第275話 船待ち(3日目)
午前中に下足の皮を干した物を洗浄魔法で綺麗にして、領主が準備した樽に水球を作り出して再び水を含ませた。
正確には含ませている最中だ、乾くのは早かったが、再び吸水させるのは時間が掛かりそうなので放置してきたのである。
そんな訳で午後は昼食を軽めに済ませ、宿屋で夕食の仕込み前の厨房を借りてイカのおつまみとオヤツ作りだ。
シンプルにバター醤油で焼いたものと、焼いてチーズをトロリさせたものと、薄く生地を焼いてイカとチーズとお好みソースとマヨネーズを乗せて半折りにしたものと…、いくら作っても材料が尽きる事が無い。
味見はするけど、食べずにストレージにどんどんストックしていく、夕食の仕込みがあるから厨房を使わせて貰える時間は限られているのだ。
昼食で使った食器や調理器具を洗浄魔法で綺麗にしたから使える時間は多少長くなったけど。
「あ、あの~、賢者様…」
「ん?」
厨房が使える時間が終わる頃、宿屋の料理長が申し訳無さそうに声を掛けて来た。
「大変申し上げにくいのですが、今調理していた材料がまだあるのなら分けて頂く事は可能でしょうか…?」
「ええ、まだまだあるから良いよ、どれくらい必要?」
「本当ですか!? ありがとうございます!! 実は表が大変な事になっておりまして…」
料理長は振り返る様に宿屋の入り口に視線を向けた、どういう事かとヒョイと覗くと入り口前にすごい人集りができている。
「えぇっ!? 何で!?」
「どうやら嗅ぎ慣れないけれど良い匂いに釣られて段々と集まって来た様です。皆ここで食べれると思って夕食の営業にはまだ早いというのに並び始めているので、これで食べられないとなると暴動が起きるのでは…と。ですので是非とも材料と作り方を私達に提供して頂けないでしょうか!?」
大氾濫のカレー状態再びというところか…。
そういえば市場で私の感覚からすると食べるのを躊躇しそうな色鮮やかな魚は見かけたけど、イカやタコは見てない気がする。
私は1m程の足を1本取り出した。
「使わない分は切って冷凍しておけるから、とりあえずコレを今日使う分だけひと口大に切り分けておいてくれる? その間にレシピを商業ギルドに登録して来るから。あっ、そうそう、材料費はそっちで決めてね、海の魔物だし値段の相場が全然わからないから」
「は、はぁ…」
そして私はレシピを書き出すと、作った物の試食権利と引き換えにエリアスを連れ出して商業ギルドへ向かった。
ちなみにあの人集りをかき分けて出て行く勇気は無かったので裏口からこっそり脱出。
「ハァ!? 賢者だって? 衛兵に捕まる前にそんなお遊びはやめるんだな」
商業ギルドの受付でレシピの登録をしたいと申し込もうとしたら呆れた様な目を向けられた。
「いや、あの、本物なんだけどなぁ。僕達の姿絵ってこっちの方までは来てないって事かな? こんな事なら聖騎士の誰かについて来て貰えばよかったね。アイル、国王から貰った許可証と冒険者証見せてあげなよ」
「わかった」
エリアスに促されてパルテナとコルバドで貰った玉璽の押された許可証と冒険者証をストレージから取り出した。
その時点で受付のお兄さんは目をこれでもかと見開く。
「はい、確認してもらって良いよ」
「し、失礼します…」
お兄さんは震える手で冒険者証を手に取り確認するとヒュッと息を飲んだ、そして許可証を両方開いて確認するといきなり土下座した。
一瞬「こっちにも土下座があるんだ」なんて思ったけど、お兄さんは凄く怯えていてこっちが焦る。
「あ、あの…?」
「大変…、大変申し訳ありません!! どうか、どうか寛容なお心でお赦し下さい!!」
「何事だ!?」
お兄さんが騒いだので奥からお爺さんの年齢だけど、お爺さんと呼ぶには若々しい人が出てきた。
「あ…、ギルマス、こちらの方は『本物の』賢者様です」
泣きそうな顔で商業ギルドのギルマスに訴えるお兄さん。
ギルマスは私達とお兄さんを3往復くらい見比べてから、私達を奥の応接室へと案内してくれた。
「大変申し訳ございません! 実は何度か賢者と名乗る偽物が現たので、またか…と思ったのでしょう」
「私の…偽物!?」
「そうなのです、こちらには黒髪黒目の人族がいない事もない、という程度ですが居るので騙された者も居るとか…」
「そんなの魔法使えるかどうか確認したらすぐにわかるでしょう?」
エリアスが首を傾げると、ギルマスはため息を吐いた。
「それが…、どうやら魔道具を仕込んで魔法を使った様に見せかける者も居たそうです。何度か賢者であると言っては賢者様のレシピを使っている店で無銭飲食をしていたところを怪しんだ店主が捕まえてみたら偽物だった…というのが既に3件程…。逃げられた店もあってその偽者はまだ捕まって無いそうです」
「まったく、無銭飲食するくらいなら私だったら自分で作るっての! 捕まえて説教してやろうかな」
「見つけたらそうしなよ、とりあえず今はレシピ登録が先じゃない? 料理長待ってるかもよ?」
「あっ、そうだった。ギルマス、今回はこれだけ登録したいの、手数料は最低限でお願いね。で、こっちは料理長から頼まれたレシピ使用料と申し込み用紙、必要事項は記入してあるって言ってたよ」
「はい…、はい…、うん。はい、確かに承りました」
ギルマスはレシピや書類を確認して使用料を受け取ると、手早く登録済み証明と使用許可証の発行をしてくれた。
ちなみに受付のお兄さんが怯えていた理由は、新人だった10年前にここに来た賢者ソフィアにめちゃくちゃ怒られた事があるらしい、凄く気の強い人だったそうな。




