの偽物。ふふふ、まさか本物が泊まってる宿屋に来るなんて間抜けだよねぇ。きっと表の看板で無銭飲食出来ると思って来たんだろうけど」
「あの娘…っ、今すぐ斬り捨てましょうか!? それとも衛兵に突き出しますか!?」
どうしようかと考えていたら、騒ぎに気付いた料理長が奥から出て来て私を見つけて駆け寄った。
「あっ、賢者様! 良いところへ、申し訳ありませんがもう少し醤油を分けて頂く事はできませんか? 醤油バター焼きがエールと共に売れに売れてしまって…」
シンと鎮まりかえる食堂内、ギギギと音がしそうな動きでこちらを振り返る少女。
そして1拍置いていきなり走り出した。
「ホセ!」
「わかってる」
少女が店から出る前にホセが襟首を掴んで捕まえた。
「ぐぇっ」
わかるわぁ、アレやられるとかなり苦しいんだよねぇ。
食堂が閉まるまでの間、貴族や商家の人が使う奥の個室で少女は正座させられていた。
そして私達は見張りを兼ねてストレージから出した豚バラ肉と一緒に茹でたひやむぎをズルズルと音を立てながら食べている。
最初エクトルは音を立てて啜る事に抵抗があった様だが、啜ろうとして啜れない事に気付いて奥の深い食べ方だと難しい顔をしていた。
口を窄めて息を吸い、鼻から息を吐くのを数回繰り返させてから再びチャレンジ。
「おお! 私も啜れました!」
エクトルが嬉しそうに顔を上げた瞬間グググゥ~と哀しい音が部屋の片隅から聞こえた。
ここの食堂は宿泊客は出る時に纏めて代金を支払うが、食堂だけの利用の場合は注文と同時に支払うので少女は食事にありつけて無いのだ。
私達の視線が集まり、少女はお腹を押さえて顔を赤くした。
しかし視線を向けたのは数秒で、無言で再び食事を続ける。
「ちょっと! あんた達こんな子供がお腹空かせてるのに可哀想だと思わないの!?」
正座の姿勢は崩して無いが、ギャンギャンと喚く少女(推定10歳)を冷めた目で見下ろす。
「私…、悪人に人権は要らないと思うの」
「そっ、そんな風に言われる程悪人じゃないわよ!」
一瞬ビクッとしたが、少女は私に言い返してきた。
「馬鹿者! 賢者の名を騙り無銭飲食をしようと企み、アイル様の名声に傷を付ける真似をしておいて悪人では無いとは何事か!!」
エクトルの剣幕に少女の瞳には見る見る涙が溢れてきた。
「うぇ~~ん、だって他の人もやってたし、お腹空いたんだも~ん、え~ん」
いきなり泣き出した少女にエクトルがオロオロとしだしたが、エリアスがにっこり微笑んで少女に語りかけた。
「へぇ? お腹空いたからって割には魔道具まで仕込んで用意周到だったねぇ? 手首のところに火種として使う魔道具、隠してるでしょ?」
エリアスの言葉に少女の涙はピタリと止まった、どうやら図星だった様だ。
その時個室のドアがノックされ、料理長が合流した。
「賢者様、お待たせしました。昼の客は全員帰りましたので…、ところでこの娘はどうしましょうか。幸い被害には会ってませんが、衛兵を呼んで突き出しましょうか」
「そんなぁ…」
再び少女が泣きそうになると、にわかに表が騒がしくなった。
「あのぉ…、その子の祖父かもしれない人が訪ねて来たんですけど…」
少女と言い争っていた給仕の男の子が知らせに来たので、その人を通してもらうとバナナのおじさんだった。
おじさんは少女と私を見比べるといきなり土下座した。
「大変申し訳ございません! 恩を受けておきながら愚かな孫がご迷惑を…!!」
「へ!? おじいちゃん!?」
少女は祖父の行動に目を丸くして驚いている。
詳しく話を聞くと、以前から少女は賢者と同じ黒髪黒目で子供だから間違われるかもと言っていたそうで、魔道具を仕込んで魔法を使えるフリをした人の話を聞いて目を輝かせていたから心配していたそうだ。
そして今日、朝になってついて行きたいと言い出し、逸れてしまって心配していたらこの店で偽物が出たと話しているのを耳にして、まさかと思って駆けつけたらしい。
「どうか、どうか衛兵に突き出すのだけは…!」
必死に懇願する祖父の姿に気まずそうにしているものの、反省しているとは言い難い態度の少女に考えを巡らせる。
「おじさん、バナナの後継者ってちゃんと居る?」
「え? はぁ、一応この子の父親が継ぐ予定です」
「じゃあ、この子がバナナ農園に生涯を捧げるというのなら赦すわ。もちろん結婚とかは好きにすれば良いけど、ちゃんと農園の為に働くのよ?」
「わかったわ! ちゃんとお爺ちゃんを手伝って働く! だから赦して!」
「誓う?」
「もちろん!」
満面の笑みで頷く少女、かなり怪しいので…。
「それじゃあ『契約』」
「へ!?」
キィンと空気が震える様な音がして魔法が発動した、何が起こったかわからず瞬きする少女に向かって微笑む私。
「今のは奴隷契約にも使われる契約魔法よ、あなたが理由も無くバナナ農園を放置していたら………大変な事になるから気をつけてね。大丈夫、お爺さんやお父さんの言う事を聞いてお仕事してれば問題ないから」
「何て奴だ…」
「あはは、なかなか鬼畜だねぇ」
「寛大な処置だと思います」
真っ青になっている少女を見てホセ達が何か言っているが、料理長もおじさんも納得しているから良いのだ。
よし、これでバナナの未来は明るくなった、めでたしめでたし。




