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この妖狐、距離が近すぎる――契約俳優は逃げられない  作者: 熾星


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好意?

成彰は、蓮が思ったより近づきにくいと感じたのか、少し戸惑って伊織を見た。


 伊織はすぐに口を開く。


「蓮、まず乗ろう」


 蓮は動かなかった。


「話をする場所は?」


「市内のカフェ」


 伊織が答えた瞬間、彼は無意識に成彰を見た。


 成彰は少し不思議そうにしたが、この場で気まずいことを聞くべきではないと判断したらしい。


 蓮は二人の反応を見て、だいたい察した。


「周防社長、お手数をおかけします」


 蓮は言った。


「行こう、伊織」


「うん」


 後ろへ回って初めて、別の車も付いてきていることに気づいた。


 蓮は成彰とは別の車に乗ることにした。もともとの目的地と伊織の説明が完全には一致していないのなら、伊織の車を先導にしたほうがいい。


 助手席に座ると、蓮はスマホを開いた。運転席の伊織は明らかに落ち着かない。


「本当は、どこへ連れていくつもりだった?」


 伊織は唾を飲んだ。


「会社で、高村専務が……君を、何人かとの食事に呼べと言ったんだ」


 蓮は眉をひそめた。


 こういうことは初めてではない。こちらには商談だと言い、向こうには藝人が同席して食事も酒も付き合うと伝える。現場に来てから空気と人情で逃げられなくする。


「またその手?」


 伊織は困ったように頷いた。


 うまく処理できなければ、両方に角が立つ。自分の立場も危うくなる。


「いいよ」


 蓮は眉間を揉んだ。


「周防社長は、少なくとも無理に困らせようとしている感じではない。カフェでちゃんと話そう」


「わかった」


 市中心まではそれほど遠くなかった。


 伊織はきちんとした静かなカフェを選び、二階の個室を取った。


 成彰が蓮と話をしたいということになっていたが、実際には多くの時間を伊織が撮影条件の確認に使った。蓮は隣で静かに聞き、ときどき相槌を打つ。服の雰囲気や撮影スタイルの話になったときだけ、少し口を挟んだ。


「具体的な撮影日は、佐伯君の都合に合わせます」


 成彰が言った。


「うちの会社はいつでも調整できます」


 数秒待っても蓮が答えないため、伊織と成彰が同時に彼を見る。


 蓮は窓の外を眺めていた。


「蓮?」


 伊織が少し強めに呼ぶ。


 蓮は我に返った。


「何?」


 伊織は苦笑しながらもう一度説明した。


「周防社長が、撮影日は君に合わせるって」


 蓮は二人を見た。


「いつでも構いません」


「では、近いうちはどうですか?」


 成彰が探るように聞く。


「近いうちで。僕の従弟がカメラマンで、今回のスーツ写真は彼に撮らせる予定です。当日は車を向かわせます」


 従弟。


 蓮の眉がわずかに動いた。


 また身内関係か。


 こうした説明しづらい内部事情には、あまり口を出さないほうがいい。


「そうですか」


 蓮は頷いた。


「では日程は周防社長にお任せします。当日は直接伺います」


 成彰は嬉しそうに笑い、ポケットから名刺を取り出して蓮へ渡した。


「会社は市内から遠くありません。機会があれば見学にも来てください」


 蓮は名刺を受け取り、目を落とす。


 それからしまった。


「機会があれば、ぜひ」


 成彰はその言葉の中の距離を聞き取ったが、指摘はしなかった。


「では、撮影日は改めて連絡します」


「また」


 成彰は会社に用があると言い、先にカフェを出た。


 去っていくときの惜しそうな表情を見て、伊織はほとんど確信しかけた。もしこのあと予定がなければ、周防社長は蓮を相手に午後中話し続ける気だったのではないか。


 なぜだか、成彰の蓮への熱が少し過剰に見えた。


 会社では確かに、蓮のファンだと言っていた。だが今の態度は、普通のファンのものとは少し違う。


 むしろ、口説こうとしている人間の殷勤さに近い。


 その考えが浮かんだ瞬間、伊織は身震いした。


 まさか。


 ほとんど初対面なのに、一目惚れなどという都合のいい話があるはずもない。


「伊織?」


「え?」


 伊織ははっとして、蓮が眉を寄せてこちらを見ているのに気づいた。


「ごめん、考えごとしてた」


 蓮は名刺を鞄に戻した。


「このあと、会社で何かある?」


「特にない」


「なら帰る」


 伊織はすぐに言った。


「送るよ」


「いい」


 蓮は立ち上がる。


「遠藤監督のところへ台本を取りに行く。そのあと自分でタクシーで帰る」


 そう言ってから、ふと思い出したように伊織を見て、少し笑った。


「会社に僕の用事がなくても、君に用事がないとは限らない」


「早く片づけて、琴音と過ごす時間を作ったほうがいい」


 水瀬琴音。


 スタイリング部門の衣装アシスタントで、伊織の恋人でもある。彼女は以前、蓮の衣装を考えたことがあり、普段は穏やかで、会社内では伊織と低く交際していた。蓮は他人のことに深入りしないが、二人の関係は知っていた。


 琴音の名前が出た瞬間、伊織の口元に自然と笑みが浮かぶ。


 だが、その笑みはすぐに強ばった。


 彼は後頭部をかいた。


「最近、会社が忙しくて」


「もう何日も連絡してない」


「向こうからも来ないし」


 蓮は眉をひそめた。


「何」


「喧嘩したの?」

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