フラッシュに囲まれた傷口
夜の現場は薄暗かった。
蓮は自力で這い上がってきたうえ、全員の注意は旭に向いていた。伊織のあの叫びが落ちて初めて、誰もがやっと思い出したようだった。さっき本当にワイヤーなしで身体を張ったのが誰だったのかを。
スタッフが慌ただしく蓮の周りへ集まってきた。
蓮は顔を押さえていた。血はすでに手の甲まで赤く染めている。彼は眉をひそめたが、最初に気にしたのは傷ではなく、伊織に大声を出すなということだった。
「そんなに騒ぐな」
伊織の目は赤くなっていた。
「騒がずにいられるわけないでしょう」
蓮は大丈夫だと言おうとした。けれど口の端を少し動かしただけで、頬の痛みが裂けるように込み上げた。
彼は撮影所の出口へ運ばれた。
そこで彼を待っていたのは、静かな救急通路ではなかった。無数のスマートフォン、レンズ、そしてフラッシュだった。
外のファンは事故を見て、すでに混乱していた。泣いている人もいれば、旭くんと叫んでいる人もいる。支えられて出てきた蓮が救助した本人だと気づいた者もいた。芸能媒体と代行撮影の人間はさらに敏感で、レンズはほぼ同時に蓮の顔へ向けられた。
夜の中で光るフラッシュは、あまりにも刺々しかった。
蓮の視界が一瞬、白く飛んだ。
伊織が何かを叫ぶ声も聞こえた。誰かが救急車を呼ぶ声もした。次の瞬間、身体が横へ傾き、意識は完全に沈んだ。
目を覚ますと、最初に見えたのは白だった。
白い天井。白いカーテン。白い壁。そして白衣を着た医師。
蓮は医師を数秒見つめてから、自分が病院にいるのだと気づいた。
伊織は外で電話を終えて戻ってきたところだった。蓮が目を開けたのを見るなり、目元を赤くする。
「蓮さん……」
蓮は手を上げて顔に触れようとしたが、医師に止められた。
「処置したばかりです。しばらく触らないでください」
左頬の大部分はガーゼで覆われていた。背中にも数か所、擦り傷と打撲がある。形成外科医の診察も済んでいたが、見通しは明るくなかった。傷は命に関わるものではない。けれど場所が悪く、範囲も小さくない。今後修復手術をしても、完全に痕が残らないとは言い切れない。
伊織はその言葉を、どう蓮に伝えればいいのかわからなかった。
蓮は最初から察していたようだった。
「監督、代役を立てたか」
伊織は固まった。
「あの、蓮さん。今はそれを考えないでください。事務所がまた探します」
「いい」
蓮は目を閉じた。
「ちょうど少し休む」
あまりにも静かな言い方だった。
伊織の胸には、何かが詰まったような重さが広がった。
休みたくなくても、休むしかなかった。今はまだ病院のベッドにいる。それ以前に、傷が回復したところで、顔の状態が読めない俳優を短期間で使おうとする制作側はないだろう。
ネットはすでに大きく動いていた。
「佐伯蓮、朝比奈旭を救助」「時代劇撮影中にワイヤー事故」「朝比奈旭、崖落ち寸前」といった話題が、次々にXのトレンドへ上がった。蓮の判断を称える声もあれば、過去作を掘り返す人もいる。その一方で、アクセス数だけを狙うネット媒体は傷をどんどん大げさに書き立て、「顔面に重傷」「緊急搬送」「俳優生命の危機」などという見出しまで使っていた。
実際のところ、医師は傷の処置をし、点滴を入れ、経過観察のために入院させただけだった。
蓮は点滴の瓶を見上げた。
透明な液体が一滴ずつ落ちていく。規則正しすぎて、少し退屈にすら感じる。
このところ、本当に休めていなかった。連続する夜撮影、事務所に入れられた小さな番宣、雑誌の追加撮影、そしてほとんど誰も見ていないようなネット番組。予定は細かく、途切れなく詰め込まれていた。
事務所が蓮を売りたくないわけではない。
ただ、力の入れどころがいつも少しずれていた。
伊織はベッドの横に座り、スマートフォンを強く握っていた。
「蓮さん……」
「お前のせいじゃない」
蓮は目を開けないまま言った。
「これは誰のせいでもない。その場でできることをしただけだ」
伊織はうなずいたが、喉の奥はさらに詰まった。
事務所はタレントの価値によって今後の投資を決める。それを伊織も知っているし、蓮も知っている。慰めたいのに、蓮は挫折にも機会にもあまりに冷静だった。その冷静さの前では、どんな慰めも軽く聞こえてしまう。
病室は静かになった。
一睡もしていないうえに緊張が続いた伊織は、ベッド脇に座って間もなく、耐えきれずに伏せて眠ってしまった。眠りは浅く、眉間にはしわが寄ったままで、呼吸も少し乱れている。
蓮は目を開け、しばらく彼を見ていた。
眠っている伊織の手が、無意識に蓮の腿の上へ乗っている。
蓮はその手をどけなかった。ただ、背中に穴の開いた自分の外套を苦労して引き寄せ、そっと伊織の肩にかけた。
この二日間、伊織は蓮について走り回りっぱなしだった。本当に疲れている。
ほかのマネージャーなら、こういう時は病室を病院と事務所に任せ、自分は先に帰って休んでいたかもしれない。けれど伊織は、自分が離れた瞬間に蓮に何か起きるとでも思っているように、片時もそばを離れなかった。
蓮は動かなかった。
伊織を起こしたくなかったからだ。
伊織が着信の振動で目を覚ましたとき、蓮の脚はほとんど感覚を失っていた。
伊織はぼんやり顔を上げ、画面の着信表示を見てすぐに覚醒した。
「高橋さん。はい、病院にいます」
彼は蓮を一度見て、声を落とした。
「少し後ですか。今ですか。わかりました、確認します」
電話を切ると、伊織は蓮の背にクッションを入れてベッドを起こした。
「旭くんが、お見舞いに来たいそうです。高橋さんが、提携している媒体の人を一人連れてくるかもしれないと。十分だけの取材にするそうです」
「媒体か」
蓮は眉を寄せた。
そこまで病室に持ち込まなければならない話なのか。
病院の下にはすでに何人か記者が来ていて、止められている。事務所の広報は病院側と連絡を取り、病棟には近づけないよう調整していた。旭側はというと、記者を病室へ入れようとしているらしい。
伊織は蓮がこういうことを好まないと知っていた。声にも少し困惑が滲む。
「高橋さんとしては、お見舞いを見せて世論を落ち着かせたいんだと思います。旭くんは救われた側ですし、まったく顔を出さなければ冷たいと言われかねません。こちらが断っても、向こうの一部のファンに言質を取られます」
蓮はしばらく黙った。
「十分だけだ」
伊織はほっとして、すぐに高橋へ返信した。
メッセージを送ってすぐ、階下から押し殺した悲鳴のような声が上がった。
蓮は窓の外を見た。
彼らはこれから来るのではなかった。すでに病院の下で待っていたのだ。
三分後、病室の扉がノックされた。
伊織は蓮を一度見て、扉を開けた。
「高橋さん、朝比奈さん」
旭が扉の前に立っていた。画面の中で見るより顔色が白い。後ろには高橋真紀、そのさらに後ろには若い女性記者がいた。化粧は整っており、手にはICレコーダーと小型カメラを持っている。
「はじめまして、佐伯さん」
女性記者は軽く頭を下げた。
「『週刊セブン』芸能担当の井上沙耶です。取材をお受けいただき、ありがとうございます」
蓮はベッドにもたれ、顔の半分をガーゼで覆われていた。見えている片目は、いつもと同じように静かだった。
「どうぞ」
彼は旭を見た。
「旭くんも座って」




