02
「…マルティナ教官。」
あの日より数日、俺は追試前の補習をしているマルティナの元へ出向く。
「アル、思ったより元気そうで。」
「…3食、ウーゴが部屋の前に置いて行くので。」
「過保護な事で。」
マルティナは笑顔を見せる。
マルティナは元冒険者、槍士で、妊娠出産を経て第一線を離れ、現在は育児の合間で教官として、俺等の指導をしてくれている。
粗暴で発言も辛辣であり、その訓練内容と併せて『鬼教官』と言われているが、実際は教え子1人1人に気を掛けており、亡くした教え子の墓参りに今でも足繁く行ってくれている事も有名な話。俺も含めて皆、マルティナを慕って、尊敬している。
マルティナは視線を補習組へ戻す。
追試の時点で見切りを付けて退校した者も少なく無く、補習を受けて追試へ臨むのは数名、その内の3名はウーゴのチームの面々である。内2人はマルティナの科している持久走に耐え切れず、歩くのと同等の速度で走っている。
「ウーゴのチームに入るのか?奴はこの数日、私にお前の話ばかりしているぞ。」
「…入っても、役には立てませんよ。」
「ウーゴは、そうも思ってないようだぞ。」
「…え?」
「実際見せてやるか…エリシア!」
マルティナは先頭を走るエリシアを呼止める。エリシアもウーゴのチームのメンバーである。
「エリシア、装備を整えた後でウーゴを連れて訓練場へ来てくれ。アル、お前も行くぞ。」
マルティナは他の者の持久走を見届けた後で俺を訓練場へと連れ出す。
「…何です?」
「取り敢えず着ておけ。」
訓練場でマルティナは俺に甲冑一式を渡して来る。兜、胴に留まらず垂、喉輪、籠手、脛当と完全装備である。鉄製の甲冑一式を着ると体は重く中は灼熱で視野も狭く不快感を覚える。
「何なのです?」
「殴られるだろ?」
マルティナは胴の背を叩く。
「おぉ、ウーゴ。」
「マルティナ教官、それにアル、珍しい格好で。」
「エリシア、このままお前の追試をする。」
マルティナはエリシアに宣告する。エリシアは顔を青くしてマルティナへ頷く。
「アル、この数日の宿舎代として、お前にも一役買って貰うぞ。ほれ、仕上げ。」
マルティナは大盾を俺に渡す。マルティナは簡単に渡して来たが相当な重量である。俺は甲冑の中で大汗を流して訓練場の中まで大盾を引摺って歩く。
この訓練場には見覚えがある。
中に何が待っているかも知っている。
童程の身長、潰れ鼻、尖耳、麴塵色の肌…俺は足枷をしているゴブリンと対峙する。
今思えば、射士として合格したあの試験でも、ゴブリンは足枷を外した瞬間一目散に俺を狙って距離を詰めて来た。あの時は、後衛の利である距離を潰しに来たゴブリンなりの本能と戦術かと思ったが、あの時既で『囮』は発動していたのである。
「始めるぞ、エリシア構え。」
エリシアも中に入り、調香ビンを構える。
エリシアは後衛の中でも稀なジョブである調香師を専攻している。
マルティナがゴブリンの足枷を外す。
ゴブリンは勿論、エリシアを無視して俺へ突進して来る。俺は甲冑に大盾では逃げる事も出来ず、取り敢えず大盾でガードする。
「エリシア!早く攻撃を!」
鼻を刺すゴブリンの腐臭で嘔吐しそうになる。
大盾越しに殴られても腕に響く。
俺はエリシアに怒鳴る。
「エリシア…エリシア!」
何度も声を掛けると漸く1投目、ゴブリンの背中へ火炎ビンが命中し、ゴブリンが阿鼻叫喚する。俺は大盾で申し訳程度にゴブリンを押し返す。
続けて2投目、火炎ビンはゴブリンの頭部に直撃してゴブリンは火に包まれる。断末魔はすぐ聞こえなくなり静寂、エリシアは座り込んでおり、俺は限界を迎えて大盾を捨てて兜を外した。
「今回は怖くても最後は投げられた。お前の役目は前衛を守り、チームを助ける大事な役目だ。忘れるなよ。エリシア、追試合格とする。」
マルティナがエリシアへ告げる。
「お疲れ様。」
「…何だよ、これは。」
俺は汗を拭って息を整える。
「ゴブリンはエリシアを無視した。」
「…それがこの『糞ギフテッド』だぞ?」
ウーゴは俺では無く甲冑と大盾を見て数度頷く。
「アル、また今度。」
そしてそれ以外は何も言わず、チームメイトのエリシアの元へ行く。俺は兜と胴を投げ捨て、その場に倒れて天を見上げて息を整えた。




