第11話 魔女はほうきに乗りません!
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「乾杯――!」
四方八方から響く声に、フーティアの耳がじんとした。手にしたグラスも、つられて少し高く上がる。
周りの人たちが次々と手を下ろしてから、自分だけまだジュースがなみなみと入ったグラスを掲げていることに気づいた。
『フーティナ、みんなちょっと熱が入りすぎじゃない?』
『そうね』
フーティナはグラスをテーブルに置き、彼女のほうを振り向いた。
『え? 言い返さないの?』
『……私を何だと思ってるの』
フーティアは慌ててうつむいて一口飲んだ。まるで、答える必要なんてない、というふりをして。。
グラスをテーブルへ戻すころには、遠くでパンを回してくれと声が上がっていた。
けれど、フーティアの周りは静かになっている。
斜め向かいの兵士が、ちらりと彼女を見た。
フーティアが視線を向けた途端、相手はうつむいて肉を切り始める。ナイフの先が、同じところを二度ほど往復する。
フーティアは不思議そうに首をかしげた。
少し離れた席のエミールがそれを見て、思わず笑った。
「聞きたいことがあるなら聞けばいい。ただし、一人ずつだぞ。お客さんがびっくりして逃げ出さないようにな」
「副隊長だって、気になってるくせに」
「少なくとも、聞いていいことくらいはわきまえてるよ」
長テーブルのもう一方の端から、何人かの笑い声が上がる。
さらに少し離れたところでは、ヴェルナーがグラスを手に、兵士たちに交じって座っていた。
こちらの騒ぎを聞いても、笑って首を縦に振るだけで、好きにさせている。
エドワードは、その正反対だった。
エミールの反対側に座り、さっきからずっとうつむいて、自分の料理を食べている。
ただ、フーティアが時折そちらを見ると……
――おかしいな。今、こっちを見てた気がしたんだけど。
ほどなく、斜め向かいの若い兵士が、こらえきれずに口を開いた。
「あの……フーティアさん」
「はい?」
「本当に空を飛べるんですか?」
尋ねた本人が、照れくさそうに鼻に手をやった。フーティアはきょとんとした。
「飛べますよ」
周りの何人かが、あからさまに聞き耳を立てる。
「魔法を使えば、けっこう簡単です」
「ほうきに乗るんじゃなくて?」
持ち上げたばかりのフォークが、宙で止まった。
また、ほうき。
お話を書く人たちは、魔女にまともな椅子くらい用意してくれないのかな?
「どうしてみんな、魔女はほうきに乗るって思ってるの!」
長テーブルに笑い声が広がった。
一人が口を開くと、ほかの者たちもだんだん遠慮がなくなってきた。
「魔女は何百年も生きるって聞いたんですけど、本当ですか?」
「それは私にもわからないんですよね」
「フーティアさんは何年生きてるんですか?」
「それ、年齢を聞くより失礼でしょ!」
フーティアはフォークをテーブルに置き、縁に両手をついて勢いよく立ち上がる。
エミールはすでに手を伸ばし、その兵士の前にあるグラスをこつんと叩いていた。
「その質問はそこまでだ」
「副隊長、露骨にひいきしすぎじゃないですか」
「お前の命を守ってやってるんだよ」
質問した兵士の隣にいた兵士が、すかさずその頭をぐいと押し下げ、フーティアに愛想笑いを向けた。
「おい、お前のせいで俺たちまで質問できなくなったらどうするんだ!」
声を抑えようとしているのはわかったが、一言一句、フーティアの耳にはっきり届いていた。
……全部聞こえてるんだけど。
でも、寛大な魔女はこのくらいのことで目くじらを立てないのだ。
フーティアは座り直して背筋を伸ばし、さっき少し強く置いてしまったグラスを、そっと元の位置に戻した。
『やっぱりエミールさんはいい人だね』
『あなたを子供だと思って、面倒を見てくれてるだけよ』
『違うもん!』
フーティアはフーティナのほうへ少し身を寄せた。
『フーティナもだよ。私より何百歳か年上だからって、いつも子供扱いしないで』
フーティナは皿の肉を、小さく一切れ切り分ける。
『だったら、年齢を聞かれたくらいで飛び上がらないことね』
『だって失礼なんだもん!』
フォークを口元へ運ぶ。
フーティナはもう、言い争いを続けるつもりはないようだ。
フーティアも自分のフォークを取り、うつむいて肉を一切れ突き刺した。
まったく。
自分だって、十五歳の顔をしてるくせに。
ほどなくして、長テーブルの向こうでまた誰かが手を挙げた。
「お二人は、どうしてそんなにそっくりなんですか?」
フーティアは思わず隣を見た。
「それは……」
フーティナは静かに皿の料理を切り分けていて、会話に加わる気はまったくなさそうだった。
『フーティナ、助けて』
『どうして?』
『この質問、説明が難しいんだもん!』
『なら、説明が難しいって言えばいいでしょう』
「それは説明が難しいです!」
フーティアは堂々と、その答えを丸ごと借りた。
向かいの兵士はきょとんとする。
「ああ……」
向かいの兵士は少し戸惑ったあと、うなずいた。
「そうなんですね」
……本当に納得してくれた。
それからも、質問はどんどん増えていった。
「魔女なら、誰でも魔法が使えるんですか?」
「もちろん!」
「み、見せてもらえませんか?」
その声には、はっきりと興奮がにじんでいる。
周りの兵士たちも、口々にはやし立てた。
少し離れた席のヴェルナーが、いつもどおりの笑みを浮かべて口を開いた。
「お客さんに無理を言うんじゃない」
「大丈夫です、私たち――」
「もちろん、構いませんよ」
ヴェルナーがきょとんとした。フーティアもきょとんとした。
今のは、私の声じゃない……
長テーブルが一瞬静まり返り、すぐに何人かが同時に歓声を上げた。離れたところで騒ぎに加わっていなかった兵士たちまで、次々とこちらを向く。
フーティアは隣を向いた。
フーティナはすでに肉を小さく一切れ切り分け、フォークを動かす手すら止めていなかった。
『ちょっとちょっと、フーティナが見せるんだよね?』
『もちろん、あなたよ』
『じゃあ、どうして勝手に返事するの!』
『頑張ってね、フーティアさん』
『性格悪すぎない!?』
フーティナはグラスを持ち上げた。その口元が、かすかに動いた気がした。
フーティアは頬を膨らませた。
フーティアはぐるりと周りを見渡した。
グラスをどける者、横へずれる者。もう彼女のために場所を空け始めていた。
……こんなに大勢が待ってるんだ。
さっきまでは少し気恥ずかしかったのに、今はもう口元が勝手に緩んでいた。
『……そんなに怖くないかも』
『そうね』
『それに、こんなに大勢が私を見てる』
『……』
『やっぱり、私って人気者なんだね?』
『最後はそこに行き着くと思ったわ』
フーティアは肩の前に落ちた白い髪を背中へ払い、うつむいてスカートの裾のしわを伸ばした。
みんながこんなに期待しているのなら、いい加減な気持ちで出ていくわけにはいかない。
ほとんど膨らみのない胸を張ると、手首の赤い紐がかすかに揺れた。
『そういうことなら……』
『何?』
『私も、みんなの期待に応えなくちゃ!』
皆の視線を浴びながら、フーティアは立ち上がった。




