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この妖狐、距離が近すぎる――契約俳優は逃げられない  作者: 熾星


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孟婆の山荘

 黄泉には黄泉兵が多い。黄泉を抜けるには、まず孟婆山荘へ寄らなければならなかった。


 孟婆は決して慈悲深い存在ではない。多くは女性の姿を取るが、本当の容貌は誰も知らない。彼女たちは夢魘の起点であり、忘却と迷失を司る。すべての亡魂が畏れるべき存在だった。


 飛鳥は蓮を連れて孟婆山荘へ着いた。外から見れば、古びた小さな屋敷にすぎない。けれど一歩中へ入ると、行き交う者はすべて鬼魂だった。


 蓮は自分の胆が小さいとは思っていなかったが、この時ばかりは身体を強張らせた。勇気を振り絞り、飛鳥の後ろをついていく。飛鳥は何度も振り返り、蓮がここで迷わないよう確かめた。


 迷えば、二度と戻れない。


 孟婆はひどく美しかった。復古調の白い長衣を引きずり、髪は古風に結い上げられ、かんざしが二、三本挿してある。飛鳥を見た瞬間、その目に殺気が走った。


「どうしてあなたが来たの」


 孟婆は振り返り、明らかに飛鳥を歓迎していなかった。


 飛鳥はその態度に怒るどころか、狡そうな笑みを浮かべた。


「孟婆姉さん、お久しぶりです」


「今回はただ、道を借りに来ただけです」


「冥府へ行きたい」


「冥府?」


 孟婆は苛立たしげに顔を向けた。


「行きたいと言って行ける場所だと思っているの?」


 彼女の視線が飛鳥の背後にいる蓮へ移る。そこで彼女は急に笑った。


「しかも生魂を連れている」


「私に食べられるとは思わないの?」


 蓮の背筋が冷えた。飛鳥は落ち着いて笑う。


「孟婆は本来、悪鬼しか食べられない。生魂は食べられません」


「姉さん、そういう冗談はやめてください」


 態度はあくまで誠実だった。孟婆は目を細め、蓮を上から下まで眺めた。これほど美しい男は、長く生きていてもあまり見たことがない。


 蓮は彼女をまともに見られなかった。本当に食べられそうで怖かったからだ。


「飛鳥……」


 蓮が飛鳥の袖をそっと引くと、飛鳥は肩を軽く叩いて、怖がらなくていいと示した。彼がいる以上、孟婆は蓮を傷つけない。何より冥府には規則があり、孟婆は生魂を喰えない。


「へえ」


 孟婆は艶やかに笑った。


「飛鳥、あなたは自分の巣より私の山荘の決まりに詳しいのね」


「よほどここを気にしてくれているのかしら」


 飛鳥は笑って答えなかった。


 孟婆は蓮と飛鳥を交互に見た。


「話しなさい」


「冥府へ行って何をするの」


「ある者を探しに行きます」


「誰?」


 鷹宮飛鳥がわざわざ生魂を連れて冥府に入ろうとする相手とは誰なのか。孟婆は本気で興味を示した。


「白銀清司です」


 飛鳥は隠さなかった。


「姉さんも聞いたことはあるはずです」


「彼は魂核を自ら砕き、隠り世に大きな問題を残しました」


「探しに行かなければならない」


「清司?」


 孟婆は記憶をたどった。隠り世には確かにそういう妖がいた。だがあれほど強い妖が、なぜ自ら魂核を砕いたのだろう。


「その件は、私では助けられないかもしれない」


 孟婆はゆっくり言った。


「清司は強い妖よ」


「本当に自滅したのなら、冥王が簡単に手放すとは限らない」


「もしかすると、今はもう黄泉御前の上座役になっているかもしれない」


「忠告しておくわ。冥王と人を取り合うのはやめなさい」


「ひどい目に遭うわよ」


 蓮はそれを聞いて焦った。どうして清司が冥王の人になるのか。もし清司がここに残ると言ったら、自分はどうすればいいのか。


「ほかに方法はありませんか」


 孟婆は蓮を見、次に飛鳥を見て、何かを察したようだった。


「飛鳥」


「この子のために来たの?」


 飛鳥は頷いた。蓮のためでなければ、こんな面倒なことをする余裕などない。病院は毎日忙しいのだから。


 孟婆は飛鳥が人間界で多くの命を救い、たくさんの福徳を積んできたことを知っていた。まさか、そのすべてを一人の男のために使うとは思っていなかった。


「それだけの価値があるの?」


 彼女は思わず尋ねた。


 飛鳥は蓮を見て、幸福で、苦い笑みを浮かべた。


「あります」


 孟婆はため息をつき、二つの丸薬を取り出して飛鳥の手に乗せた。


「冥府へ通じる道は教えてあげる」


「この二粒の薬は、生魂の匂いを隠すもの」


「飲めば、生きている者の気配は消える」


「私にできるのはここまで」


 飛鳥は薬を握りしめ、深く感謝した。孟婆は首を振る。


「あなたは、私が見た中で一番妖らしくない妖ね」


「孟婆姉さんも、いつか好きな人ができれば分かります」


 飛鳥は澄んだ笑顔で言った。


「僕は後悔していません」


 蓮は申し訳なさそうに飛鳥を見た。清司を取り戻し、自分も無事に帰れたなら、必ず飛鳥に報いなければならない。


「これを飲んで」


 飛鳥が丸薬を蓮に渡した。二人が飲み込むと、肌はすぐに青黒く変わり、周囲の鬼魂とほとんど見分けがつかなくなった。


 孟婆は二人が去る方向を見つめ、袖の中から玉珠を取り出した。玉珠は暗い光を放っていた。


 来るべきものが、やはり来てしまった。


 本当は避けたかった。


 けれど、どうしようもなかった。


「蓮」


 飛鳥は蓮の手を強く握った。


「僕から離れないで」


「絶対に手を離してはいけない。分かった?」


 蓮は懸命に頷いた。


 冥府へ通じる道は井戸だった。井戸の中には黒い旋風が渦巻き、漏れ出る陰気に蓮は気分が悪くなった。


「飛鳥」


 蓮は井戸を見てためらった。


「ここ以外に道はないんですか」


 飛鳥は蓮を抱き寄せた。蓮の許可なく抱くのは二度目だった。だが蓮が怖がっていることを知っていた。


「大丈夫」


「僕がいる」


「何があっても、全力で君を守る」


 蓮は今回は抵抗しなかった。


「信じています」


「ありがとう、飛鳥」


 自分は飛鳥に何も返せない。それなのに飛鳥はずっと無条件に助けてくれる。その好意まで拒む資格が、自分にあるだろうか。


「ここを抜ければ冥府だ」


 飛鳥は蓮の顔を両手で支え、まっすぐ目を見た。


「冥府にはもっと恐ろしいものがいる」


「何を聞いても、何を見ても、惑わされてはいけない」


「分かった?」


 蓮は頷いた。


「分かりました」

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