俺の彼氏を演じたいだと?
「蓮、最近どう?」
メッセージの通知音が、蓮を思考から引き戻した。
スマホを握ったまま画面を見ると、表示されている名前は森崎悠真だった。
蓮はその名前を数秒見つめ、ようやく返信した。
「まあまあ」
短く、温度のない返事だった。
電話の向こう側で、悠真は画面を見て眉を寄せた。
どう返すべきか、何度も考える。
最近のXの件について、自分に何か手伝えることはないかと聞くべきか。
それとも、ただ気遣って、無理をしないでと言うだけにするべきか。
自分から動かなければ、欲しいものは手に入らない。
最後には、その声が怯えに勝った。
悠真はスマホを握り、指先が震えるほど緊張しながら文字を打った。
「僕の本、続編が出るんだ。正式発売の前に、蓮へ一冊送りたい」
「それと、前のXの件、全部見たよ」
「最近は、最初のころほど荒れてないみたいだね」
彼は一気に送りつけるのではなく、少しずつメッセージを送った。
蓮は画面を見て、また眉をひそめた。
この件で十分に疲れているのに、悠真はわざわざ触れてほしくないところへ触れてくる。
「おめでとう」
「気遣いもありがとう」
その返事が表示されたとき、悠真は最初、「ありがとう」の文字に少し喜んだ。だが後半を読んだ瞬間、心が沈む。
「この件は自分で解決する」
悠真はその文字をじっと見つめ、無意識にスマホを握りしめた。
蓮ひとりで解決できるはずがない。
自分が手を貸さなければならない。
もし自分が蓮の恋人だと名乗れば、あの噂は崩れるのではないか。
そうすれば、蓮ともっと関われる理由ができる。
これから先にも、きっと機会が増える。
「蓮、君が抜け出せる方法がある」
「僕の助けが必要?」
蓮はスマホを脇に放り、天井を見上げていた。
考えていたのは、まったく別のことだった。
再び震えたスマホを、彼は長く息を吐いて手に取る。
「君が抜け出せる方法がある」
その一文を見て、蓮は少し固まった。
悠真にどんな方法があるというのか。
彼は人気作家ではあるが、結局は小説を書く人間だ。今の状況で、これ以上誰かを巻き込むべきではない。
「ありがとう。本当に大丈夫」
「この件は自分で解決する」
「それから、しばらく外との連絡を減らすかもしれない。また機会があれば話そう」
その数行は、ほとんど境界線だった。
悠真にも意味はわかった。
彼は慌てた。
指が画面を叩く速度は、考える速度より早かった。
「蓮、実はそんなに深刻なことじゃない」
「みんなに、君には恋人がいて、あの男はただの友人だって言えばいいんだ」
「君はずっと僕の本を読んでいるし、僕もずっと君の映画やドラマを見てきた。そう言えば、Xの人たちも絶対に疑わないよ」
蓮は一度目に読んだとき、意味をすぐには理解できなかった。
何度か読み返す。
ようやく違和感に気づいた。
これはどういう意味だ。
悠真は、この機会に自分の位置を作ろうとしているのか。
今の状況でまだ足りないとでもいうように、さらに一筆加えようとしているのか。
「君はずっと僕の本を読んでいるし、僕もずっと君の映画を見ている」
その一文は何を意味するのか。
悠真はまさか、それが相思相愛の証拠だと思っているのか。
考えれば考えるほど、おかしい。
蓮は過去のやり取りをさかのぼり、悠真がさっき触れた新刊の続編に目を留めた。
新刊。
あの、恋愛要素の多い『沈溺』か。
蓮は本の中の人物を思い出す。
作曲家を目指す歌手。
漫画家。
彼は思わず呟いた。
「監督を目指す俳優と、小説を書く人……」
次の瞬間、全身に鳥肌が立った。
あの二人は、自分と悠真の写し身ではないのか。
自分は他人の小説に書き込まれ、女性読者たちに日夜想像され、消費され、語られているのか。
「ちっ」
蓮はスマホを横へ投げ、自分の鈍さに腹が立った。
清司はとっくに、悠真の気持ちは普通ではないと警告していた。
あのときは夢喰いの影響があったから、怪異のせいだと思っていた。だが本当の問題は、もしかすると最初から悠真自身にあったのかもしれない。
長いメッセージを送っても返事がない。
悠真は不安になり、続けて何通も送った。
ベッドのそばで、スマホが何度も震える。
蓮はその音を聞きながら、そんな思惑で自分と付き合ってきたのかと思い、胸の中に嫌悪だけが残った。
スマホを開くと、次々に届いたメッセージが並んでいる。今すぐブロックしたい衝動に駆られた。
だが実行する前に、着信画面が明るくなった。
表示名は、森崎悠真。
まだ電話までしてくるのか。
蓮はすぐに切った。
続けてかかってこないよう電源を切ろうとしたところで、また着信が入った。
「コンコン」
ノックの音がした。
「どうぞ」
律がドアを開けたとき、蓮は明らかに苛立った顔で、乱暴に通話を切っていた。
「どうした?」
蓮は律へ笑ってみせた。
「なんでもない。迷惑電話」
律はスマホの画面を一度見て、また蓮へ視線を戻した。
蓮はさらに気まずくなった。
通話はまた切れる。
「僕に用?」
電源を切ろうとした瞬間、画面がまた光った。
律は眉を上げた。
「迷惑電話が、そんなに連続でかかってくるとは聞いたことがない」
彼は蓮を見下ろす。
「しかも、名前まで登録されている」
蓮の顔に、気まずさが濃くなる。
律が手を出した。
「貸せ」
この状況では、たしかにほかにいい手がなかった。
蓮はスマホを渡した。
「相手は何をしている人間だ?」
蓮は少し唇を結ぶ。
「知っているかはわからないけど」
「小説を書いている人」
律は頷き、通話に出てスマホを耳に当てた。
「蓮! ごめん、さっきはあんなこと言うべきじゃなかった。怒らないで、お願いだから怒らないで」
律は無表情で、最初の一言を聞き終えた。
それから冷たく口を開く。
「もう電話をかけるな」
電話の向こうの悠真が固まった。
蓮ではない。
「あなたは誰ですか?」
相手が蓮ではないと気づいた途端、声の調子が変わった。
律は少し笑いたくなった。
「俺が誰か、おまえに関係あるのか?」
「蓮に代わってください。話があるんです」
律は回りくどい会話をする気がなかった。
「これ以上、佐伯蓮に電話で付きまとうなら、警察か弁護士に相談する必要がある」
その声は、怖いほど冷静だった。
「ついでに、おまえの小説が他人の私生活を悪意ある形で示唆していないかも確認できる」
「それは、おまえが望むことではないだろう?」
電話の向こうは、急に静かになった。




