第3話 断っても構わない
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「白髪、十五歳前後、口元に八重歯、小柄……」
「ちょっと! 小柄って何よ!」
白髪も、八重歯も、別にいい。
でも、ほかにも書くことはいっぱいあるはずだ。可愛いとか、大人っぽいとか、美しいとか……
よりによって、どうして身長なの!
「静かにしろ!」
背後から飛んできた怒声に、フーティアはびくりと肩をすくめた。
こんな乱暴なことを言うのは誰だろうと振り返りかけたが、肩をひねった途端、背中で両手を縛っている縄が手首に食い込む。
「いたっ……」
仕方なく座り直したものの、唇はまだ不服そうに引き結ばれていた。
姿勢を直すついでに、フーティアは辺りを見回した。
部屋は思っていたよりずっと狭い。
灰色の壁には何もなく、窓のブラインドはほとんど閉じられている。細い隙間から差し込む日光が、長机の端に落ちていた。
机の上には書類が積まれ、卓上ランプの脇にはホーローのカップが一つ置かれている。その縁には、黒ずんだ茶渋が輪になって残っていた。
古い木と煙草、それに銃の手入れに使う油の匂いが混じり合って、鼻が少しむずむずする。
案内してきた人は、さっきここを何て呼んでいたっけ?
……応接室。
フーティアはもう一度、手首を少し動かしてみる。
手首に結んだ赤い紐まで麻縄の下に押さえ込まれていて、どう動かしても窮屈だった。
――いつもこんなふうにお客さんをもてなしてるの?
背の高い兵士が背後から椅子の脇へ回り込み、手にしていた報告書を机に戻した。
そこで初めて、フーティアは彼の顔をはっきりと見た。思っていたより若い。軍帽を目深にかぶり、左の眉のあたりには薄い古傷が一本、横に走っていた。
彼が見下ろしてくると、フーティアはすぐに目をそらす。
……まあ、身長については、今のところ反論の余地がないのは確かだけど。
もう一人、茶色い髪の兵士がフーティナの背後に立っていた。
フーティアがまた椅子の上でもぞもぞしているのを見ると、彼はその背中の縄の結び目に目をやり、唇をわずかに動かす。けれど結局、机の向こうの上官へと視線を向けた。
右手は腰の脇に垂れ、ホルスターのすぐ近くにある。
フーティナのほうは、背筋を伸ばしてきちんと座っていた。
白い長髪が肩から胸元へと流れ、襟元も乱れていない。
ただ、その視線だけがゆっくりと窓からドアへ移り、二人の兵士の腰にあるホルスターをかすめた。
しばらくそれを見ていたフーティアは、意識の中で声をかける。
『もう、ここをどうやって壊すか考えてたりする?』
返事はない。
『何か言ってよ』
フーティナはようやく顔を少し向けた。落ち着きなく動くフーティアの肩に目をやってから、机の向こうへ視線を上げる。
フーティアがその視線を追うと、ちょうど上官と目が合った。
……おとなしくしていろ、ということか。
長机の向こうに座る男は、二人の声のないやり取りには気づいていないようだった。
三十代くらいで、軍服をきちんと着ている。
濃い色の制服の肩には階級章がつき、袖口は清潔で、胸に留められた勲章は数えるほどしかなかった。
背の高い兵士の厳しい叱責を聞くと、男は机上の身元資料を閉じ、かえって笑みを浮かべた。
「お嬢さん方に、そう乱暴な態度を取る必要はないだろう」
男は片手を上げ、二人の兵士に目を向けた。
「エドワード、二人の縄を解いてやれ」
「しかし、ヴェルナー隊長――」
「解くんだ」
男は座ったままだったが、背の高い兵士は言いかけた言葉をのみ込んだ。
エドワードと呼ばれた兵士は歯を食いしばり、それでも前へ進み出る。
もう一方では、茶色い髪の兵士も同時にフーティナの縄の結び目をほどいていた。
縄が緩むと、フーティアはすぐに両手を前へ戻した。手首をさすり、それから、ずれてしまった赤い紐をそっと直す。
「助かった……」
そのまま背もたれにだらりと身を預け、ようやく肩の力を抜いた。
「この薄汚い魔女め――」
フーティアの手が、手首の上で止まった。
エドワードが彼女を見下ろしている。
フーティアはゆっくりと背もたれから体を起こし、言おうと思っていた抗議の言葉も引っ込めた。
『フーティナ、この人、本当に私たちのことが嫌いなんだね』
『見ればわかるわ』
「目の前におられるのが、スティグマの名誉将軍だとわかっているのか? 自分の立場をわきまえろ。さもないと――」
上官が片手を軽く上げた。
「落ち着け、エドワード」
エドワードは息を吸う。
だが、言葉を発するより先に、上官はもう一方へ視線を向けていた。
「エミール、彼を連れて外の空気でも吸ってこい」
「はっ」
茶色い髪の兵士が答えた。
彼はエドワードの肩に手を置き、そのままドアのほうへ促した。
エドワードは動かない。エミールは身を寄せて何かをささやき、もう一度その肩を押した。
今度は、エドワードもようやく足を踏み出した。
ドアのそばを通るとき、エドワードはなおも振り返ってフーティアを見る。
フーティアは慌ててうつむき、自分の手首を確かめた。
ドアが閉まると、フーティアはほっと息をついた。
これでやっと、まともに話が――
隣を向いたところで、言葉が止まった。
椅子は空だった。
フーティナはすでに男の背後へ回り込み、片手でその肩を押さえていた。もう片方の手に握った短刀が、首筋にぴたりと添えられている。
刃に沿って、暗赤色の光がゆっくりと流れていた。
あまりにも速く、そうなるまでの動きはほとんど見えなかった。
「フーティナ!?」
「動かないで」
フーティナは彼女を見なかった。短刀を握る手も、微動だにしない。
「次の瞬間、何が起きるかは保証できないわ」
男の肩が、彼女の手の下で一瞬こわばった。
振り返ることはせず、机の上からゆっくりと両手を上げ、フーティナから見える位置で止める。
「なるほど……先ほどまで、その短刀はなかった。これがいわゆる『魔法』――」
「質問する資格はないわ」
「……では、まず私から話そう」
ヴェルナーはいったん言葉を切った。首筋の刃がそれ以上近づいてこないのを確かめてから、言葉を継いだ。
「私の名はヴェルナー。部下たちは普段、私を隊長と呼んでいるが、お二人はヴェルナーさんと呼んでくれればいい」
フーティアは彼の上げた両手を見て、それからフーティナを見た。
この人、本気で自己紹介してるの?
今? この状況で?
『この人、落ち着きすぎじゃない?』
『今は話しかけないで』
『念のため言ってるの』
『見えてる』
フーティアは口を引き結んだ。しばらくしてから、契約を通じた会話では、こうしてもあまり意味がないのではと気づいた。
フーティナの短刀は、変わらず同じ位置にぴたりと留まっている。
その手には、さらに力がこもっていた。
「あの縄で君たちを拘束できるとは限らなかった。今、それが確かめられたと思う」
「それで?」
「だから、ここからは席について、落ち着いて話がしたい」
ヴェルナーは机の上の書類に目を向けた。
「君たちがここに現れたことは、まだ上には報告していない。作戦に参加した者にも、当面は口外しないよう命じてある」
フーティアはきょとんとした。
だが、フーティナは短刀を握る手を緩めない。
「なぜ?」
「まずは君たち自身の話を聞きたいと思ってね」
ヴェルナーは少し間を置いた。
「指名手配書については……もちろん、目を通している」
ヴェルナーは首元の短刀には目もくれなかった。
「君たちが危険だということは、今となっては疑いようがない。ただ、手配の理由には、魔女を自称しているとしか書かれていないようだ」
彼はフーティアを見た。
「こんなに若く美しいお嬢さん方だ。まずは言い分を聞くべきだろう」
フーティアは思わず手を上げ、頬にかかった白い髪を耳にかけた。
……少なくとも、指名手配書を書いた人よりは見る目がある。
少し姿勢を正したところでフーティナの視線に気づき、その手をそっと下ろした。
ヴェルナーの口角がわずかに上がった。
「それに、魔女を『自称』したというだけで、二人の少女を指名手配するとは――率直に言って、それ自体がずいぶん馬鹿げた話だと思うがね」
『フーティナ、私、この人好き』
『褒められたからそう言ってるだけでしょう』
『そんなにきつく当たらないでよ。この人を傷つけたら、私たちだって困ることになるし』
フーティナはしばらく黙っていた。
「言いなさい。条件は?」
刃がヴェルナーの首筋を離れる。だが、短刀はまだフーティナの手に握られていた。
彼女はフーティアのそばへ戻った。
ヴェルナーは軽く肩を動かす。先ほどのことに腹を立てた様子は、少しもなかった。
「ずいぶん話の早いお嬢さんだ」
彼は座り直し、ついでに、ずれた書類まできちんと整えた。
「ただ、厳密に言えば、条件ではない」
フーティナは小さく鼻を鳴らした。
「私たちはあなたの軍営にいるのよ。それで条件ではないと?」
「だからこそ、先にそこをはっきりさせておきたい」
ヴェルナーは目を上げる。
「断ってもらって構わない」
フーティナは立ったままだった。
「断ったら?」
「部下に命じて、軍営の外まで送らせよう。スティグマを出たいというなら、その手配もできる」
「また捕まえて連れ戻したりしない?」
「少なくとも、私がそう命じることはない」
部屋が一瞬、静まり返った。
フーティアは彼を見つめた。
ヴェルナーは机の上で両手を自然に重ね、わずかに身を乗り出している。
それ以上、返事を急かすことはしなかった。書類から手を離し、二人の答えを待っていた。
フーティアは隣へ体を向け、フーティナの袖にそっと触れた。
『とりあえず聞いてみようよ』
『そんなに彼を信用してるの?』
『まだしてないよ。でも、聞くだけならお金もかからないし』
フーティナは、つままれた袖口に目を落とした。
フーティアは手を離し、隣の椅子を少し引いてる。
しばらくして、フーティナはようやく再び腰を下ろした。
手にしていた短刀が魔力へと変わり、空気の中へ消えていく。
「聞かせて」
ヴェルナーの顔からも、笑みが少し薄れた。
彼は手を伸ばし、書類のいちばん下から、折り畳まれた地図を一枚抜き取る。
「実は、一つ、君たちに確かめてもらいたいことがある」
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先ほど応接室にいた二人の兵士は、やはりまだドアの外で待っていた。
出てきた二人を見て、エミールが壁際で姿勢を正す。その途端、エドワードが一歩、大きく踏み出してきた。
「ヴェルナー隊長が、本当にお前たちを解放したのか?」
廊下の真ん中に立ちはだかり、フーティナの腕へ手を伸ばす。
「エドワード、ヴェルナー隊長はもう――」
エミールが言い終わらないうちに、フーティナは片手を上げた。
エドワードの腕が宙で止まり、続いて膝が折れる。エミールが慌てて駆け寄って支えたものの、受け止めきれず、二人そろって壁にぶつかった。
「……エドワード?」
「俺は……大丈夫だ」
エドワードは歯を食いしばり、何度か身をよじろうとする。だが、手足はまるで自分のものではなくなったかのように、ぴくりとも動かなかった。
「手足が動かないだけだ……あいつらを捕まえろ……エミール」
エミールは床に手をついて立ち上がり、服についた埃を払った。
顔を上げ、気まずそうにフーティアたちを見る。
「すみません。エドワードは、その……」
「大丈夫、大丈夫」
フーティアはひらひらと手を振った。
床にいるエドワードのために少し取りなそうと思ったのだが、フーティナはもう、振り返りもせずに歩き出している。
「フーティナ、ちょっとやりすぎじゃない?」
「二時間もすれば動けるわ」
フーティアは、踏み出したばかりの足を引っ込めた。
「二時間!?」
「短すぎる?」
「ううん、全然。とっても人道的」
フーティアは後ろを振り返る。
エミールがエドワードを支え、壁にもたれさせていた。エドワードはまだ歯を食いしばって悪態をついている。少なくとも、声だけは元気そうだった。
「……あとに何か残ったりしないよね?」
「しないわ」
フーティアはエミールに手を振り、気まずそうに笑った。
エミールは一瞬きょとんとしてから、少し困ったように彼女にうなずく。
それを見て、フーティアはようやく前を向き、フーティナに追いついた。




