愛には代価がいる
「それで、その後は?」
夜刀姫は酒壺を揺らし、本当に物語の続きを待つような顔をしていた。
蓮は俯いた。目の光が暗い。
その後の話は、少しも美しくない。口にするたび、傷口をもう一度裂くようだった。
「話しなさい」
夜刀姫は淡々と言った。
「そうすれば、私が助けられるかもしれない」
「話さなければ、どんな神仙が来ても救えないわ」
その口調はあまりにも確信に満ちていた。まるで本当にその力を持っているようだった。
蓮は彼女を見上げた。そしてようやく勇気を振り絞る。
「僕が悪かったんです」
「ずっと、壊れるようなことばかりしていました」
「清司に、自分は余計な存在だと思わせました」
「彼は、自分のせいで僕が苦しんでいると思った」
「でも違います」
蓮の声は掠れた。
「僕は彼をあんなに愛しているのに」
「本気で離れられるわけがない」
夜刀姫は考え込むように頷いた。そういうことか。清司の気持ちも分からなくはない。妖の本性は極端だ。愛すれば独占したくなり、痛みを受ければ破滅へ向かいやすい。
ただ、蓮も確かに情が深い。妖一人のために、迷失の危険を冒して冥府まで来た。その度胸は認めざるを得なかった。
「私にどうしてほしいの?」
夜刀姫は笑って尋ねた。
「冥王とは少し縁があるわ」
「あなたと清司を、二人まとめて冥府の上座役にしてくれるよう頼んであげましょうか」
蓮はすぐ首を振った。
「だめです」
声ははっきりしていた。
「清司は戻らなければいけません」
「朔が待っています」
「妖界にも彼が必要です」
夜刀姫は首を傾げる。
「それで、戻っても身体がなかったら?」
蓮は少し黙り、それから低く言った。
「彼がどんな姿でも、僕は愛します」
「魂だけでも、僕はそばにいます」
夜刀姫は長く彼を見つめた。やがて笑った。
「あなた、私が思っていた以上に馬鹿ね」
「でも、悪くない」
「彼の金身を作り直してあげることはできる」
蓮は勢いよく顔を上げた。
「本当ですか」
「もちろん」
夜刀姫は立ち上がった。
「ただし、代価は必要よ」
蓮は迷わなかった。
「払います」
「何か聞かなくていいの?」
「清司を救えるなら」
蓮はまっすぐ夜刀姫を見た。
「何でも払います」
夜刀姫の面の奥で、複雑な感情が一瞬だけ揺れた。彼女は蓮を竹筏に乗せる。
鬼窟の水は墨のように黒く、底から亡者の顔が時々浮かび上がっては、夜刀姫に無造作に押し戻された。竹筏は奥へと流れていく。
夜刀姫がふと口を開いた。
「私にも、昔とても愛した人がいたわ」
蓮は彼女を見る。
「その人はどうなりましたか」
「私を裏切った」
夜刀姫の声は軽かった。
「だから私は、情の深い者が嫌い」
「愚かな者も嫌い」
彼女は少し間を置いた。
「でも、あなたは違う」
「あなたは愚かだけれど、その愚かさは私の気に入る」
蓮は礼を言うべきか迷った。そんな顔を見て、夜刀姫は笑った。
竹筏はやがて一面の光の前で止まった。そこは鬼窟とはまるで違う場所だった。草花、流れる水、淡い光、温泉。空気にはわずかな生気まである。
蓮は初めての感覚に目を見開いた。
「ここは……」
「あなたが見つけたんですか」
夜刀姫はそばの草花を撫でた。どうしてここを見つけたのか、今でははっきり覚えていない。目覚めた時にはここにいた。その後、彼女は――
彼女は首を振った。もう昔のことを思い出したくなかった。記憶は今の自分とあまり関係がない。
「佐伯蓮」
夜刀姫は彼を見る。
「人を救いたいのでしょう」
「ここには肉霊芝がある。彼の身体を作り直せるものよ」
「ただし、少し代価を払ってもらう」
「たとえば、あなたの目」
「あなたの手足」
「それでもいい?」
蓮は頷いた。
「いいです」
「目や手足を失うだけでしょう」
「命を取られるわけではありません」
夜刀姫は笑った。
「もし、助けた相手があなたを忘れてしまったら?」
蓮は固まった。
忘れる。
それも、いいことなのかもしれない。清司が自分を忘れれば、もう蓮に苦しめられることはない。隠り世を治め、長く楽しく生きていけるかもしれない。
それなら価値がある。
夜刀姫は蓮の表情を見て、静かに首を振った。これほど執着深く、これほど一途な人間を、彼女は見たことがなかった。
「価値があるの?」
蓮は幸福そうに笑った。
「あります」
夜刀姫は彼の手を取り、別の荒れ地へ連れていった。先ほどとはまったく違う。草一本生えず、世界から捨てられたような荒涼とした場所だった。
「中へ入ったら、もう後戻りはできない」
夜刀姫は言った。
「佐伯蓮」
「自分で選んだことの代価は、自分で負いなさい」




