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この妖狐、距離が近すぎる――契約俳優は逃げられない  作者: 熾星


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恋多き者と終わった恋

 その食事は、落ち着いたものにはならなかった。


 伊織は目を覚ました後もどこか具合が悪そうで、蓮も食欲がなかった。清司だけは相変わらず落ち着いていたが、伊織を見る目は少し冷たい。まるで、憑依されるにしても時と場所を選べと言いたげだった。


 店を出ようとした時、入口の向こうから水瀬琴音と林陽太が入ってきた。


 伊織の足が止まる。


 一瞬、胸の奥を何かが押した。痛みではない。もっと鈍く、諦めに似た感覚だった。


 琴音も伊織に気づいた。さらに蓮、そして清司を見て、表情が複雑に変わる。


「三浦さん」


 琴音が小さく呼ぶ。


 伊織は答えなかった。


 林陽太は気まずそうに視線をそらす。彼は琴音の隣にいることが、自分の立場をどう見せるか理解しているらしかった。


 蓮は何も言わず、状況を見ていた。彼はふたりの関係へ必要以上に口を出すつもりはない。けれど琴音が自分を巻き込んで誤解を広げたことは、忘れていなかった。


「蓮さん」


 琴音は蓮へ視線を向けた。


「この前は、すみませんでした」


「僕に謝ることより、伊織に話すことがあるんじゃない?」


 蓮の声は穏やかだった。けれど冷たい。


 琴音は唇を噛んだ。


「でも、三浦さんが……」


「俺のせいにするのはやめろ」


 伊織が初めて口を開いた。


「水瀬琴音」


 彼がフルネームで呼んだ瞬間、琴音の顔色が変わる。


「お前が信じなかった。聞こうともしなかった。俺がどれだけ説明しても、最初から結論を決めていた」


 琴音は言い返そうとしたが、声が出なかった。


 清司は退屈そうに立っていたが、蓮の横顔だけは見ている。蓮が傷つけば、すぐにでも動くつもりなのだろう。


 結局、伊織と琴音の話はその場ではまとまらなかった。


 帰り道、蓮は清司に手を引かれながら、胸の中に残ったざらつきを感じていた。人間の関係は、妖の力では簡単に解けない。


 部屋へ戻ると、清司は蓮の手を取った。


「お前は、俺を信じるか?」


 蓮は少し黙った。


「信じるかどうかより、君は説明をちゃんとして」


 清司は小さく笑った。


「わかった」


 彼は蓮の指先に口づける。


「お前に隠し事をしない」


「覚えておいて」


「覚えておく」


 その夜、蓮はもう清司を押し返さなかった。


 久しぶりに戻った体温、再会の不安、契約でつながった感覚が、ふたりを少しずつ深い場所へ沈めていく。清司の口づけは、いつもより慎重だった。


 ようやく取り戻したものを、二度と失くしたくないかのように。



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