第2話 二人とも、逮捕する
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朝食を終えると、二人は息を合わせたように立ち上がり、何も言わず、それぞれ別の方向へ歩き出した。
フーティアの担当はテーブルを片づけ、食器を運んで洗うこと。一方、フーティナには別の大事な仕事があった……
――着陸の準備だ。
フーティアが「魔法の絨毯」の前部にある操縦室へ入ったのは、それから十分後のことだった。
フーティナはその間に各種パラメーターの調整を済ませ、窓越しに外の様子を確かめていた。
「えへへ、着替えにちょっと時間かかっちゃったけど、ちょうどいいタイミングでしょ、フーティナ~」
フーティアは今日も、いつものシンプルな生成りのワンピースを着ていた。裾は膝の少し下までで、余計な装飾はほとんどない。
むしろ目を引いたのは、両手首に結ばれた赤い紐で、手を上げる動きに合わせてかすかに揺れていた。
それに比べて、フーティナの装いはずっとかしこまっていた。
襟元から袖口まできっちりと整えられ、いつでも何か改まった用事に出かけられそうな姿だった。
「無駄口はいいから」
フーティアは肩をすくめて、「はいはい」「言うとおりにするから」と応じながら、操縦席の脇にある三段の小さな階段を上った。
ここは、普通の飛行機の操縦室とはまるで違っていた。
いちばん下は、フーティナの持ち場だった。
方位や高度、魔力出力を扱う装置と、人間の航空規則に合わせるために後付けしたいくつもの計器が、すべて彼女の手の届く範囲にひしめいていた。
その上には、ほぼ円形の小さな台が一つ、張り出していた。そこがフーティアの陣地だ。
足元には柔らかなマットを敷いた床があり、周囲に壁らしいものはほとんどなかった。腰のあたりから曲面ガラスが上へと伸び、頭上で合わさって透明なドームを形作っていた。背後にも死角はなかった。
中央の回転椅子に座って少し体の向きを変えるだけで、前後左右の空を一望できる。
フーティアはここが大好きだった。
とりわけ足元に雲が広がっていると、空全体が自分の家になったような気がしてくる。
もちろん、それに対するフーティナの感想は一言だけ――寝言は寝て言って。
フーティアは椅子に落ち着くと、笑みを引っ込めた。
軽く目を閉じ、胸の前で両手を十字に重ねる。
重ねた手の隙間からかすかな青い光が少しずつにじみ出し、細い水の流れのように指先を伝って、空中へと散っていった。
それまで機体をそっと撫でていただけの風が、彼女の意識の中で、ふいに形を持つ。
フーティアは目を開けた。
「風は三一〇度の方向から、秒速十一メートル……雲はちょっと厚めだけど、近くに積乱雲はなし。うん、視界良好」
椅子を回し、もう一度下を見た。
「今の高度は、だいたい四千二百メートル」
「ええ」
フーティナが短く答えた。
フーティアは再び目を閉じた。
放った魔力が、見えない触手のように周囲へ伸び、ほどなくして、高速で移動する別の何かに触れる。
「七時の方向に飛行機。マークからすると、スティグマの民間機だと思う」
「距離は?」
「けっこう遠い」
「けっこうって、どのくらい?」
「ぶつからないくらい」
「フーティア」
「はいはい、ちゃんと確かめるってば」
基本的な状況を互いに確かめ終えると、フーティナは地図上の航路を確認し始めた。
ひとまず手の空いたフーティアは、頬杖をついて窓の外の分厚い雲を眺めた。
子馬、ワニ、恐竜、戦車……
視線は、また別の雲へと流れていった。
ん……なんだかこれ、フーティナに似てない?
見れば見るほど似ている気がして、思わず笑ってしまった。
うつむいて、下の操縦席をちらりと見る。
それから、わざと意識の中でフーティナに声を送った。
『フーティナ、あの雲、あなたに似てる』
下では、二秒ほど沈黙が続いた。
フーティナは片手を上げて額を押さえた。
「くだらない」
「どこが! すっごく似てるのに!」
フーティアは満足げに視線を戻した。
不意に、素晴らしい光景が彼女の目を引いた。
窓の外ではなく、窓そのものに――
ガラスに映った、自分の姿だ。
小柄で均整の取れた体つき、整った顔立ち、雪のように白い長い髪……
生成りのワンピースに、手首に巻かれた細い赤い紐……
そして、唇の端からのぞく、小さくて愛らしい、世界を癒やす八重歯。
フーティアは満足げにうなずいた。
もし自分が小説家だったら、世界中の人をこの美貌の虜にしてみせる。
彼女はもう少しガラスに顔を近づけた。
そういえば……
今日の髪、いつもよりふわっとしてない?
まあ、いいか。
三日も意識を失っていたのに、この美貌は健在なのだ。そのくらいの変化、気にするほどでもない。
「フーティア、次は『スティグマ』に向かうわ」
その言葉に、フーティアは危うく椅子から転げ落ちそうになった。
「ちょうどさっき、あそこの民間機も見かけたことだし、そう遠くはないはず……」
「スティグマ? 最近ずっと戦争してる、あの国? 冗談はやめてよ、フーティナ!」
「これまでに集めた情報だと、古い『魔法遺跡』がかなりあるらしいの。行ってみる価値は十分あるわ」
「そう言われても……わかったよ」
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「魔法の絨毯」が速度を上げると、数時間かかるはずだった飛行時間は一時間に縮まった。
フーティアがひと眠りした頃には、もう着陸の準備に取りかかる時間だった。
「『魔法の絨毯』の外観を確認して、フーティア」
「はぁい……」
力のない声だった。
それでもフーティアは慣れた動作で椅子を回し、観測台の脇から小さな鏡を引き出した。
そこに映っていたのは、自分たちが今乗っているものの本当の姿ではなかった。
スティグマでよく見かける民間機とほとんど変わらない小型機が、おとなしく雲の上を飛んでいる。
「『外見変化の魔法』は正常に作動中。さっきの民間機に合わせて、もう少し手を加えておいたから、少なくとも外から見ておかしなところはないよ」
「ええ」
フーティアは鏡を押し戻しながら、心の中でぼやかずにはいられなかった。
そういえば、フーティナはどうしていまだに「魔法の絨毯」って名前にこだわるんだろう?
今のこれ、いったいどこが絨毯なのよ。
最初は確かに、二人がどうにか座れるくらいの小さな絨毯だった。
そのうち、フーティナが風で頭が痛くなるのを嫌がって、風よけの魔法を加えた。
フーティアが寝る場所もないと文句を言うと、今度は空間が拡張された。
それから寝室、食堂、浴室、操縦室と増えていき……
気がつけば、数平方メートルにも満たなかった小さな絨毯は、空飛ぶ家に育っていた。
考えれば考えるほど、自分の案がもっともだと思えてくる。
そこでフーティアは、大まじめに意識の中でフーティナへ声を送った。
『フーティナ』
『何?』
『この乗り物、名前を変えたほうがいいと思うんだけど』
『変えない』
フーティナの有無を言わせぬ声が耳に届いた。
『まだ何て名前にするか言ってないのに!』
『「フーティアの家」でしょう』
フーティアはぽかんとした。
「……なんでわかったの?」
フーティナはようやく計器から目を上げた。
「もう三回も聞いたから」
「そ、そうだったっけ」
「余計なこと考えてないで、着陸地点を確認して」
「あ、うん。ちょっと見てみる……」
フーティアはスティグマの地図を眺めた。
「東の空港にする?」
「行かない」
「え? どうして?」
フーティナは何も言わなかった。数秒たって、ようやくフーティアも気がついた。
「危ない、忘れるところだった。空港では身元を確認されるんだった……偽名を使うのは?」
「あなたの顔も指名手配書に載ってるのよ」
「……可愛く描かれてる?」
「救いようがないわね……」
フーティアはえへへと笑った。
彼女が地図上で選んだのは、スティグマの郊外にある谷間だった。航空図を見るかぎり、近くに町も空港もなく、昔から残る古い道路が一本、山の麓を回り込んでいるだけ。周辺の広い範囲が森に覆われていて、自分たちのように堂々と空港に姿を見せにくい者には、うってつけだった。
フーティナがちらりと見た。
「いいわ」
「私、場所選びの才能あるって言ったでしょ」
「前回もあなたが選んだのよ」
「……あれは不可抗力」
「沼地を草地と見間違えたのも不可抗力なの?」
フーティアは耳をふさいで、聞こえなかったふりをした。
魔法の絨毯はほどなく雲を抜け、谷の上空へと降りていった。
地面に近づくにつれ、窓の外の景色がはっきりしてくる。
針葉樹の森が山の斜面に沿ってどこまでも続き、九月末の梢には、黄褐色がぽつぽつと交じっていた。
谷の中央には、さほど広くない草地がある。その脇には、長いこと放置されていた木造の小屋が見えた。屋根の一角が崩れ、外へ通じる小道も、ほとんど雑草に埋もれている。
ちょうどいい静けさで、少し静かすぎるくらいだった。
フーティアは満足げにうなずいた。
ただ……ガラスの縁に上体を預け、もう一度森の中をのぞき込む。
――今、あそこで何か一瞬光らなかった?
彼女は目を細めた。
風に揺れる枝葉のほかには、何も見えない。
たぶん、露かな……
彼女はすぐに、そのことを忘れてしまった。
「『妨害魔法』正常、『透明化魔法』正常……異常なし。フーティナ、見て! 七時の方向に戦闘機の編隊がいるよ。あっちのレーダーには、私たち映ってないよ!」
「こういうときは惜しみなく私の魔法を褒めたたえて、それからよそ見をせずに自分の仕事に集中しなさい!」
フーティナは「魔法の絨毯」を低空まで降ろし、それから「外見変化の魔法」を解除した。
空間魔法が解けると、広大な内部空間は、誰かに一瞬で抜き取られたかのように消え失せる。
次の瞬間、二人の少女は、文字どおり一枚の絨毯の上であぐらをかいていた。
魔法の絨毯はふらふらと最後の薄霧を抜け、草地の真ん中に降り立った。
「やったー、十三回目の着陸成功! 目的地――スティグマ!」
フーティアは魔法の絨毯から飛び降り、拳を突き出して勝利のポーズを取った。
「さっき少し揺れただけで、戦闘機に撃たれたと思って泣きそうになってたくせに。今度は大はしゃぎ?」
「それとこれとは別! お母さんの日記にも、スティグマの名前があったんだよ。ここの魔法遺跡って、ものすごく古いんだって――わくわくしないわけないでしょ!」
フーティナは魔法の絨毯から降り、指を鳴らした。
草の上に広がっていた絨毯はすぐに端をくるりと巻き上げ、命令のわかる小動物のようにその場で二回転する。そうしてどんどん小さくなり、最後には一粒の淡い光となって、彼女の手のひらに消えた。
フーティナは荷物を背負うと、まだきょろきょろしているフーティアの肩を軽く叩いた。
「行くわよ、フ――」
声が途切れた。
フーティアはまだ、斜面の森を見上げていた。
次の瞬間、手首をぐっとつかまれる。
フーティナが彼女を自分の背後へ引っ張り込んでいた。
「……フーティナ?」
返事はない。
ついさっきまで残っていた眠たげな表情は、フーティナの顔から消えていた。
その場でわずかに身を前に傾け、何もない前方の草地を見据えている。
フーティアも静かになった。
山の切れ間から風が吹き込んでくる。
草の葉が一面、風に押し伏せられ、ゆっくりと起き上がった。
それ以外には、何もない。
いいや、違う……
フーティアはふと、先ほど森の中で一瞬だけきらめいた光を思い出した。
そのとき、前方の空気がかすかに揺らいだ。
何の前触れもなく、空き地の中央に一人の姿が浮かび上がった。
続いて二人目、三人目……
ほんのひと呼吸の間に、それまで何もなかった草地は、軍服姿の人々で埋まっていた。
十数挺の小銃が、ほぼ同時に持ち上がる。
黒々とした銃口が、四方八方から二人に向けられた。
フーティアは思わず、フーティナの背後へ半歩引っ込んだ。
さっきまで頭の中を占めていた興奮は、一瞬できれいさっぱり吹き飛んでいた。
先頭の軍人が、一歩前へ出た。
「我々はスティグマ第一軍団第二支隊だ」
その視線がまずフーティナに、次いでその背後のフーティアへと向けられる。
「『魔女』を名乗るお嬢さん方――」
「二人とも、逮捕する」




