表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この妖狐、距離が近すぎる――契約俳優は逃げられない  作者: 熾星


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/101

独占欲の狐

 車内は静かだった。


 蓮は後部座席に座ったまま、まだ撮影状態から完全に戻っていなかった。清司はそんな蓮を、息苦しいほど強く抱き寄せている。


「清司」


 蓮は眉を寄せた。


「今度は何がおかしいんだ?」


 最近のこの妖狐は、どこか変だった。以前の清司は傲慢で、別れ際まで口が悪く、素直ではなかったが、ここまで一つ一つに口出しすることはなかった。今の彼は、蓮の周りの人間を全員片づけたがっているように見える。普通の仕事上の会話でさえ、不機嫌になる。


 清司は蓮の肩に顎を置き、拗ねたような声で言った。


「嫉妬している」


 蓮は一瞬固まった。


 嫉妬。


 白銀清司の口からその言葉が出ること自体、どこか信じがたかった。


「最近、少し調子に乗ってないか?」


 蓮は横目で見る。


「俺が誰かと話すだけでも駄目なのか?」


「話すのはいい」


 清司の返事は早かった。


 ただし、その目にははっきりと「気に入らない」と書いてある。


 蓮には、人の心に潜む欲までは見えない。けれど清司には見えてしまう。森崎悠真も、黒沢明彦も、ひとり残らず邪魔だった。


 考えれば考えるほど腹が立ち、清司は蓮の言葉を塞ぐように口づけた。


 蓮はそのキスで少しぼうっとしてしまった。清司がようやく離した頃には、自分が何を言い返そうとしていたのか、すっかり忘れていた。


 清司は蓮の目を覗き込み、まるで所有権を宣言するように言う。


「これからは、俺の言うことだけ聞け」


「ほかの奴を見るな」


「ほかの奴に優しくするな」


 蓮は呆れて笑った。


「白銀清司、俺に仕事があるのを忘れてないか?」


「仕事でも駄目だ」


 清司は理不尽なほど堂々としていた。


 蓮はもう相手にしないことにした。


 二人はもともと、普通のペア服を少し見に行くだけのつもりだった。蓮は最初、あまり気が進まなかった。彼は公人であり、私生活の小さな一片さえ撮られれば大きく拡散される。それでも清司の失望したような、それでいて期待に満ちた顔があまりに分かりやすく、蓮は最後に折れた。


 だが商業施設に入ってしばらくもしないうちに、二人は宵宮朔と早乙女律に出くわした。


 律は片腕で朔の腰を抱いている。朔はほとんど彼の胸にもたれ、顔にまだ薄い赤みを残していた。


「どうしてここに?」


 朔が驚いたように言った。


 蓮は反射的に清司を見た。


「ただ、適当に見てただけ」


 ただ見ていただけ。


 朔の視線は横へ流れた。そこは、男性向けペアブランドが一面に並ぶフロアだった。考えすぎるなと言われても無理がある。


 律は意味ありげに笑った。


「ペア服なら、いい店を知ってる」


 蓮は嫌な予感がした。


 そして、その予感は見事に当たった。


 律が連れていったのは、最上階にある非常にプライベートな店だった。店内を行き交う客の多くは男性同士のカップルで、ショーウィンドウには大胆なデザインの衣装が並んでいる。灯りは柔らかく艶めき、空気には甘い香りが漂っていた。


 蓮は入口で固まった。


 これは普通のペア服ではない。


 清司だけは、新しい世界を見つけたように目を輝かせた。彼は布地の少ない衣装を一着取ると、蓮の前に当ててみる。


「これ、いいな」


 蓮の顔が一瞬で赤くなった。


 朔と律も同時に彼を見た。


 蓮は耐えきれず、清司の手を叩いた。


「何かしたいなら家でやれ」


「外で恥をかかせるな」


 清司は少しも恥じていなかった。さらに別の一着を取り、また蓮に合わせる。


「蓮、これも似合う」


 蓮は本気で今すぐ帰りたくなった。


「もういい」


 声を低くする。


「ここは外だ。撮られたらどうなるか分かってるのか?」


 清司の動きが止まった。


 彼はそこでようやく思い出す。蓮は公人だ。普通の恋人同士のように手をつないで店を歩き、ペアの衣装を買い、誰に知られても構わない顔をすることはできない。


 清司は手にした衣装を一枚ずつ戻した。


「なら、買わない」


 声には分かりやすい落胆が混ざっていた。


 蓮はその顔を見て、胸が少し痛んだ。認めたくないわけではない。ただ、今はまだできないのだ。


 律は軽く言った。


「ペア服くらい、好きなら着ればいいだろ」


「これは普通のペア服か?」


 蓮は睨んだ。


 律は鼻先をかいた。朔もこういうものを着たことがないわけではない。どうして蓮の時だけ大問題になるのか、少し分からない。


 清司は可哀想なほどまっすぐ蓮を見ていた。まるで主人の許可を待つ狐だ。


 蓮は数秒黙り、結局折れた。


「好きなら買えばいい」


「ただし、誰も着ない」


 清司は許可を得た途端、さっき見ていたものをすべて会計へ持っていった。


 蓮はその手にどんどん増えていく袋を見ながら、買い物で理性をなくすのは女だけではないのだと思った。妖怪も同じらしい。


 四人が店を出て下の階へ向かおうとした時、廊下の先にひとりの影が現れた。


 黒沢明彦が道を塞いでいた。


 蓮は一瞬足を止めた。


「黒沢?」


 明彦はゆっくり顔を上げる。瞳はすでに赤く染まっていた。


 蓮の背筋に冷たいものが走る。


 人間の目ではなかった。


「清司」


 蓮は反射的に清司へ寄る。


「彼、様子がおかしい」


 清司は蓮を背後にかばい、冷たい目で相手を見据えた。


「喋るな」


「あれは黒沢明彦じゃない」


 朔も気づいていた。あの身体の中には、妖気が満ちている。


 彼は小さく律へ言った。


「律、しっかり抱いていて」


「分かった」


 律はすぐ朔を守るように抱き寄せた。彼が信じるのは朔であり、失いたくないのも朔だった。


 “黒沢明彦”は首を鳴らし、異様な笑みを浮かべた。


「お前ら二人、いい度胸だな」


「人間相手に恋愛ごっこか」


 清司の指先が軽くこすれ、青白い狐火が掌に灯る。


「俺たちの問題だ」


「現世の秩序を乱すつもりなら、俺が片づけることになるぞ」


 “黒沢明彦”は長い舌を吐き、白目をむいた。普通の人間なら、その姿だけで悲鳴を上げるだろう。


 けれど清司と朔にとって、それは妖怪が少し本性を見せただけだった。


「秩序?」


 陰湿な笑いが響く。


「清司、宵宮朔。お前たちも同じだろう?」


 蓮は眉をひそめた。


 最近、いったい何が起きているのか。これまでも妖怪を見たことはあったが、これほど次々に現世へ入り込むことはなかった。前に伊織へ憑いた蜥蜴妖の時も、清司がいなければどうにもならなかった。


 朔は清司を見て、次に律を見る。


 このものを、律に傷つけさせるわけにはいかない。


 絶対に。


「清司」


 朔は指先を舐め、瞳を赤く染めていく。


「久しぶりに、並んで戦うね」


 清司は九尾を開いた。朔も牙を覗かせる。


 二つの妖力が床に交差し、素早く結界を描き上げる。蓮と律は、その中へ守られた。


 清司は手首を鳴らす。


「お前が先か、俺が先か?」


 朔が笑う。


「先にどうぞ」


「当然だ」


 清司の掌で妖力が膨れ上がり、姿が見えないほどの速さで走った。


 しかし“黒沢明彦”は、攻撃の方向を見切っていたように軽々と避ける。


 次の瞬間、相手の足先が床を蹴り、逆に清司へ襲いかかった。


 清司は避けきれなかった。身体が壁に叩きつけられ、口元から血が滲む。


 蓮の瞳が見開かれた。


「清司!」


 清司は唇の血を拭い、目を冷たく細めた。


「年寄りめ」


「まだ少しは動けるようだな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ