清司は帰ってくると信じるか
琴音が出ていくと、陽太もすぐに後を追った。
伊織は席に座ったまま、長いあいだ何も言わなかった。
蓮は何か言いたかったが、言葉が見つからない。慰めても意味がない。忘れろと言うには、あまりに軽い。
結局、伊織が先に立ち上がった。
「蓮さん、僕は先に帰ります」
「写真撮影の時間は、あとで送ります。明日の撮影チームも、時間どおり迎えに行きます」
顔色は最悪なのに、まだ仕事の話をする。
蓮は眉をひそめた。
「伊織、今日は休んで。仕事は明日でいい」
「大丈夫です」
彼は小さく言った。
「今日もありがとうございました」
それから律と朔にも頭を下げる。
「お二人も、ありがとうございました」
律は頷いた。
朔は静かに言った。
「無理しすぎないで」
伊織は苦く笑うだけで、何も答えずに出ていった。
蓮は扉を見つめたまま、複雑な気持ちで息を吐いた。
最初は、誤解を解けば伊織と琴音は元に戻れるかもしれないと思っていた。けれど琴音の隣にいた新しい男を見て、彼女の言葉を聞いたあとでは、別れるのも悪いことではないのかもしれないと思えてきた。
すべての誤解が、説明に値するわけではない。
すべての説明が、信頼を取り戻せるわけでもない。
「この間はどうだった?」
蓮は律と朔へ視線を戻した。
律は落ち着いていた。
「普通だ。家と実業団には話してある。張り込み記者は近づけない」
彼は少し間を置き、続ける。
「数日以内に、前の噂について正式に釈明する」
「そこまでする必要はないんじゃないか」
蓮は少し驚いた。
「どうせそのうち過ぎていく。今はそこまで騒がれていない」
「手続きは必要だ」
律は蓮を見た。
「心配するな。これは君にとっても悪い話ではない」
そこで、律は何かを思い出したように蓮を見る。
「ところで……」
「彼は、君を訪ねてきたか」
蓮は最初、誰のことかわからなかった。
数秒後、それが清司のことだと気づく。
顔の表情が、ほんの少し暗くなった。
朔がすぐに律の腕をつつき、睨む。
今それを聞くな、という意味だった。
「蓮……」
「僕は大丈夫」
蓮は笑った。
「別に、彼でなければだめというわけじゃない」
「強求できないことに、ずっとしがみつくつもりもない」
「それは誰にとってもよくないから」
朔は眉を寄せた。
そして蓮の腕にそっと手を添え、突然聞いた。
「蓮。君は、清司が戻ってくると思う?」
その問いに、蓮も律も一瞬止まった。
蓮は朔を見た。
なぜ今、それを聞くのか。
意味があるのだろうか。
もしかして朔は、清司が戻ってくると知っているのか。
「蓮」
朔はもう一度呼んだ。
今度は問い方を変える。
「君は、清司が帰ってくると信じる?」
それは信じるか信じないかの問題ではない。
自分が信じたところで、何が変わるというのか。
戻ってこない相手を、天真爛漫に待ち続けろというのか。
「そういう問題じゃ……」
「答えて」
朔の声は柔らかい。けれど、とても真剣だった。
「信じる? それとも、信じない?」
蓮は下唇を噛んだ。
答えは、喉元まで上がってきている気がした。けれど、それを口にしてしまうのが怖かった。
「蓮」
朔は彼を見つめる。
「信じる?」
「清司は帰ってくるって」
蓮が顔を上げると、朔の瞳に淡い期待が浮かんでいた。
理由はわからない。
朔は、蓮がその二文字を口にすることを待っているようだった。
けれど蓮には、まだその勇気がなかった。
彼と清司の間にあるものは、律と朔のように深く結ばれた絆ではない。




