第10話 第二支隊へようこそ
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二人がクッキーを食べ終えると、アウグストはまた厨房へ戻り、仕事に取りかかった。
「夕食までは、まだ少しかかりますね」
エミールは空の様子を見た。
「先にお二人を部屋へご案内しましょう」
二人は彼について営内を半分ほど横切り、営地を囲む塀に近い小さな建物の前で足を止めた。
訓練場のあたりと比べると、ここはずっと静かだ。
周囲には木がまばらに植えられているだけで、遠くの話し声や鍋と食器の触れ合う音も、ここまで届くころには、ぼんやりとしたざわめきになっていた。
「ここが軍営の客室です」
エミールはポケットから鍵を取り出した。
「普段は、短期滞在のお客様に使っていただいています。訓練場から少し離れているので、比較的静かですよ。ただ、朝のラッパはここにも聞こえます」
彼はフーティアに鍵を渡した。
「私は外で待っていますので、ごゆっくり荷物を片づけてください」
「ありがとうございます!」
フーティアは鍵を受け取り、鍵穴に差し込んで半回転させた。
扉が少し開くと、まずは頭だけを差し入れて中をのぞく。
「ベッドが二つあるよ」
ほとんど間を置かずに扉を押し開け、中へ入った。
部屋は広くなかった。両側の壁に沿ってシングルベッドが一台ずつ置かれ、その間には低いテーブルがある。
窓は営外に面していた。カーテンも寝具も取り替えたばかりらしく、日なたで干したあとの清潔な匂いがほのかに残っている。
隅には小さな洋服箪笥があり、その隣に洗面器と水差しが置かれていた。
特に飾り気はないけれど、少なくとも、想像していたような堅苦しい軍営の部屋とはまるで違った。
「ベッド!」
歓声を上げると、靴を蹴り脱ぎ、布団の上に飛び込んだ。
マットレスは思っていたより柔らかかった。
体が沈んだあと、ふわりと跳ね返る。不意を突かれたフーティアの体も、つられて二度ほど揺れた。
「うぅ……」
頭が少しくらくらした。それでも、掛け布団にうつ伏せになったまま、にへらと笑う。
「ふかふか」
フーティナは入口に立って彼女を見ていた。
「見ればわかるわ」
「魔法の絨毯のベッドより柔らかいよ」
フーティアは枕を抱えて寝返りを打った。その拍子に、体がまたマットレスの上でぽんと跳ねる。
「えへへ……」
フーティナは数秒、黙って彼女を見つめた。
「あなた、いったい何歳なの?」
「十五歳」
「本気で聞いてるんじゃないわ」
二人は十数分ほどかけて、簡単に荷物を片づけた。
フーティナがドアの鍵と窓を確認する一方、フーティアは着替えを抱えて洋服箪笥を開けた。
いちばんよく着る服を下に押し込み、扉を閉めてから、はたと気づいてまた引っ張り出す。
……危ない危ない。明日の朝、また探し直すのは嫌だもんね。
フーティナが振り返ったときには、フーティアはもう二人分の小物をそれぞれ分けて置き、ついでにベッドの脇でばらばらになっていた靴もそろえていた。
ようやく二人が再びドアを開けて外へ出たころには、空はさっきより一段暗くなっていた。
「エミールさーん」
エミールは壁にもたれ、うつむいて何かを見ていた。
扉の開く音に顔を上げると、すぐに手を握り、その中のものを胸ポケットへしまった。
「お二人とも、片づけは済みましたか?」
フーティアの視線が、そのポケットに留まった。
「はい。今、何を見てたんですか?」
「いえ、何でもありません」
エミールは軽く咳払いをして、背筋を伸ばした。
フーティアはまだ彼のポケットを見つめていた。
『怪しい』
『人のことをむやみに詮索しないの』
『詮索するなんて言ってないよ』
『顔に書いてあるわ』
フーティアは仕方なく、名残惜しそうに視線を戻した。
「では、行きましょうか」
エミールは微笑んだ。
「ヴェルナー隊長も、そろそろいらっしゃるころです。これ以上遅くなると、アウグストさんが直々に捕まえに来かねません」
「それは大変」
フーティアはすぐに歩き出した。
三人は再び訓練場へ向かう。
いくらも歩かないうちに、エミールがふと足を止めた。
「そうだ」
フーティアも立ち止まり、首をかしげて彼を見た。
「どうしたんですか?」
エミールは二人を見た。
「さっきから、言いそびれていたことがありまして」
彼が微笑む。
フーティアは目をぱちりとさせた。
「フーティアさん、フーティナさん。第二支隊へようこそ」
彼は少し体を横に向け、前方ですでに明かりのともっている訓練場を指した。
「今夜は難しいことは抜きにして、たっぷり食べてください」
フーティアは一瞬きょとんとしたあと、笑顔になった。
隣のフーティナの首に、勢いよく腕を回す。
「もちろん。フーティナも、ね?」
体重をかけられ、フーティナの体が少し傾いた。
「……まず離れて」
「じゃあ、いいってことね」
「いつ私が――」
フーティアはもう前へ一歩踏み出していた。
押しのけられる覚悟はしていたのに、腕の下の相手はその腕を少し下へずらしただけで、一緒に歩き出した。
後ろに立っていたエミールは二人の背中を見て、思わず小さく笑った。




