壊れた隣のお兄さん
清司は蓮を見つめた。
その目は澄んでいて、まっすぐだった。大した攻撃力もない、ただの人間に過ぎない。清司の力なら、片手で命を終わらせられる。なのにその目に見つめられると、彼は拒絶の言葉をうまく出せなかった。
最後に、彼は冷たく鼻を鳴らし、その姿を音もなく消した。
蓮は長くため息をつき、ベッドの端へ腰を下ろした。
本当に、毎日毎日、何が起きているのだろう。
壁の向こうで、清司はそこにもたれながら、眉を寄せて低く呟いた。
「強がりめ」
宵宮朔の気配を感じてから、清司はすぐに追った。
だが結局、またしてもある飲食店の近くで、すべての気配が途切れた。
いつも通り、あと少しのところで届かない。
そして、ちょうどその時、清司は朝比奈旭を見た。
実のところ、清司は朝比奈旭の顔を知らなかった。ただ、旭の向かいに座っていた男が、蓮の名を口にしたのを聞いただけだった。
「どうなってもいい。必ず佐伯蓮を潰せ」
旭の表情には苛立ちがあった。
「あいつはいったい何なんだ。ただの出てきたばかりの俳優だろ。俺を脅かすほどか?」
向かいの男は声を落とした。
「今の伸び方なら、君を抜くのは時間の問題だ」
「あいつが?」
旭は笑い話でも聞いたように笑った。
男がさらに何か言おうとしたが、清司にはもう聞く気がなかった。
彼は通行人の手を借り、熱いコーヒーをテーブルへこぼさせた。さらに混乱の中で、落ちたトレイと割れたガラス片が、二人の顔をかすめるように仕向けた。
致命傷ではない。
だが、痛みを味わわせるには十分だった。
蓮が言ったような後果など、清司にはどうでもよかった。
朝比奈旭に何が起きても、自分には関係ない。
無関係な者など、死んでも眉ひとつ動かさない。
翌朝、蓮が目を覚ますと、全身が痛んだ。
昨日は悠真のサイン会を手伝って午後いっぱい立ち、さらに清司と大喧嘩までした。身体は空っぽになったようだった。彼は起き上がって伸びをし、何気なくテレビをつけ、芸能ニュースのチャンネルに合わせた。
画面に、刺すような見出しが現れた。
「人気俳優・朝比奈旭、飲食店で悪質な被害。顔に怪我」
蓮の眠気は一瞬で飛んだ。
映像は病院の入口へ切り替わる。
病室の中ではない。地下駐車場の外に設けられた簡易取材エリアだった。記者たちは警備員に止められ、カメラは激しく揺れている。近づこうとした者は、スタッフにすぐ遮られた。
「朝比奈さん、今回の怪我は事故ですか。それとも報復という噂は本当ですか?」
「今後のスケジュールに影響はありますか?」
「一部広告が同じ事務所の若手に移ると聞きましたが、本当でしょうか?」
画面が切り替わり、旭は病室の中にいた。
顔に包帯を巻き、表情は暗く沈んでいる。
次の瞬間、きびきびしたスーツ姿の女性が扉を開けて入ってきた。
高橋真紀。
業界では鉄面皮のチーフマネージャーとして有名な人物だった。判断は早く、ミスをした芸能人には容赦しない。会社が旭を彼女に預けたということは、この不安定なドル箱を本気で管理し直すつもりなのだろう。
彼女は扉を閉め、旭がベッド脇のお菓子をつまんでいるのを見るなり、眉を寄せた。
「怪我をしているのに、勝手に食べるの?」
旭は口を開きかけた。
普通のスタッフなら、彼はとっくに怒鳴っていた。けれど目の前の女性は、簡単に怒鳴れる相手ではない。
高橋真紀はそのお菓子を取り上げた。
「しばらく食事制限。顔の傷は治りが悪いと困るから、スケジュールも後ろへずらす。いくつかの広告は、先に別の人へ回す」
旭の顔色が変わった。
「別の人へ回す?」
「真紀さん、俺は続けられます」
「何を使って撮るつもり?」
高橋真紀は彼を見下ろした。声に遠慮はない。
「今のあなたの商業価値は、その顔に大きく乗っている。その顔が傷ついた今、ブランド側がどうしてリスクを取ると思う?」
旭の顔は青くなったり白くなったりした。
「このまま撮影しても、ファンは好きでいてくれる。会社だって稼げるはずです」
高橋真紀は冷たく笑った。
「会社から、あなたは気性が荒く、自信過剰で、物事の分別がついていないと聞いていた。私は少し大げさだと思っていたけれど」
彼女は旭を見た。目には温度がない。
「今見ると、表の人設とは正反対ね」
旭は世間では、優しい隣のお兄さんのようなイメージで売っていた。
だが私生活では、ファンと会社に持ち上げられ、いつしか自分が替えの利く存在ではないと思い込んでいた。
「だから何だっていうんですか」
旭は歯を食いしばった。
「会社に金を稼がせているなら、それで十分でしょう」
「まさか今のあなた一人で、会社全体を支えられるとでも思っているの?」
高橋真紀は彼を見て、あきれたように言った。
「会社はあなたがいなければ回らないと、本気で思っているの?」
旭はまだ反論しようとした。
だが高橋真紀は、もう説教を続ける気もなさそうだった。
「これからあなたは私の管理下に入る。私の指示に従いなさい」
そこで彼女の目がさらに鋭くなる。
「それから、この件がどういうことなのかは、田島恒一に聞けばわかるでしょう」
田島恒一。
その名を聞いた瞬間、旭の眉が抑えきれずに動いた。
蓮に手を出すべきだと最初に提案したのは、その男だった。
旭の前任マネージャー。
あるいは、今では会社が切り離そうとしている人間と言ったほうが近い。
田島の口は固い。
だが高橋真紀が直接問いただすなら――。
旭の胸に、初めて不安が浮かんだ。




