借金と約束の夜
伊織はしばらく蓮を見ていた。
やがて、低い声で言った。
「家のことで、少し問題が起きました」
「何があった。どうして言わなかった」
「弟のことです」
「弟?」
蓮は眉を寄せた。
伊織には弟と妹がいる。弟の三浦悠斗は、高校を卒業しないまま家を出たと聞いたことがある。伊織は昔、弟を学校に戻そうとかなり動いていたはずだ。
「親父から電話があって、あいつが外で牌をやって金を負けたって」
伊織は疲れたように言った。
「父親は関わるなと言いました。あいつは俺の居場所を漏らすはずだから、気をつけろとも」
「それで、君はどうするつもりだ」
「完全には見捨てられません」
伊織は缶ビールを開け、一息で飲み干した。
「今回だけは何とかします。これでまた同じことをしたら、もう本当に知らない」
蓮は数秒考え、静かに聞いた。
「金を返すつもり?」
伊織は頷いた。
「老家の住宅ローンの穴と、美結の大学費用は動かせません」
「わかった」
蓮はそれ以上言わせなかった。
「必要な分は、僕が先に立て替える」
伊織はほっとしたようでもあり、ますます申し訳なさそうでもあった。
蓮は話題を変える。
「明日、琴音と会う件はどうする。行けないなら僕が伝える」
本当は行ったほうがいいと言いたかった。だが今の伊織の顔色では、無理に会わせるのが正しいのか判断できない。
伊織は長く息を吐いた。
「行きます」
「明日の夜でいい。僕が撮影を終えたら、彼女を迎えに行く。約束した場所で会おう」
「はい」
その後、二人は買ってきた食事を並べ、疲れた大人のように黙って食べた。
伊織を見送る前、蓮はふと聞いた。
「最近、会社へ届いている僕宛てのプレゼント、確認している?」
「会社に届く分ですか? ありますよ。前からファンの贈り物は来ていますし」
「最近の分は開けて見た?」
「いえ。基本的に一つの部屋にまとめて置いています。会社は、いずれ開封動画に使ってもいいと言っていました」
ファンが藝人へ贈ったものを、会社が勝手に開けるわけにもいかない。理屈はわかる。
「月ごとに整理している?」
「たぶん。月別で分けているはずです」
「わかった」
蓮は頷いた。
「今日は帰って休んで。明日また連絡する」
伊織の車が去っていくのを見送り、蓮の視線は近くに移動させた白いスポーツカーへ落ちた。
頭が痛い。
幸い、彼の住む場所は人通りが少ない。今のところ、観光名所のように人が集まることはなさそうだった。
「佐伯さん!」
振り返ると、朝倉周司が食材を抱えて立っていた。
「朝倉さん」
周司はどこか嬉しそうだった。
「今朝、早く出ていきましたね。店の料理、何か気に入りませんでしたか?」
「違います。仕事に遅れそうだったので」
「そうですか」
周司はほっとした顔をした。
「少し食材を買ってきたんです。これから料理するので、よかったら食べに来ませんか」
蓮は一瞬迷った。
律との噂はまだ完全には消えていない。周辺に張り込み記者が残っている可能性もある。
「また今度にします」
蓮は申し訳なさそうに笑った。
「今夜は少し用事があって」
「そうですか……」
周司は明らかに残念そうだった。
「ぜひ食べてほしかったんですけど」
「次は必ず」
蓮はそう言って頭を下げた。
明日は奏介との対手戏もある。さらに琴音と伊織の件もある。今夜はもう、新しい人間関係を増やす余裕がなかった。
冷たい風が吹き、蓮は小さく身震いした。
彼はため息をつき、部屋へ戻った。




