薔薇に埋もれた白い車
蓮はスマホを見つめた。
伊織が本当に何かに巻き込まれたのか。それとも、ただスマホを落として変な連中に拾われただけなのか。
考えるより先に、蓮はもう一度かけた。
今度は二秒ほどで、さっきの粗い声が出る。
「おまえ、しつこいな。こいつの知り合いか?」
蓮の声が低くなる。
「あなたたちが押さえているのは、三浦伊織ですか」
「へえ、知り合いか」
男は笑った。
「この小僧、六十万円借りてんだよ。払えないなら電話してくるな」
「人を放してください。そうでなければ、一円も払いません」
「てめえ」
男は詰まったようだったが、すぐに脅す声へ戻った。
「いいだろう。放してやる。だが金を持ってこなければ、また捕まえる。次は足一本じゃ済まねえぞ」
それだけ言って、電話は切れた。
蓮は壁にもたれた。
伊織は最近、いったい何に巻き込まれているのか。
半グレか、闇金か。どちらにしても普通ではない。
少し迷ってから、蓮は三度目の電話をかけた。
長く鳴ったあと、ようやく伊織の声が聞こえた。
「蓮さん……」
「伊織!」
蓮は思わず声を上げた。
「何があった。今の連中は誰だ。どこにいる」
「夜、撮影チームまで行きます。詳しいことはそのときに……」
「だめだ。直接僕の家に来て」
それでも不安が消えず、蓮は言い直す。
「いや、まず近くの病院に行け。僕が夜、迎えに行く」
「本当に大丈夫です。夜に話します」
伊織はそれだけ言い、通話を切ってしまった。
「何なんだ、あいつ……」
蓮は低く呟き、スマホをしまった。
撮影所へ戻ると、スタッフはほぼ全員戻っていた。奏介がすぐに近づいてくる。
「長かったですね。遠藤監督が探してましたよ。何かあるみたいです」
「遠藤監督が?」
蓮は人の群れの中にいる遠藤を見つけ、そちらへ歩いた。
「監督」
「佐伯君」
遠藤は蓮を見て、妙に含みのある顔をした。
「君のファンも、なかなかすごいな」
蓮には意味がわからなかった。
「何かありましたか」
「まあ、来て見ればわかる」
遠藤に連れられて外へ出ると、蓮は固まった。
撮影チームの入口に、白い海外限定のスポーツカーが停まっていた。
車体だけでも十分に目立つ。けれどそれ以上に、車内いっぱいに詰め込まれた赤い薔薇が異様だった。
蓮は呆然と口を開いた。
「監督、これは……」
「ファンからの贈り物だそうだ。車ごと」
「冗談ですよね」
蓮は車に近づいた。赤い薔薇の中に、白いカードが一枚挟まっている。
そこには、ただ短く書かれていた。
佐伯蓮へ。
花束ならまだわかる。だが車まで贈るのは、さすがに尋常ではない。
「間違いじゃありませんか」
「この撮影チームに、佐伯蓮はひとりしかいない」
遠藤は面白そうに言う。
「届けた人は見ましたか。男か女か、会社名は? 運送業者は?」
蓮は矢継ぎ早に聞いた。
遠藤は肩をすくめる。
「スタッフが気づいたときには、もう停まっていた。誰が置いたのかはわからない。ただ、君宛てなのは確かだ」
「これは受け取れません」
蓮は即座に言った。
「監督、近くの防犯カメラを確認してもらえますか。販売元か運送会社にも連絡したいです。返せるなら返します」
遠藤は蓮を見て、少し意外そうにした。
「まあ、そこまで言うなら事務所に相談するといい。最近、配信もしているだろう。ファンに聞いてみてもいいんじゃないか」
「……そうします」
とりあえず車をそのまま入口に置いておくわけにはいかない。蓮は事務所の知り合いに連絡し、車をいったん会社管理で移動させ、法務と確認するよう頼んだ。
午後は何とか撮影に戻ったが、心は落ち着かなかった。
夕方、撮影が終わると、黒い商务車が門の近くに停まっていた。窓が下がり、運転席の伊織が顔を見せる。
「蓮さん」
夜で表情ははっきり見えない。それでも声の弱さはわかった。
蓮は眉をひそめて近づく。
「病院に行けと言っただろ。何があった」
近くで見ると、伊織の顔には青あざと腫れがあった。
それでも彼は、無理に笑おうとしている。
「大丈夫です。先に乗ってください」
蓮は何も言わず車に乗った。
一時間ほど、二人は黙ったままだった。蓮の家に着くと、伊織が食べ物と、なぜかビール二ケースを買ってきていることに気づいた。
部屋に入り、茶卓を挟んで座る。
蓮は伊織を見つめた。
「琴音の話の前に、まず君のことを話して」




