天羽莉央
「黒沢監督が?」
蓮は少し驚いた。
この機会の裏に黒沢航の推薦があったとは思っていなかった。
「そうでしたか……」
遠藤は彼の驚きを見て、笑った。
「若いうちは、まだ業界中に名前が知れ渡っていないのが普通だ」
「だが、すべての監督が毎日Xのトレンドを見て役者を探しているわけじゃない」
「あと何年かすれば、少しずつ楽になる」
蓮はその言葉に慰めが含まれているのを聞き取った。
彼は笑う。
「それなら、遠藤監督にご迷惑をかけないよう頑張ります」
「礼はまだ早い」
遠藤は手を振った。
「黒沢は俺の前で君をかなり褒めていた。期待に届かなければ、俺はがっかりするぞ」
蓮は困ったように笑った。
「遠藤監督、あまり脅さないでください」
「僕にできるのは、全力を尽くすことだけです」
「大丈夫ですよ、監督」
奏介が横から口を挟む。
「蓮とは一度共演しています。黒沢監督の言うことは信用していいです」
遠藤は頷いた。
「よし。先にセットを見に行こう」
「今日は役者も何人か来る。顔合わせもしておくといい」
蓮は返事をし、二人についてスタジオの中へ入った。
『浮遊面』のSFテーマに合わせ、撮影スタジオの内部は非常に細かく作り込まれていた。
銀白色の壁、半透明の管、浮遊感のあるライト、未来都市を模した投影スクリーン。足を踏み入れた瞬間、未来の空間に入り込んだような感覚になる。
「遠藤おじさん!」
澄んだ少女の声が、少し離れた場所から聞こえた。
蓮がそちらを見る。
噴水型の装置のそばに、ツインテールの女の子が立っていた。手には玩具の水鉄砲を持っている。彼女は遠藤へ笑顔で手を振り、その目は小動物のように明るかった。
「莉央」
遠藤も手を振り返す。
それから蓮に向き直った。
「彼女は天羽莉央」
「今回の作品で、君の「小さな主人」になる子だ」
蓮は頷き、思わず彼女を数秒見つめた。
せいぜい十代前半に見える。
この役を任されるなら、演技力はかなりあるのだろう。
莉央はすぐに走ってきた。水鉄砲を持ったまま、周りの大人たちを少し警戒している。遠藤の後ろまで来ると、半分だけ顔を出して蓮を見た。
「莉央」
遠藤が紹介する。
「こちらが佐伯蓮。これから、君のロボットを演じる」
莉央は目を瞬かせた。
「ロボット?」
彼女は蓮の周りを半周し、本当に機械を観察するように見上げた。
蓮は少し笑いそうになりながら、膝を折って彼女と目線を合わせる。
「初めまして」
「佐伯蓮です」
莉央はしばらく彼を見つめた。
ふいに水鉄砲を上げ、銃口を蓮の眉間に向ける。
「ロボットは、水が怖い?」
蓮は一瞬固まった。
隣で奏介が吹き出す。遠藤が注意しようとしたが、蓮は先に真面目な顔で答えた。
「旧型なら、たぶん怖い」
「でも僕は、防水タイプだと思う」
莉央の目が輝いた。
「じゃあ試す?」
「だめ」
蓮は自分の上着を指差した。
「今日は人間の外殻だから、濡らすと困る」
莉央は数秒考え、その理由を受け入れたらしい。
水鉄砲を下ろす。
「何歳?」
「二十四」
莉央は指を折って計算する。
「私は十三歳」
「じゃあ、十一歳上だ」
「うん」
蓮は合わせて頷く。
「それで?」
「だから、頭を撫でちゃだめ」
莉央は真剣に言った。
「ママが、大人に頭を撫でられすぎると背が伸びないって言ってた」
蓮は笑いをこらえきれなかった。
「わかった。撫でない」
遠藤と奏介は、少し驚いた顔をしていた。
莉央は、普段あまり人に懐かない。劇組の役者たちが仲良くなろうとしても、たいてい避ける。奏介は以前お菓子で釣ろうとして、「私は犬じゃない」と返されたことすらある。
それなのに、蓮には驚くほど早く距離を許した。
「莉央、これから蓮とちゃんと協力するんだぞ」
遠藤が言う。
莉央は蓮を見て、しぶしぶ頷いた。
「頭を撫でないなら、いいよ」
蓮は真面目に約束した。
「覚えておく」
莉央は満足したように噴水のそばへ戻っていった。
蓮はその背中を見ながら、この「小さな主人」という存在に、ようやく具体的な輪郭が生まれた気がした。
ロボットが探す相手は、台本上の設定だけであってはいけない。
彼女は生きていて、わがままで、温度があって、水鉄砲でロボットを脅す女の子でなければならない。
だからこそ、ロボットが「人間のように生きる」ことを学ぶ過程が、本当に成立するのだ。
遠藤は蓮と奏介を連れて、さらに奥へ進んだ。
スタジオには、実験室、古い住宅、未来都市の街角、そして子ども部屋を模した重要なセットがあった。どのエリアも細部まで作り込まれ、壁に書かれたコードや古い玩具の一つひとつに、物語上の意味がありそうだった。
蓮は見て回るほど、この作品がただ流行に乗っただけのSF映画ではないと感じた。
投資もされている。
監督も本気だ。
自分が任されたこのロボット役は、おそらく新しい挑戦になる。




