第8話 何でも自分のせいにしないで
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問題の街区から戻ると、二人はしばらく軍部応接室で過ごした。
部屋を出て背後でドアが閉まると、フーティアはすぐにフーティナに追いつく。
振り返ってドアがきちんと閉まっていることを確かめてから、ずっと聞くのを我慢していたことを尋ねた。
「フーティナ」
「何?」
「どうしてさっき、ヨーゼフさんのこと、全部ヴェルナーさんに話さなかったの?」
フーティナは足を止めず、フーティアの前を歩いていく。
フーティアも慌ててあとを追った。
「話したわ」
「あそこには確かに何かを隠している人がいるけど、スパイかどうかはわからないって、それだけでしょ」
「事実でしょう」
「わかってるよ。でも、ヨーゼフさんが『スパイ』って聞いたときの反応は、話してないじゃない」
フーティアはフーティナの前に回り込み、足を止めた。
「それと、もう一つ……そうするべきだったって言いたいわけじゃないけど。結局、記憶を消す魔法を使ったんだから、どうしてもう少し聞かなかったの?」
フーティナはしばらく黙っていた。
「特に理由はないわ」
フーティアはぽかんとした。そんなよくわからない答えには、納得できない。
フーティナは続けて、もう一言つけ加えた。
「そうしたくなかったから」
「……そんなにわがままでいいの?」
「私たちはスティグマの兵士じゃないでしょう。あの人たちが何をしたかもわからないのに、『スパイかもしれない』の一言で、口を割るまで問い詰めるの?」
「でも、もう少しわかったからって、必ずしも――」
「なら、私たち自身が知りたいと思ったときに聞けばいい」
フーティナは彼女を見た。
「特に、軍に手を貸すときはね。何をするべきで、何をするべきでないか、自分たちで考えないと」
「……それは、そうだけど」
「だったら、向こうが知りたがっていて、私たちがたまたま魔法を使えるからって、代わりに聞き出さなきゃいけないと思わないことね」
フーティアは口を開きかけた。
「そこまでしたら…私たちがそういうものになってしまう。それは嫌なの」
フーティアは唇を引き結び、すぐには何も言わなかった。
フーティナはもう彼女の先に進んでいる。
二歩ほど進んだところで、さらに一言つけ加えた。
「それに、あの場所は嫌いじゃないわ」
フーティアは目を瞬かせた。
……フーティナも、ちゃんと見てたんだ。
木箱に乗って飴を売っていた女の子も、ヨーゼフさんがテーブルに並べてくれたお菓子も。
あのときのフーティナは、誰が怪しいか、そればかり気にしているのだと思っていた。
『あなたも、けっこう気に入ってたんだね』
『嫌いじゃないと言ったの』
『うんうん、聞こえたよ』
フーティナは向き直り、そのまま先へ進んだ。
フーティアはあとを追ったが、肩はまだ小さく震えていた。
『本当にわかってるんでしょうね』
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廊下の角を曲がったところで、エミールとエドワードが向こうから歩いてきた。
目深にかぶった軍帽に気づき、フーティアは歩調をわずかに緩め、フーティナの後ろへそっと身を寄せた。
エドワードも二人に気づいた。
足の向きを変えたが、それより先にエミールが半歩ずれ、ちょうどその行く手をふさいだ。
「お二人とも、少しお時間をいただけますか?」
「お前な……」
エドワードは声をひそめ、エミールをにらんだ。
エミールはどかず、その腕に軽く触れただけだった。
フーティアはフーティナの肩越しに顔を出し、二人を交互に見た。
……これ、話がついてるの? それとも、全然ついてないの?
エドワードは廊下の向こうへ目を向けた。
誰もいないのを見ると、今度は自分のブーツのつま先へ視線を落とす。
しばらく沈黙が続いた。やがて、エドワードは歯を食いしばった。
「……先ほどは、失礼なことをした」
フーティアはまだフーティナの袖をつかんでいたが、その言葉を聞いて、少し手の力を緩めた。
フーティナはエドワードを見る。
「これからは?」
エドワードが顔を上げる。
エミールが静かに名前を呼んだ。
「エドワード」
「……もう、むやみに侮辱したりしない。すまなかった」
そう言い終えた顔は、謝る前よりも険しかった。
フーティアはフーティナの袖を離し、その背後から進み出る。
「気にしないで」
エドワードが彼女を見た。
フーティアは目をそらさず、うなずいてみせた。
「……ああ」
彼は視線をそらすと、背を向けて歩き出す。
隣のエミールが引き留めようとしたものの、エドワードはその手を軽く振り払った。
エミールは小さくため息をつき、後頭部に手をやりながら、二人に笑いかけた。
「ご迷惑をおかけしました……先ほどヴェルナー隊長が彼と少し話をされて、お二人に直接謝るようにと」
「なんとなく、そうかなって思ってました」
フーティアはもう一度、エドワードが去ったほうを見た。
さっきの「すまなかった」は、本当にあの人の口から出てきたんだ。
これが小説なら、前のページに戻って、自分が人を取り違えていないか確かめるところだ。
「でも、ちゃんと来てくれただけでも、よかったです」
フーティアがいたずらっぽく眉を上げると、エミールも思わず笑った。
フーティアは肩の前の白い髪を後ろへ払い、改めて背筋を伸ばした。
「ちゃんと自己紹介しますね。私はフーティア、こちらはフーティナ。二人とも偉大な魔女なんですよ」
隣を示し、口元から八重歯をのぞかせる。
「もちろん、より可愛いほうが私です」
フーティナがちらりと彼女を見た。
フーティアは何食わぬ顔で手を引っ込めた。
「あはは……私はエミール。第二支隊の副隊長です。お二人と知り合えて嬉しいです」
フーティナはエドワードが消えた角を見つめていた。エミールが自己紹介を終えて、ようやく視線を戻す。
「謝罪は聞きました。ただ、もう一つ」
「何でしょうか」
「彼はなぜ、私たちにあれほどの敵意を向けるのですか?」
エミールは少し気まずそうに頭をかいた。
「それは……私から聞いたとは、エドワードには言わないでいただけますか」
フーティアはすぐに、真剣な顔でうなずいた。
「はい、もちろん!」
『どうして急に張り切ってるの?』
『理由がわかれば、仲良くできるかもしれないでしょ』
フーティナはそれ以上何も言わなかった。
エミールが小さくため息をつく。
「エドワードの両親は、魔女に対する『掃討』作戦で命を落としたんです」
フーティアはもう次の質問を用意していた。けれど、唇がわずかに動いただけで、言葉にはならなかった。
エドワードが去っていった角を見る。
さっきまで、理由さえわかれば仲良くできると思っていた。
……どうして、そんなに簡単に考えてしまったんだろう。
「すみません」
エミールは彼女の反応に気づいた。
「お二人を前に、こんなにストレートに言うべきではありませんでした」
「エミールさんのせいじゃありません」
フーティアはうつむき、無意識に拳を握りしめた。
「私が、軽々しく聞くべきじゃなかったんです――」
「何でも自分のせいにしないで」
フーティナはフーティアの手に軽く触れた。拳がほどけるのを待って、エミールに目を向ける。
「彼の境遇には同情します。でも、私たちは彼の両親を傷つけていません」
エミールは一瞬、言葉を失った。
「その作戦で両親を亡くしたからといって、すべての魔女に恨みをぶつけていいわけではありません」
フーティナは少し間を置いた。
「二言三言聞いただけで、魔女への見方を変えろとは言いません」
「うまく付き合えないのなら、距離を置いてください」
エミールはしばらく黙り、それから真剣にうなずいた。
「おっしゃるとおりです」
「……彼に伝えます。フーティナさん、彼に代わって、改めてお二人にお詫びさせてください」
まだうつむいているフーティアにも目を向ける。
「お二人も、無理に合わせてくださらなくていいんです」
フーティアはうなずいた。
『さっき、怖かったよ』
『あなたの代わりに言ったのよ』
『わかってる』
フーティアは彼女の袖口にそっと触れた。
『ありがとね』
フーティナはその手に目を落としただけで、何も言わなかった。
エミールは少し待ってから、二人とも口を開かないのを見て、廊下の先へ体を向けた。
「ほかになければ、お部屋へご案内します。ヴェルナー隊長が手配してくださいました」
フーティアは顔を上げ、彼の示すほうを見た。
「今からですか?」
「はい。部屋の準備はできています」
エミールは廊下の先を示したものの、すぐには歩き出さなかった。
「ただ、ヴェルナー隊長から、もう一度確認するようにと言われていまして。先ほどもお尋ねしましたが、ご用意した部屋は軍営の中にあります。朝は訓練がありますし、夜も歩哨の交代があるので、あまり静かではないかもしれません。本当によろしいですか?」
フーティナが目を上げ、エミールを見た。
「先ほど、構わないとお伝えしたはずですが?」
その言葉が出るなり、フーティアがそっと彼女の腕を押さえた。
「大丈夫です。わざわざ教えてくださって、ありがとうございます」
それから隣を向き、頬を膨らませてフーティナを見る。
『もう一度確認してくれてるだけでしょ』
『わかってるわ』
『まだエドワードさんのこと、怒ってるの?』
フーティナは口を引き結び、答えなかった。
……やっぱり。
『でも、エミールさんは何もしてないでしょ?』
フーティナは、自分の腕を押さえている手を見下ろした。
『わかったわ』
フーティアはようやく手を離し、エミールへ向き直った。
「私たちは大丈夫です。ヴェルナーさんも、夜に用事で呼ぶかもしれないって言っていましたし、近いほうが便利ですから」
少し考えて、さらに尋ねた。
「でも、私たちに部屋を空けてもらったせいで、泊まる場所がなくなる人はいませんか?」
「いませんよ。もともと空いていた部屋を、改めて掃除しただけです」
エミールは笑みを浮かべた。
「ほかにご要望がなければ、今からご案内します」
「はい」
「こちらへどうぞ」
エミールが脇へ身を引く。
今度はフーティナも何も言わず、彼に続いて歩き出した。




