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少年法の壁  作者: リンダ


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それぞれの行き先

「それぞれの行き先」


 やがて、かつて加害側にいた者たちは、静かに姿を消していった。


 誰にも告げず、家を手放し、

 知り合いのいない土地へ移る。


 転居先では、過去を語らない。

 語れない、ではなく――語らないと決める。


 近所づきあいは浅く。

 職場でも必要以上に踏み込まない。

 SNSは使わないか、痕跡を残さない。


 そうして、息を潜めるように暮らす。


 夜、ふとした拍子に思い出す。


 教室の笑い。

 軽い一言。

 止めなかった瞬間。

 そして、去っていった背中。


 ――あの時、やめておけばよかった。


 その一文だけが、何度も胸の奥で繰り返される。

 答えは出ない。だが、消えもしない。


 当時の学校幹部の行き先も、また別の意味で閉ざされた。


 責任の所在は調査で明らかにされ、

 隠蔽と矮小化の関与が認定された。


 結果は、厳しかった。


 出世どころか、管理職としてのキャリアは途絶え、

 規定に基づく処分の中で、退職条件も大きく制限される。

 教育行政への再関与は認められない。


 公式文書の一行一行が、これまで積み上げてきたものを否定していく。


 かつて守ろうとした“組織の体面”は、

 結局、何も守らなかった。


 一方で、高石正美は、違う場所で立ち続けていた。


 あの時、組織の外側で動く決断をした教師は、

 いまも現場と制度のあいだを行き来している。


 飯山には、ときどき顔を出す。


 ジムの隅で子どもたちの動きを見守り、

 練習後、理人や美羽と短く言葉を交わす。


「今日は、いいステップだったね」

「ありがとうございます」


 長い会話はしない。

 だが、その短い往復の中に、信頼がある。


 光が用意したお茶を飲みながら、

 高石はふと庭の望遠鏡に目をやる。


「今夜は見えるかな」


「雲が薄いから、いけると思います」


 理人が答える。


 子どもたちが集まる夜、

 高石もまた、静かにその輪の中にいる。


 そして――


 数年後。


 横須賀市教育委員会の人事が発表された。


 新しい教育長の名前が、ニュースに流れる。


 高石 正美。


 会見で彼女は、はっきりとした声で言った。


「いじめは、起きたあとに“どう処理するか”の問題ではありません。

 起きる前に止める、起きた瞬間に止める、その責任が大人にあります」


 フラッシュが光る。


「そして、もし守れなかったときは、事実を隠さず、責任を明確にし、被害を受けた側の回復を最優先にする。

 これを、制度として徹底します」


 記者が問う。


「被害者と加害者、どちらの未来を重視しますか」


 高石は迷わなかった。


「まず、被害を受けた側の安全と回復です。

 そのうえで、加害に関わった子どもにも、責任と向き合わせる支援を行います。

 順番を誤れば、同じことが繰り返されます」


 会見は短く終わった。


 だが、その言葉は、以前よりも具体的で、重かった。


 飯山の夜。


 理人は望遠鏡を据え、子どもたちに順番を譲る。


 美羽はミットを片づけ、

 光は次の練習メニューをメモに書く。


 希は、まだ小さな手で父の袖をつかみ、

 星の方角を指さす。


「あれ、なに?」


「木星だよ」


 理人は笑って答える。


 かつて、空を見上げることすら苦しかった少年は、

 いま、子どもに星の名前を教えている。


 許してはいない。

 忘れてもいない。


 それでも、守るものがある。


 守る場所がある。


 守るための力がある。


 それぞれが、それぞれの行き先を選び、

 その選択の重さとともに生きている。


 夜空は変わらない。

 だが、その下で生きる人の選び方は、確かに変わっていく。

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