雨の中の懇願
「どんな代価を払っても、清司を連れ戻します」
蓮は真剣に飛鳥を見た。
飛鳥はため息をついた。やはり自分はあの狐に勝てない。狐のやり方は残酷すぎる。自分にはそこまでできない。
「そこまで決めているなら、手伝う」
「ただし、君の肉体を守る人が必要だ」
「君が最も信頼している相手でなくてはならない」
「できれば妖がいい」
妖。
蓮はすぐに宵宮朔を思い浮かべた。どんな方法でもいい。自分の魂を使ってでも清司を探しに行く。清司を失うわけにはいかなかった。
飛鳥は蓮の手を取った。
「安心して」
「命をかけて君を守る」
「冥府で君を迷わせたりしない」
それは飛鳥の誓いだった。もし蓮が迷うなら、自分も帰るつもりはなかった。冥府で彼に寄り添い続けるのも悪くない。
蓮は感謝を込めて飛鳥を見た。それから朔と律の住まいへ向かった。
朔はまだ彼に会おうとしなかった。だから蓮は一人で玄関前に跪いた。
早乙女律は窓辺に立ち、階下の蓮を見ていた。冷静な彼でさえ、見ていられなかった。ここは警備が厳しく、蓮が有名人だからといって誰かが簡単に集まることはない。けれど空には小雨が落ちはじめていた。このまま跪いていたら、身体がもたない。
「朔」
律は低く言った。
「本当に蓮がそんなに憎いのか」
「そもそも、清司にあんなことをさせたのは彼じゃない」
朔は勢いよく振り返って律を睨んだ。今まで気づかなかったが、律も外の人間の肩を持つのか。
朔は窓辺へ歩き、雨の中で跪く蓮を見下ろした。目の奥に殺意が浮かぶ。
本当に、この人間が憎かった。蓮のせいで清司は魂核を砕いた。隠り世も大混乱している。自分一人で、どれほどのものを背負えばいいのか。
すべて佐伯蓮のせいだ。
「許さない」
朔は一字ずつ言った。
「清司の死は、全部あいつのせいだ」
「殺さずにいるだけ、清司の顔を立てている」
律は真剣に朔を見た。最近の朔はどこかおかしい。気のせいだと思いたかったが、違和感は増すばかりだった。
「でも、蓮は清司に死ねと言ったわけじゃない」
「あれは清司自身の選択だ」
律は傍観者として、その事実を口にした。だが朔の感情はさらに揺れた。
「清司は彼のためにあれほど尽くした」
「あの人間は感謝も知らず、求めるだけだ」
「清司が彼を離れなかっただけでも、奇跡なのに」
言葉が進むにつれ、朔の瞳は赤くなっていった。それはただの怒りではなく、妖性が何かに煽られているようだった。
「朔」
律は眉をひそめた。
「落ち着け」
「今の自分の顔を見てみろ」
「以前のお前はそんなじゃなかった」
朔は鏡を見た。そこに映る自分の目は赤く、表情は人を喰いそうなほど陰っていた。朔自身も呆然とした。
「朔」
律は慎重に近づいた。
「昔のお前は、もっと優しかった」
「蓮にも非はある。でも彼は清司に死を望んだわけじゃない」
「今あそこに跪いているのは、少なくとも本気で償いたいからだろう」
朔は俯いた。もしかすると、自分は本当に少し偏っているのかもしれない。けれど清司の死から、蓮が逃れられるわけではなかった。
「帰らせろ」
朔は顔をそむけた。
「今は会いたくない」
律は少しだけ彼を動かせたことを感じ取り、朔の頬をそっと撫でた。
「分かった」
「ここで待っていて」
律はすぐに階下へ降りた。蓮はまだ雨の中に跪いていた。律を見つけると、苦い笑顔で顔を上げる。
「朔は、僕を許してくれましたか」
律は目をそらした。蓮を騙したくなかった。けれど雨は強くなっており、蓮が体調を崩すのも心配だった。
「蓮」
「まず立ってくれ」
「雨だ。身体がもたない」
蓮の目に失望がよぎった。やはり朔は自分を許さないのだ。
「早乙女さん」
蓮は律の手をつかんだ。
「清司を取り戻す方法があります」
「僕の生魂で冥府へ下ります」
「肉体を守る人が必要なんです」
「朔が一番いい」
「お願いです。彼に話してください」
律は眉を寄せた。朔と一緒にいても、そんな方法を聞いたことはない。人が死んで簡単に戻せるなら、朔はとっくに教えただろう。生魂で冥府へ行くなど、決して軽い方法ではない。
「蓮」
「清司がいなくなって苦しいのは分かる」
「でも今は、無茶をする時じゃない」
「もっと自分のことを考えるべきだ」
死者は戻らない。まして清司は自ら魂核を砕いた。
「いいえ」
蓮は首を振った。
「僕は清司なしではいられません」
「あなたが朔なしではいられないのと同じです」
「彼を失いたくない」
「全部僕のせいだと分かっています。だから連れ戻します」
「お願いします。助けてください」
雨が髪を濡らした。そこにいる彼には、もう画面の中の俳優の姿などなかった。
律は最後に頷いた。
「話してはみる」
「でも、朔の代わりに約束はできない」
蓮は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「それなら立って」
「いいえ」
蓮の声は軽かった。
「朔が来るまで、ここを動きません」
「誠意がないと思われたくないので」
律は彼をどうにもできず、二階へ戻った。朔は窓の前で、すでに待っていたように立っていた。
「彼は清司を連れ戻す方法があると言っている」
律が単刀直入に言うと、朔は息を吐いた。
「聞こえていた」
妖の耳は人間よりはるかに優れている。階下の会話はすべて聞こえていた。
「助けるのか?」
朔は窓の外を見た。
「冥府へ人を探しに行くのは、簡単なことではない」
「だが、清司を戻せる唯一の方法でもある」
彼は振り返り、律を抱きしめた。声は低く沈んでいた。
「危険な方法だ」
「佐伯蓮が死ぬかもしれない」
「昔、同じことを試した者がいた」
「そいつは死んだ」




