第1話 三日も寝てたの!?
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体がふわふわして、雲みたいに宙に浮いている……
まぶたが重い。ひどく重くて、力いっぱい開こうとしても開かない……
指が……動かない……
耳元で、不規則な音がする。それが自分の呼吸の音だと気づくまで、ずいぶんかかった……
まるで虚空にいるようで、時の流れも、周囲の空間も感じられない。次第に「今」という概念さえ曖昧になっていく。
フーティアの頭の中で、たった一つの思いだけが、はっきりとしていた。
「私……死ぬの?」
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朝の陽射しが枕元の小さな舷窓から斜めに差し込み、布団の上に暖かな金色の光だまりを作っていた。
フーティアは目をこすりながら体を起こす。
部屋はほとんど気づかないほどかすかに揺れていて、窓の外には、静かすぎるほどの白い景色が広がっていた――
眼下には雲海が横たわり、その遠い果てから太陽が顔を出したばかりだった。朝日に照らされた白い雲がいくつか、窓の向こうをゆっくりと後ろへ流れていく。
ドアに掛けられた計器盤には、「高度四千メートル・時速四百キロ」と表示されていた。
フーティアは壁のカレンダーに目をやった。赤いペンで丸がつけられているのは、今日の日付。その日付は……
「九月二十七日――!?」
「起きたそばから騒がないで、フーティア」
ドアの向こうから、少し威厳を帯びた声が聞こえてきた。卵を焼く匂いと、味噌汁の香りも漂ってくる。
思わずよだれが出そうな匂いだったけれど、今は別のことで頭が埋め尽くされていた――
どういうこと?
今日は九月二十四日のはずなのに!
フーティアは目を細めて顔を近づけ、もう一度カレンダーを確かめた。
まさか、「魔法」で記憶を書き換えられた?
間違いない。きっとそうだ。
となると、犯人は……
フーティアは腕を組んだ。
――いちばん怪しいやつは、ドアの向こうにいる!
目を閉じ、慣れた要領で意識の奥へ念話で声を送った。
『フーティナ』
『何?』
『寝てる間に、私の記憶に何か変なことしなかった?』
ドアの向こうが、一瞬静かになった。
「フーティア、変なこと考えてないで。あなたが死んだら私も死ぬのよ。あなたじゃあるまいし、そんな馬鹿な真似
するわけないでしょ。ほら、早く歯を磨いて顔を洗ってきなさい!」
返事は、頭の中ではなく、ドアの向こうから飛んできた。
フーティアはむっとして頬を膨らませ、腕を組んだまま、ちっとも動こうとしなかった。
「失礼ね! わざわざ頭の中で聞いたんだから、せめて同じように返してよ!」
「面倒」
「どこが!」
「口で言えることを、どうしてわざわざ頭の中で言わなきゃいけないの?」
「そのほうが魔女っぽいから!」
数秒たってから、ドアの向こうから短い返事が聞こえてきた。
「あ、そう」
「適当すぎる! それに、契約のこういう使い方を教えてくれたのはそっちなのに、今さら面倒だなんて――え、え、えっ!」
言い終わらないうちに、見えない力がフーティアの後ろ襟をむんずとつかみ、何の前触れもなくドアの外へぐいと引っ張った。
「え――えええっ!」
フーティアはベッドの脇からするすると引きずられ、慌てて床のスリッパに足を伸ばした。
片方はどうにか履けたものの、もう片方はつま先で蹴ってしまい、ころころとベッドの下へ潜り込んだ。靴下だけの片足が、むなしく床を二度こすった。
「待って、スリッパ! せめて履かせて――」
寝室のドアはもう、ばんっと音を立てて開いていた。フーティアはそのまま廊下へ引きずり出された。
寝るときはきちんとパジャマを着る習慣があってよかった。でなければ、フーティナのこのデリカシーのかけらもない引きずり方では、今朝はとんだ惨劇になっていただろう。部屋のドアに内側から三重に鍵をかけ、そのうえ改まって『家庭内行動規範』を書き上げたくなるくらいには。
――第一条はもちろん、勝手に私を部屋から引きずり出さないこと!
「何、その顔」
「どんな顔?」
「どう見ても失礼なことを考えてる顔」
「何も考えてないってば!」
フーティアはそう言い張りながら、寝室のドア枠の脇を勢いよく通り過ぎた。
廊下はさほど長くない。
明るい色の板張りの床がいくつかの部屋のドアの前を通って奥へと続き、壁には、旅先で買った地図や風景画があちらこちらに貼られていた。
窓辺には名前のわからない小さな植物の鉢がいくつか吊るされ、家全体のかすかな浮き沈みに合わせて、小さく揺れている。
フーティアは手を伸ばして壁の角をつかみ、生身で魔法に抵抗しようとした。
半秒は持ちこたえた。
「フーティナ――!」
五本の指が力なく壁を滑り、次の瞬間には、フーティアはまた廊下を引きずられていく。
幸い、洗面所は角を曲がったすぐ先だった。
ドアが開くとすぐ、フーティアは寸分の狂いもなく洗面台の前へ送り届けられた。
洗面台の上には大きさの違う二つのうがい用のコップが並び、それぞれに歯ブラシが立ててあった。壁際の小さな棚には、タオルや櫛、それにフーティアが以前買ってきたものの、いまだに何の役に立つのかよくわかっていないヘアオイルが、雑然と押し込まれている。
ようやく、見えない力から解放される。
「五分」
食堂のほうから、フーティナの声が流れてきた。
「五分過ぎたら、目玉焼きは私がもらうから」
「卑怯!」
フーティアはすかさず歯ブラシをつかんだ。
財産をどうこうすると脅されても効かないかもしれないが、朝食がかかっているとなれば話は別だ。
歯ブラシをくわえ、白い髪を梳かす暇もないまま洗面所を飛び出すと、廊下の突き当たりはすっかり明るくなっていた。
そこは食堂で、ここで最も広い共用スペースの一つでもある。
横一列に並んだ細長い舷窓から、朝の光が木のテーブルに差し込んでいた。テーブルの角がごくかすかに震えているのに、グラスの水には、目を凝らさなければわからないほどの波紋が一つ広がるだけだ。
テーブルには、すでに二人分の朝食が並んでいる。味噌汁からはまだ湯気が立ち、目玉焼きの縁はわずかに反り上がっていた。その脇には、切ったばかりの大根の漬物まで数切れ添えられている。
フーティアは足を止めた。
「……フーティナ」
「何?」
「なんだか急に、今日のあなたはそんなに嫌なやつでもない気がしてきた」
「口の中の泡を吐き出してから言って」
フーティアはえへへと笑い、ようやくお利口さんみたいにおとなしく席についた。
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フーティアはあぐらをかいて木の椅子の上に小さく収まり、片手に茶碗、もう片方の手に箸を持っていた。梳かしたばかりの髪が、早くもまた二房、ぴょんと跳ねていた。
向かいのフーティナが、ちらりと彼女を見た。もう一度見て、結局何も言わず、そっと目をそらした。
……その目、ちょっと失礼じゃない?
「そういえばフーティナ、今日の『魔法の絨毯』、飛ぶのがずいぶん遅いね」
「あなたがまた太ったからじゃない?」
「そんなことないわよっ!」
二人の会話は、フーティナの鋭い一撃と、フーティアの弱々しい反撃で終わることが多い。
そのうちフーティアは、もう何も言わずに黙々とご飯を食べることにした。
「それだけ食欲があるなら、もう大丈夫そうね」
フーティアは顔を上げた。
「どういうこと? 私がどうかしたって――」
言葉がぷつりと途切れた。
箸が指の間から滑り落ち、皿の縁に当たって、澄んだ音を立てた。
ほんの一瞬、自分の手がまだ箸を握っていることを忘れてしまっていた。
しびれたわけでも、力が入らなかったわけでもない。
指はちゃんとそこにあるのに、急に妙な錯覚に襲われた――それが確かに自分の手だとわかるまでに、一拍かかるような。
この感じ……
夢の中でも、あったような?
違和感とともに浮かんできたのは、さっきの疑問だった。
今日は九月二十七日。
じゃあ、二十四日のあとは?
二十五日と二十六日、私は何をしていた?
フーティアは手探りで記憶をたどろうとしたが、その部分が丸ごと抜け落ちているようだった。
自分の中が空っぽになるようなその感覚は、不意に訪れたかと思うと、すぐに引いていく。
フーティアは一瞬呆然として、それからようやく、食卓の向かいでフーティナが相変わらず何食わぬ顔で目玉焼きを食べていることに気づいた。
ただ、空いている左手がわずかに持ち上がり、その手のひらには淡い青色の光が薄く浮かんでいる。
「まだ治りきってないみたいね」
「フーティナ、これって……?」
「本当に覚えてないの?」
フーティアが何もかもきれいさっぱり忘れてしまったような顔をしているのを見て、フーティナはため息をつき、箸を置いた。
「三日前、『グラン島』で患者から大量の活性魔力を吸い取ったでしょう。その晩には高熱を出して意識を失って、今日までずっと眠ってたのよ」
フーティナにそう言われて、フーティアはようやく、そんなことがあったのをおぼろげに思い出す。
「そうだったような……ごめん、フーティナ。さっきは変な疑いをかけちゃって」
フーティナはすぐには答えず、しばらく、フーティアの顔を見ていた。
「……何?」
「別に」
フーティナはうつむき、目玉焼きを一切れつまんだ。
「馬鹿相手に、いちいち腹を立てないだけ」
「せっかく素直に謝ったのに、もうっ!」
フーティナはうつむいて味噌汁をすする。
今度は、その口元がほんの少しだけ緩んだように見えた。
しばらくして、フーティアの手元にある目玉焼きの皿を、もう少し彼女のほうへ押しやった。
「全部食べて」
「さっきから食べてるってば」
「一口も残さないこと」
フーティアはむっとしてフーティナをちらりと見たが、おとなしく言うとおりにした。




