手に負えない狐
朝の光がカーテンの隙間から部屋へ差し込んだ。
蓮は寝ぼけたまま手を伸ばした。けれど触れたのは布団ではなく、温かく滑らかな肌だった。
眠気が一気に吹き飛んだ。
清司が片手で頬杖をつき、蓮を見下ろしている。その目にこもる熱が濃すぎて、蓮は触れた場所を理解した瞬間、顔を赤くした。
「清司……」
蓮は恨めしげに睨む。
清司は唇を上げ、朝の光の中で彼へ身を寄せた。蓮は文句を言おうとしたが、言葉はそのまま封じられた。
昨夜のことが、断片的に脳裏をよぎる。
まさか本当に、この狐に時間の感覚を奪われるほど振り回されるとは思っていなかった。
「この狐」
蓮の声は少しかすれていた。
「いい加減にしろ」
「俺は男だぞ」
「知っている」
清司は低く笑った。
「だから好きなんだ」
蓮はさらに顔を赤くした。
どうにかベッドから起き上がった時には、すでに午後に近かった。体は重く、何も言いたくない。なのに、妖狐はやたらと元気だ。
蓮は服を投げつけた。
「着ろ」
彼は顔をそむける。見ていると、またこの狐に絡め取られそうだった。
清司もさすがにやりすぎた自覚はあるのか、珍しく素直に服を着た。
蓮はシャワーを浴び、白いシャツへ着替えた。スマホを見た瞬間、頭痛がした。
劇組から大量の着信。
伊織からも大量の着信。
ひとつも出ていない。
蓮は振り返り、清司を睨んだ。
「全部君のせいだ」
服を清司の顔へ投げつける。
清司は軽々受け止め、まったく反省していない顔で笑った。
「安心しろ。俺がいれば大したことじゃない」
蓮は冷たく笑った。
今いちばん聞きたくない言葉だった。
伊織へ電話をかけると、ほとんど一秒で繋がった。
「蓮さん!」
伊織の声は爆発寸前だった。
「今どこですか?どうして半日も電話に出ないんですか?撮影現場、めちゃくちゃですよ。遠藤監督が代役を考えるって言い出しています!」
「家にいる」
蓮はため息をついた。
「もし監督が本気で交代を決めたなら、それは僕の責任だ。あとで直接謝る」
「そういう問題じゃありません!」
「伊織、落ち着いて」
蓮は言いながら、もう出かける準備を始めた。
清司は横で平然としている。蓮は何度目かわからないため息をついた。
結局、蓮は急いで撮影現場へ向かった。清司も当然のようについてくる。
現場に着くと、空気は想像以上に重かった。蓮が半日姿を見せなかったせいで、スケジュールは大幅に乱れ、遠藤監督の顔も険しい。
「佐伯君」
「申し訳ありません」
蓮は深く頭を下げた。
「完全に僕の不注意です。必要であれば、どんな形でも調整します」
遠藤はしばらく蓮を見つめた。
その時、横に立っていた清司が静かに口を開いた。
「今日の損失は、すべてこちらで負担する」
現場が一瞬で静まった。
そこにいた多くの人間は、白銀清司が何者かを正確には知らない。けれど“出資側の重要人物”であることはすでに伝わっていた。
遠藤の表情が変わる。
「白銀さん、これは現場の問題です」
「だから現場が困らないようにする」
清司は淡々と言った。
「彼を代える必要はない。撮影を続けろ」
蓮は横から清司を睨んだ。
助けられたのは事実だ。
けれど、自分の失敗を金と権力で押し流されたようで、まったく気分がよくない。
伊織はさらに複雑な顔をしていた。清司に対して警戒も感謝もある。だが、マネージャーとして蓮を守るのは自分だという意地もあった。
「白銀さん」
伊織はまっすぐ立った。
「蓮さんのことは、僕が事務所と現場に説明します。あなたにすべて処理してもらうわけにはいきません」
清司の目が細くなる。
「邪魔をするな」
「譲れません」
伊織は一歩も引かなかった。
「僕は蓮さんのマネージャーです。蓮さんの仕事に関することなら、僕には止める権利があります」
蓮は深く息を吐いた。
ここで揉めれば、ますます現場に迷惑がかかる。
帰ったら、この狐を必ず締める。




