冥府へ落ちる井戸
蓮は飛鳥にぴったりついていった。底のない冥府に落ちてしまいそうで怖かった。もし自分一人が迷うだけなら、それでもよかった。けれど清司をまだ見つけていない。
清司は彼のすべてだった。
清司がいなければ、自分もいない。
井戸の中では、ときおり鬼の顔が浮かび上がった。蓮は驚いて飛鳥の胸元へ身を寄せる。飛鳥は彼を抱きとめ、低く慰めた。
「怖がらないで」
「実際は大したことじゃない」
「蓮、君はただ僕を心から信じればいい」
蓮は頷いた。けれど井戸の中のものたちは、彼を下へ引きずり込もうとする。蓮は目を閉じ、見ないようにした。
飛鳥は黒い妖力を展開し、蓮を包み込む。蓮はこれほど強く危険を感じたことがなかった。
「飛鳥」
彼は急に口を開いた。
「もし冥府で、僕が本当に自分を見失ったら」
「清司を見つけてください」
「彼を帰してください」
「そして、僕のことを忘れさせてください」
蓮は期待を込めて飛鳥を見た。飛鳥が頷いてくれることを願った。
だが飛鳥は首を横に振った。
「それは君が自分でやることだ」
「だから蓮、ここで自分を諦めてはいけない」
「でも、僕はあなたの足手まといです」
蓮は手を離そうとした。
「僕はあなたを信じています――」
飛鳥はさらに強く手を握った。
「佐伯蓮」
その声はほとんど怒鳴り声だった。
「警告する」
「ここで迷ったら、僕は絶対に君を許さない」
「二度と君のために何もしない」
「聞こえた?」
だが井戸の悪鬼はすでに蓮に狙いを定めていた。彼らにとって、蓮のような生きた魂は何より甘い餌だった。誰もが一口でも食らいつこうとする。
蓮はただの人間だ。凶暴な亡者を相手に、抵抗する力などない。
飛鳥は全力で蓮を守った。腕は無間の鬼影に裂かれ、大きな傷が開く。血は流れない。けれどその部分は透けかけていた。
「飛鳥、これではだめです」
蓮は彼の腕を見て目を赤くした。
「あなたが僕に巻き込まれます」
「自分だけでも守ってください」
「飛鳥、あなたはいい人です。僕はあなたを信じています――」
指が少しずつ緩む。飛鳥は必死に掴もうとしたが、どうしても掴みきれなかった。
「だめだ――」
蓮が悪鬼に少しずつ引きずられていくのを見て、飛鳥の瞳が一気に開いた。彼は身を投げ出し、ようやく蓮の片手を掴む。だがどれほど力を込めても、引き上げられない。
「蓮!」
「どうして僕をこんなに苦しめるんだ」
飛鳥の瞳が赤く変わった。彼が手を振るだけで、半分ほどの悪鬼が妖力に裂かれた。けれど消えたそばから、新しい悪鬼が湧き上がる。殺しても殺しても尽きない。
飛鳥は悔しかった。愛する者が目の前で消えていくのを見ることほど、残酷なことはない。こんな結末になると知っていたなら、蓮をここへ連れてきたりしなかった。
自分が間違っていた。
本当に間違っていた。
最後に、蓮の手も無数の鬼に呑まれた。
飛鳥が冥府宮殿の前へ辿り着いた時、彼は魂が抜けたようになっていた。冥府は古代の宮殿のようだった。金碧に輝き、眩しいほど豪奢で、それがかえって皮肉だった。
行き交う冥府兵は多かった。彼らは飛鳥を罰を受けた小鬼程度にしか見ず、特に注意を払わなかった。
その時、飛鳥は人混みの中に見慣れた影を見つけた。
白銀清司。
彼は冥府の上座役の衣をまとい、殿前に立って、往来する鬼兵を見張っていた。
飛鳥は苦い笑みを浮かべた。
「狐」
「まさか、こんなところにいるとはね」
清司も飛鳥を見て、意外そうな顔をした。
「大鵬?」
「ここは冥府だ」
「なぜ来た」
飛鳥は顔を上げて笑った。その笑いはひどく寂しかった。
なぜここにいるのか。
目の前の男がここにいるからだ。蓮が悲しむのを見たくなかったからだ。そうでなければ、どうしてこんな場所まで来る必要がある。
「蓮……」
飛鳥の声は震えた。
「彼は冥府で迷った」
「何だと?」
清司の目が見開かれた。
蓮。
蓮は自分を嫌っていたのではなかったのか。なぜ自分を探しに来た。
「なぜだ」
飛鳥の目に涙が浮かぶ。
「どうして彼の心にいるのはお前なんだ」
「お前は魂核を砕いた。なのに苦しむのは彼だ」
「狐、お前はあまりにも自分勝手だ」
清司は数歩後退した。冥府で迷うということは、永遠に戻れないかもしれないということだ。
「来い」
清司の声は冷え切っていた。冥府兵が一斉に跪く。
「人間を一人探せ」
「冥府へ入っている」
「全員で探せ。必ず見つけろ」
冥府兵は一瞬で消えた。
飛鳥は地面に座り込んだ。最も大切なものを失った子供のようだった。
清司は彼の襟を掴み上げた。
「なぜあいつを連れてきた」
その目には怒りが満ちていた。今にも飛鳥を引き裂きそうだった。
飛鳥は清司を突き飛ばした。
「なぜだって?」
「お前が一番分かっているだろう」
「お前は何でも彼に背負わせる」
「彼はただの人間だ。ただの人間なんだ!」
「僕は彼を愛している」
「彼が悲しむのを見たくなかった。沈んでいくのを見たくなかった」
「僕なら守れると思った」
「でも――」
清司の声が張り詰めた。
「でも何だ」
飛鳥は涙が出るほど笑った。
「彼は僕を信じると言った」
「お前を見つけてほしいと言った」
「お前を連れて帰ってほしいと言った」
「蓮……」
清司は冥府の暗い空を仰ぎ、ゆっくり目を閉じた。蓮と過ごした日々が脳裏を満たす。
自分がいなければ、蓮は少し楽になると思っていた。蓮はこれ以上苦しまなくて済むと思っていた。
だが蓮は、少しも楽になっていなかった。
自分が残した問題まで背負っていた。
「俺が間違っていた」
清司の声が沈んだ。
「必ず蓮を見つける」
飛鳥は目を閉じた。
「見つけると言えば見つかると思っているのか」
「万鬼に呑まれた」
「まだいるはずがない」
清司は背を向けた。結果を見るまでは、蓮は生きていると信じる。きっとどこかで自分を待っている。
蓮はそういう、心の優しい小さな馬鹿だ。冷たい顔でその弱さを隠しているだけで、本当は争いも騒ぎも好まない。彼が望んでいたのは、ただ穏やかな暮らしだった。
画面の中の蓮はいつも前向きに見えた。だが清司だけは知っている。それが蓮のすべてではない。
最初に蓮と出会った時、彼は人を助けて顔を傷つけ、その顔のせいで深く沈んでいた。清司と契約したあとの日々は、確かに楽しかった。
朔を見つけて一度蓮のそばを離れ、戻ったあともずっと隠れていた。蓮が本当はずっと待っていたことを、清司は知らなかった。
二度目の離別が、ここまで事を壊すとも思っていなかった。
すべて、自分のせいだった。




