↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/27

第5話 スパイはどこ?

---


「目標はここだ」


ヴェルナーは万年筆で地図を軽く二度叩いた。


地図を二人のほうへ向け、街の南西部にあるいくつかの通りをペン先でたどり、最後に小さな一角を丸で囲む。


フーティアは少し身を乗り出した。

丸の中には路地がびっしりと入り組んでいて、見ているだけで方向がわからなくなってきた。


「軍営から遠くないわね」

「上からの情報では、最近この辺りで身元不明の者が頻繁に目撃されている。上層部は、敵国の諜報員が一般住民を隠れみのにして、この一帯で秘密裏に活動していると疑っている――そのため、近く掃討作戦が行われることになっている」


フーティナは地図に目を落とした。


「私たちに何を調べてほしいのですか?」

「その情報に根拠があるのか、確かめてほしい」


ヴェルナーは万年筆を机に戻した。


「そして、不審な者がいるかどうか。それだけだ」

「捕まえる必要は?」

「ない」


すかさずフーティアがつけ加えた。


「私たちが代わりに建物に入ったり、書類を盗み出したりする必要もないんですね?」


ヴェルナーは首を横に振る。


「拘束や捜索は私の兵士が行う。そこまで君たちに任せるほど、厚かましくはないよ」


隣に座るフーティアは、思わずこっそりとうなずいた。


『フーティナ、私、ますますヴェルナーさんを尊敬しちゃう』

『あなたは少し優しくされると、すぐそうなるのね』


フーティアは、ヴェルナーが差し出した地図をちらりと見た。


――少なくとも、この人は最初からずっと、行くかどうかを自分たちに決めさせてくれている。


『今回はちゃんと理由があるんだからね?』


ヴェルナーは二人の声のない言い争いには気づかず、地図を折り目に沿って畳み直し、フーティナの前へ滑らせた。


「もう一つ」


彼は目を上げた。


「もし本当に危険があるとわかったら、すぐに戻ってきてくれ」


---


「……それで」


フーティアは低い塀の陰にしゃがみ込み、地図を横にした。それから、さらに九十度回す。

古い折り目に沿って紙の角が浮き上がり、たった今ここだと見当をつけた通りを、ちょうど隠してしまった。


手で押さえ、もう一度見直す。


「私たち、今どこにいるの?」


フーティナは彼女を見て、それから、回しすぎてすっかり方角のわからなくなった地図を見た。


「貸して」

「待って、もうすぐわかるから」

「さっきもそう言ってたわ」

「地図っていうのは、いろんな角度から見てこそ真実がわかるものなの」

「真実は、上下逆ってことよ」


フーティアは目を落とした。右下の文字が、確かに全部ひっくり返っていた。


「……フーティナを試しただけだよ」


それでも、地図の角は押さえたままだった。

フーティナが手を差し出して、ようやく渋々手を離す。


「もう結構。合格したから」


フーティナは地図を抜き取り、広げ直した。


二人が今隠れているのは、廃倉庫の裏手だ。

この先、通りを二つ越えれば、ヴェルナーが丸で囲んだ区域に入る。


フーティアは塀の陰から顔をのぞかせた。


通りでは洗濯物を干している人もいれば、木の看板を運んでいる人もいる。子供が一人、子犬を追いかけて交差点を駆け抜けていった。


もう少し遠くにも目を向ける。


黒ずくめの人は? 固く閉ざされた窓は?

せめて、怪しげな箱を提げて、数歩ごとに振り返る人くらいはいてもいいんじゃない?


「……スパイは?」

「さあ」

「ものすごく上手に紛れ込んでるのかも?」

「そうかもしれないわね」


フーティアは、通りで腰をかがめてリンゴを拾っているおばあさんを、数秒じっと見つめた。


『本当にすごいスパイは、誰から見ても普通に見えるものだからね』

『何もしていない人を犯人にしないで』


また一つ、リンゴが籠の縁から転がり落ちる。

おばあさんは膝に手をついてゆっくりと腰を伸ばし、転がったリンゴを見てため息をついた。


フーティアは塀の上から手を離した。


……でも、とりあえずリンゴを拾ってあげよう。


しばらくして、二人は塀の陰に戻り、またおとなしく身を縮めていた。


「フーティナ、これからどうする?」


フーティナは地図を畳んだ。

交差点に、さっきの子犬が戻ってきた。今度は、息を切らした子供が二人、そのあとを追っている。


「まずは一回りするわよ」


子供たちが通り過ぎるのを待ってから、塀の陰を出た。


「軍がわざわざ『掃討』するだけの理由が、ここにあるのか見てみるわ」


---


二人は通りの端を歩いていった。


家の前に置かれた木箱や鉢植えが、道幅をずいぶん狭めている。フーティアは石段に寝そべる猫をよけ、それから買い物籠を提げた婦人に道を譲ろうと体を横にした。


パンの香りが石炭の煙に混じって漂ってくる。

匂いにつられて顔を向け、危うく道の真ん中の轍に足を突っ込むところだった。


すれ違う人のほとんどが、思わずといった様子で、二人を何度か見ていく。


道端に立ち止まり、そっくりな二人の白髪の少女を、顔を上げてじっと見つめる子供もいた。

買い物籠を提げた婦人たちは、すれ違ったあとも振り返り、小声で何かを話している。

店先から愛想よくうなずいてくれる店主もいて、どうやら、初めてここを訪れたよそ者だとすぐに見当をつけたらしかった。


フーティアは少しも気にしていなかった。それどころか、ちょっと得意なくらいだった。


また一人、通行人が振り返った。

フーティアはさりげなく肩の前の白い髪を整える。さっきまで少し肩を落としていたのに、今は背筋までぴんと伸びていた。


『やっぱり美少女は、どこに行っても注目の的なのね』

『そっくりな二人がいるから見てるだけよ』


髪を整えていたフーティアの手が、一瞬止まった。


『夢を壊さないで』

『事実を守っているだけよ』


二人はさらに少し歩いた。


街角では誰かが木の扉を修理していて、金槌の音がかんかんと響いていた。

一方、年寄りが軒下に座って豆のさやをむきながら、隣の家の人に愚痴をこぼしている。


「昨日、また小麦粉が一割も高くなってね」

「じゃあ、明日は?」


棒切れを抱えた子供が近寄ってくる。

年寄りはむいた豆を器の中へ寄せた。


「あっちで遊んでおいで。大人が話してるんだから」


子供たちが何人か、棒切れを手に追いかけっこをしていた。一人が勢い余ってフーティアにぶつかりそうになり、母親にぐいと引き戻された。


「ごめんなさいね、お嬢さん」

「いえいえ、大丈夫です」


フーティアは子供に手を振り、ぶつかってはいないと示した。


二歩ほど進んでから、もう一度振り返る。


その子はもう棒切れを振り上げて遠くへ走っていた。母親はまだその場に立ち、片手はさっき子供を引き戻したときのままだった。


……本当に足が速い。

さっき私にぶつかりそうになったときは、曲がることもできなかったくせに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。