第14話 副隊長、家に帰りなさい
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フーティアは光の玉を手のひらに載せたまま、左右を見回した。
「それでは」
一本ずつ指を折って数える。
「これより――清算のお時間です!」
最初に当たった兵士が、すかさず抗議した。
「なんで急に尋問みたいになるんですか!」
「じゃあ、質問のお時間?」
「もっと怖いです!」
隣の兵士は慣れた手つきで酒瓶を取り、彼の前のグラスへなみなみと注いだ。
「じゃあ、飲むほうにしろよ」
「……やっぱり質問に答えます」
また周囲が笑いに包まれた。フーティアは満足げにうなずく。
「いちばん怖いものは何ですか?」
兵士はしばらく考え込んだ。
「夜中に厨房でつまみ食いしてるのを、アウグストさんに見つかることです」
どっと笑いが弾けた。
ちょうどそのとき、遠くの厨房からアウグストの張りのある声が飛んできた。
「聞こえたぞ!」
兵士の顔色が変わった。
「飲みます!」
フーティアはこらえきれずに吹き出した――もう答えちゃってるのに!
最初の兵士がまだグラスをあおっているうちに、フーティアはエドワードへ向き直った。
「次は、あなたの番です」
酒のグラスへ伸ばしかけたエドワードの手が止まった。
フーティアは目を細めて彼を見る。その笑顔は、どう見ても少し根に持っていそうだった。
「さっき、エドワードさんは私の魔法を『大したことない』って言いましたよね」
「『大したことない』とは言ってない」
「似たようなものです!」
細かいことなどお構いなしに、フーティアは両手を後ろで組み、少し身をかがめた。
「では、改めて答えてください――どうでした?」
エドワードは数秒黙り込んだ。フーティアは期待いっぱいの顔で待っている。
「……さっきよりは、少しましだ」
フーティアはぱっと顔を上げた。
「本当ですか?」
「少しと言ったんだ」
「それでも、よくなったってことですよね」
エドワードはそれ以上言い返さず、グラスを取った。
隣のエミールが、笑って口を挟む。
「こいつが『少しまし』と言うなら、かなりの褒め言葉ですよ」
「黙れ、エミール!」
フーティアは一気に勢いづいた。
「本当ですか?」
「こいつの適当な話は聞くな」
「じゃあ、本当ってことにします!」
「……好きにしろ」
エドワードが言い終わるや否や、隣ではもうエミールの肩を叩く者がいた。
「副隊長への質問は、俺たちにさせてください!」
「そうそう!」
フーティアはすぐに聞き耳を立てた――こういう扱いをされる人には、何か「面白い話」があるに違いない。
人の間から、誰かが声を上げた。
「副隊長、最近、毎晩何を見てるんですか?」
エミールがきょとんとした。
フーティアも目をぱちりとさせた。
そして、ふと思い出す。午後、客室を出たとき、エミールが慌てて胸ポケットにしまった、あの小さなものを。
彼女も気になってきた。
「そういえば!」
さっそく少し身を乗り出した。
「私も午後に見ました」
「フーティアさんにまで気づかれていましたか」
エミールは困ったように笑った。
周りから、たちまち催促の声が上がる。
「出してくださいよ、副隊長!」
「もう現行犯ですからね」
「見せられないものでもないでしょう?」
エミールは目の前の酒を見てから、胸ポケットに手をやった。
「別に、隠すようなことでもないんだが」
取り出したのは、一枚の写真だった。
写真は少し古びていて、何度も手に取られた縁や角は、わずかに柔らかくなっていた。
そこには、男女が一人ずつ並んで立っていた。
エミールは制服姿で、隣の女性は彼と腕を組んでいる。二人とも、カメラに向かって微笑んでいた。
フーティアは写真と本人を見比べた。
こんなふうにも笑うんだ。
「妻です」
写真を見下ろすエミールの表情も、ずいぶん柔らかくなった。
「妊娠して、もう数か月になります」
言い終わるとすぐに、テーブルのあちこちから声が上がった。
「副隊長、この話になると表情が全然違うんだよな!」
「おめでとうございます!」
「子供が生まれたら、酒をおごってくださいよ!」
エミールは苦笑した。
「お前たち、祝ってくれてるのか、それとも酒目当てなのか?」
「両方です!」
堂々とした答えだった。
フーティアもつられて笑った。
うつむいて、もう一度じっくり写真を見る。そして、ふと何かに気づいた。
「あれ? このお姉さん……エドワードさんにちょっと似てませんか?」
「そりゃ似てますよ。こいつの妹ですから」
「妹さん――!?」
フーティアは勢いよく振り向いた。
グラスを手にしていたエドワードが眉をひそめる。
「そんなに驚くことか?」
フーティアは彼を見て、写真を見て、今度はエミールを見た。ようやく何かがつながったようだった。
「だから、二人はいつも一緒にいるんですね!」
エドワードの顔がこわばった。
「その言い方、なんかおかしくないか」
エミールはもう、うつむいて笑っていた。
隣からも、ここぞとばかりにはやし立てる声が上がる。
「穴が開くほど写真を見てるくせに、家が恋しくないなんて言って」
「早く帰ってやってくださいよ!」
「いつまでも軍営に居座ってないで!」
エミールは写真を手元へ引き戻した。
「お前たち、今夜は少ししゃべりすぎじゃないか?」
隣でエドワードがグラスを置いた。
「そいつらをにらむ暇があるなら、俺の妹に一通でも多く手紙を書けよ」
また笑いが起こった。
けれど、フーティアはまだその写真を見ていた。
ふと、この半日、エミールが自分とフーティナを何かと気にかけてくれていたことを思い出す。
少し考えてから、つい尋ねた。
「それで……男の子ですか? 女の子ですか?」
「まだわかりません」
「そうなんですね」
フーティアは首をかしげた。
次の瞬間、また笑顔になる。
「じゃあ、もし女の子だったら――」
フーティアは背筋をぴんと伸ばした。
「きっと、私みたいに可愛い子になりますね!」
エミールはしばらく彼女を見てから、笑ってうなずいた。
「そうなってくれたら、うれしいですね」
フーティアは満足げに座り直した。
こんなに素敵なお祝いの言葉なら、誰だって喜ぶはずだ。
すかさず、隣から声が飛んだ。
「副隊長、最近は若い女の子を見ると、もう父親になったつもりで世話を焼いてるんじゃないですか?」
エミールが勢いよく振り向いた。
「黙れ」
口調こそきつかったが、残念ながら迫力はまるでなかった。
長テーブルは、また笑いに包まれた。
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続いて、ヴェルナーの番になった。
ようやく機会が巡ってきたと思ったのか、周りの兵士たちは急に、さっき以上に張り切りだした。
「ヴェルナー隊長、何がいちばん怖いんですか?」
「ヴェルナー隊長、好きな人はいるんですか?」
「ヴェルナー隊長、酔っ払ったことはありますか?」
次から次へと質問が飛び出す。
ヴェルナーはグラスを手に、腹を立てるでもなく、笑って最後まで聞いていた。
「質問は一つだけだ」
グラスを少し持ち上げ、眉を上げた。
「よく考えてから聞くように」
皆がたちまち、またわいわいと言い合いを始めた。
フーティアはかえって静かになった。
頬杖をついて、しばらく真剣に考えていた。
ようやく、顔を上げた。
「ヴェルナーさん」
「ん?」
「今……いちばん叶えたいことは何ですか?」
さっきまで言い合っていた兵士たちの声が、少しずつやんでいった。
ほかの者たちが考えていた質問とは、明らかに毛色が違っている。
ヴェルナーも少し間を置いた。
グラスの中の酒を見下ろしてから、長テーブルの両側へと視線を上げた。
見慣れた顔の一つひとつに、まだ先ほどまでの楽しげな笑みが残っていた。
フォークを置きそびれている者もいれば、皿に残った最後のパンにこっそり手を伸ばしている者も、顔が赤くなるほど飲んでいるのに何でもないふりをしている者もいた。
ヴェルナーはひと通り見渡すと、笑った。
「こいつらを全員、無事に家へ帰してやることかな」
長テーブルの周りが、数秒だけ静かになる。
すると、一人が真っ先に笑い声を上げた。
「隊長、それならご自分も入れてくださいよ」
「もちろんだ」
「だめですよ、そんな答えじゃ物足りません。もっとほかのことも聞きたいですよ」
ヴェルナーは椅子の背にもたれた。
「残念だが、質問は一つだけだ」
「それはずるいですよ!」
再び笑い声が上がった。
フーティアも思わずつられて笑った。
ふと横を向くと、フーティナが隣で静かに座っていた。
いつの間にか、彼女のグラスの酒がずいぶん減っている。
フーティアは目をぱちりとさせた。
さっきの余興の間、フーティナはたまにグラスの縁に口をつけるくらいだった。
今はようやく周りの騒がしさにも慣れたようで、誰かが面白いことを言うと、うつむいて一口飲んだりもしている。
そばを通りかかった兵士が、ついでに少し注ぎ足していった。
フーティナはグラスを一度見たが、断らなかった。
それどころか、グラスを持ち上げて、またほんの一口飲んだ。
フーティアはすぐに身を寄せた。
『楽しい?』
『普通』
フーティナがグラスを置いた拍子に、底が皿の縁に当たる。
一度手元を見下ろして、グラスを置き直した。
フーティアはもう少し顔を近づけた。
『さっき、すごく楽しそうに歌ってたよ』
『……次は誰?』
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そのあと、もう一度歌が始まり、また何人かの不運な幸運児が、次々と「清算」を受けることになった。
今まで何人の女の子を好きになったか、頑として答えようとせず、上を向いてグラスの酒を飲み干す者。
射撃がいちばん得意だと言った途端、先月の射撃訓練では下から数えたほうが早かったくせにと、隣からばらされる者。
途中まで飲んでから、明日の朝早くに訓練があることを思い出し、途端にグラスを抱えて後悔し始める者。
そんな騒がしい笑い声の中で、宴は少しずつ進んでいった。
長テーブルの周りがようやく少し静かになったころには、皿の料理は大半がなくなり、テーブルの上の酒瓶も何本か空になっていた。
ヴェルナーは自分のグラスを取った。中にはまだ、かなりの酒が残っている。
上を向いて一息に飲み干し、それからグラスをテーブルに戻した。
「家に帰るといえば――エミール」
エミールは隣の兵士と話していた。
名前を呼ばれると、すぐに顔を上げた。
「はい」
ヴェルナーは彼を見た。口調はそれまでと変わらなかった。
「ひとまず、副隊長の仕事は数日ほどほかの者に任せなさい」
エミールは呆気に取られた。
長テーブルの周りも、次第に静かになっていく。
「……なぜですか?」
思わず、少し背筋を伸ばした。
けれどヴェルナーは、ただ微笑んだ。
「今回の任務は、それほど大規模なものじゃない――この機会に、家へ帰って奥さんの世話をしてやりなさい」
何でもない用事を割り振るような、気軽な言い方だった。
「副隊長の仕事は、一時的にほかの者に任せる。家に帰って、何日かそばにいてやるといい」
エミールはがばっと立ち上がった。椅子がぎいっと音を立てた。
「ですが――」
「エミール」
ヴェルナーは彼を見た。声を厳しくすることはなかった。
「子供はまだ生まれてもいないのに、もう仕事のことばかりか?」
ヴェルナーは彼の胸ポケットに目をやった。
「いくら写真を眺めても、君自身がそばにいる代わりにはならないよ」
エミールは口を閉じる。隣では誰かが笑いながらテーブルを軽く叩いた。
「聞きましたか、副隊長」
「隊長にまで帰れって言われてますよ」
「帰らないと、奥さんの代わりに俺たちが叱りますからね」
エミールは彼らには構わず、ヴェルナーを見つめ続けていた。
「……本当に、大丈夫ですか?」
「問題があれば、私が何とかする。奥さんによろしく伝えてくれ」
エミールは数秒黙り、やがてゆっくりと息を吐いた。
「……はい」
腰を下ろそうとしたところで、隣のエドワードが手を伸ばし、彼をぐいと引いた。
「命令には従えよ、まったく」
エミールは引かれるまま、再び腰を下ろした。
「お前はずいぶん乗り気だな」
「少なくとも、妹は喜ぶ」
周囲からすぐにまた笑い声が上がる。
エミールは困ったように首を横に振った。
ヴェルナーも空になったグラスを再び手に取り、中を見て初めて、もう何も残っていないことに気づいた。




