仮死症
柳田は庭で薪を運んでいた。
直前まで、佐野と笑いながら話していた。
次の瞬間、彼は突然目を閉じ、まっすぐ地面へ倒れていく。
蓮の胸が締めつけられた。
清司が手を上げ、風を呼んで柳田の身体を支えた。そうでなければ、彼は頭から地面に打ちつけられていただろう。
番組スタッフは一瞬で大混乱になった。
本来なら、ゲストが収録中に突然倒れた時点で、すぐに一一九番へ通報すべきだった。だが奇妙なことに、ディレクター陣は何かに影響されているかのように判断を先延ばしにした。結局、同行医療スタッフと近くの診療所の医師を呼び、簡単な診察のあと「過労だろう。しばらく様子を見よう」と言わせただけだった。
蓮はそばに立ち、眉をひそめた。
最初、昨夜の夢喰いが柳田に影響したのかと思った。だが清司は首を振った。
違う。
蓮は近づき、柳田の手首に触れた。
異常なほど冷たい。
普通の低体温ではない。死に近い冷たさだった。けれど柳田には呼吸も心拍もある。ただ極端に遅く、何かに仮死状態へ引きずり込まれているようだった。
蓮は発見したことをスタッフに伝えようとした。
だが、彼らの反応は奇妙だった。
まるで、言葉が届いていない。
「佐野さん、どうしましょう」
佐野は心配していた。けれど彼も番組側の空気に引きずられ、無理に落ち着こうとしている。
「しばらく様子を見よう。医者がそう言うなら、大丈夫だろう」
そう言いながら、彼は蓮に家事を手伝わせ始めた。番組の進行さえ続けば、本当に大きなことにはならないとでも思っているようだった。
違和感はますます強くなった。
夜八時、柳田は一度だけ目を覚ました。
彼は何も言わず、粥を数口食べただけで、再び眠り込んだ。
蓮は入口に立ち、清司がずっと柳田のそばに座っているのを見て、とうとう我慢できなくなった。
「いったい、どうなってるの?」
清司は時間を見た。
「すぐにわかる」
そう言って立ち上がる。
指先から細長い狐爪が伸び、そっと柳田の眉間に触れた。
柳田の眉間から、赤褐色の血が少し滲む。
そのあと、米粒ほどの小さな虫が皮膚の下から這い出した。
蓮の背筋が冷えた。
「これは?」
「呪虫」
清司は淡々と言った。
「野生のものだ」
蓮はすぐに手札で見た記述を思い出した。
虫憑き。
人間の体内に寄生し、行動や生死を操る怪異の一種。呪虫に入られた人間は、二十四時間以内に仮死段階へ入る。低体温、呼吸低下、長時間の嗜眠。虫が体内で産卵するまで放置すれば、宿主は巣にされる。
そのとき、身体は内側から少しずつ食い空かされる。
呪虫を外へ出すには、母虫が二度目の摂食に入る直前、もっとも弱る時間まで待たなければならない。
清司はその時間を待っていたのだ。
柳田が何度か咳をして、ぼんやりと目を開けた。
「俺……どれくらい寝てた?」
彼はなぜ眠っただけで夜になっているのか、なぜ身体が空っぽになったように疲れているのか、まるで理解していないようだった。
蓮は掌の中でうごめく小さな虫を見つめ、一瞬どう処理すべきかわからなかった。
最終的に、紙で包み、そのまま潰した。
こんなものを、二度と誰かに害させるわけにはいかない。
「柳田さん、ゆっくり休んでください」
蓮は声をやわらげた。
「あとのことは僕たちがやります」
言い終えると、柳田はまた眠った。
今度は、呪虫に体力を奪われたあとの深い疲労だった。
蓮はディレクターを見た。
ディレクターの表情はどこか不自然だった。
彼がどこまで見ていたのかも、怪異に判断を鈍らされていたのかも、蓮にはわからない。最終的に、何も追及しなかった。
番組の収録期間は一か月だった。
長すぎるわけでも短すぎるわけでもない。撮って出しに近い形で放送が進んでいたため、蓮が収録を終えて帰るころには、自分の注目度がまた一段上がっていることに気づいた。メディアは彼を「国民的弟」と呼び始め、ファン層も以前より広がっている。
その後、代言、広告、バラエティの依頼はさらに増えた。
ファンに会う機会も増え、清司が朔を探す機会も増えた。
けれど、それ以降、早乙女律には会えなかった。
蓮は大学側を通して律の予定を確認しようとしたが、彼は長期休養と海外合宿の手続きを済ませ、英国へ向かっていた。次の世界的大会に向けた閉鎖トレーニングだという。
幸い、トレーニング施設でもテレビやネットは使える。
少なくとも、朔が蓮を見る機会はまだある。
清司はそれについて多くを語らなかったが、明らかに不満そうだった。
ドラマで得た露出は、結局一時的なものだ。
蓮は映画の脚本を受けることにした。
映画は宣伝期間が長く、スクリーンに出る機会も増える。俳優人生を一作のヒットドラマだけで終わらせないためにも、次の一手として必要だった。伊織は彼のために、よくできた脚本を選んだ。
それは教師の視点で進む青春群像映画だった。
中絶や泥沼恋愛、泣き叫ぶだけの恋愛物ではない。ひとつのクラスにいる少年少女たちが、それぞれ違う人生を選んでいく物語だった。恋をして別れる者、卒業後に結婚する者、分かれ道に立ち、もう二度と振り返らない者。
蓮が演じるのは、成績優秀だが恋愛に不器用なガリ勉の少年だった。
彼はひとりの女の子から猛アプローチを受け、最初は困惑して成績まで落ちる。やがて教師、両親、現実の重圧の中で揺れながら、最後にはその女の子とともに名門大学へ合格する。
地味に見えて、細部が問われる役だった。
蓮にとって、これは初めて本格的に主演する映画でもあった。
彼は脚本に非常に真剣だった。目線を上げるタイミング、ペンを握る手、話しかけられたときのわずかな間まで、何度も考えた。前半の優等生らしい雰囲気はうまく掴めたが、あるキスシーンの反応で行き詰まった。
作中、女の子が突然彼にキスをする。
少年が見せるべき反応は、照れ、戸惑い、驚き、そしてまだ自分でも理解できていない小さなときめき。
蓮は白い壁に向かって五回練習した。
「君、どうして……」
どうしても声の出し方が違う。
六回目に入る前に、清司がついに苛立った。
彼は蓮を壁際へ押しやり、肩を押さえる。
「うるさい」
蓮は自分に非があるとわかっていた。
「もう少し小さな声でやる」
清司は手を離さなかった。
「おまえ――」
言い終わる前に、清司は身を屈め、蓮に口づけた。
柔らかく、冷たい。
月明かりが唇に落ちたようだった。
蓮の頭の中が、一瞬真っ白になる。
清司が離れてから、ようやく我に返った。
「何をしてるんだ」
清司はベッドの端に戻って座り、唇を舐めた。まるで余韻を味わっているようだった。
「感覚をつかませてやった」
その認識に、蓮の顔が一気に熱くなる。
しばらく言葉が出なかった。最後には勢いよくドアを開け、キッチンへ走って大きなコップ一杯の水を飲み、ようやく頬の熱を少し下げた。
清司は逃げるように去った蓮の背中を見て、ゆっくりと目に興味を浮かべた。
ようやく反応を見せた獲物を見つけたような目だった。
認めざるを得ない。
このやり方は、確かに役に立った。
映画撮影の本番で、蓮は突然キスされた純情な少年の戸惑いを見事に演じた。監督は取材の中で、蓮は役の細部理解が非常に繊細だと何度も褒めた。
映画はドラマと違い、すぐに公開されるわけではない。
蓮も焦っていなかった。
現在の彼には、出演依頼もバラエティも十分詰まっており、露出が不足しているわけではなかった。
ただ、なぜか宵宮朔の消息だけは依然としてなかった。
蓮はXを眺め、テレビもつけた。
彼の知名度は以前とは比べものにならないほど高くなっていた。顔だけでファンを集める生まれつきの流量俳優にはまだ及ばないが、若い視聴者から中高年層まで、彼の名前を知る人は明らかに増えている。
森崎悠真も、もう気軽に蓮を外へ誘うことはできなくなった。
蓮が住宅街を出れば、撮られたり、気づかれたり、人に囲まれたりする可能性が高い。伊織は毎日、動線とスケジュールを何度も確認し、少しの事故も起きないよう神経を尖らせていた。
時間が経つにつれ、清司の忍耐も少しずつすり減っていった。
これほど時間が経っても来ない。
朔は本当に何かあったのか。
だが早乙女律からは、朔の匂いがはっきりしていた。しかも非常に近い関係の気配だった。魂が散った痕も、飲み込まれた匂いもない。
朔に何かあったとは考えにくい。
だが無事なら、なぜ一向に現れないのか。
待っているあいだに、蓮の出演した映画が相次いで公開された。
どれも評判は悪くなかった。メディアは彼を「脚本選びのうまい俳優」と呼び、長年の沈黙は今一気に花開くためだったのではないかと言う者もいた。
ある取材で、蓮は照明の下に座り、司会者の質問に答えていた。
彼は舞台袖を見た。
清司は相変わらず冷たい表情で立っている。会場の拍手も、カメラも、花束も、彼には命のない置物にしか見えていないようだった。
蓮も焦り始めていた。
これほど時間が経っても、宵宮朔は現れない。
こんな生活には、うんざりしてくる。
彼は眉をひそめたが、カメラが向くとすぐに笑みを整えた。
インタビューが終わり、帰宅してようやく休めると思ったところで、伊織からの電話が彼を現実に引き戻した。
「蓮、今すぐXのトレンド見て!」
蓮はパソコンを開いた。
細かく見るまでもなく、トレンドの一位が目に飛び込んできた。
「人気俳優・佐伯蓮、旧財閥の隠し子か。母親は銀座クラブのホステスだったとの噂」
添えられていたのは、世田谷の旧宅の外観写真だった。
伊織の声は、電話の向こうで怒りに震えていた。
「ひどすぎる。今すぐ広報アカウントで反論させる!」
「やめて」
蓮の声は淡かった。
「根も葉もない話に、感情的になる必要はない。下手に火消しを頼めば、むしろ認めたみたいに見える」
彼は他人が自分をどう言おうと気にしていない。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
だがこの黒い噂は、両親にまで触れている。
嘘だとしても、不快ではあった。
「会社が対応する」
伊織の声が少し低くなった。
「蓮、絶対に怒らないで」
電話を切ると、すぐに森崎悠真から電話が入った。
「蓮、あんな変な話、見ないで」
悠真の声はいつもの調子ではなく、明らかに焦っていた。
「何があっても、俺は最初に蓮の味方をするから」
蓮はしばらく黙った。
「ありがとう」
「いやいや、当然だよ」
悠真は、自分の真剣さが蓮の負担になるのを恐れたように、わざと明るく笑った。
「蓮、俺はいつだって最後の港になるから」
蓮はその言葉を聞いて、少し心を動かされ、同時に少し困った。
それから数日、黒い噂の熱は下がらなかった。
いわゆる「関係者」を名乗る投稿まで現れ、世論を少しずつ誘導していく。事務所の広報は、なかなか有効な対応を打てなかった。
蓮は一週間もすれば自然に消えると思っていた。
だが、新しい暴露が続いた。
誰かが、蓮と人気女優の倉科千景が写った写真を流し、二人が密かに交際していると匂わせた。
その瞬間、ネットは完全に爆発した。




