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この妖狐、距離が近すぎる――契約俳優は逃げられない  作者: 熾星


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14/24

キャンパス取材

 車の中で、伊織は運転しながら何度もバックミラー越しに蓮を見た。


「蓮、さっき人に気づかれて、気分悪くなった?」


「違う」


 蓮は後部座席にもたれ、袖で左腕を隠していた。


「ちゃんと運転して。僕は大丈夫」


 清司は彼の隣に座っていた。顔色はまだ青白い。表面上は苦しそうに見せていなかったが、蓮には彼の気配が乱れているのがはっきりわかった。


 これも血契によるつながりなのだろう。


 守護妖と契約者は、完全に切り離されているわけではないらしい。


「大丈夫なの?」


 蓮は小声で聞いた。


 清司は窓の外を見た。


「平気だ」


「造化神って誰?」


 清司がようやく反応した。


 少し沈黙し、右手で胸の前に浅く線を引く。


「隠り世の源のひとつだ」


 蓮はさらに聞こうとした。


 清司は目を閉じる。


「知りすぎても、おまえのためにならない」


 それきり、彼は何も話さなかった。


 取材先は都内の体育大学だった。


 これは『雲中縁』とキャンパス開放日のコラボ企画だ。俳優たちは臨時転校生のように学生と一緒に体験授業を受け、部活動を見学し、食堂で昼食を取り、午後には講堂でインタビューを受ける。


 日本の学校イベントは、通常のバラエティ収録よりも手順が厳しい。


 事務所と大学側は事前に動線を確認し、参加する学生も応募制で選ばれていた。それでも現場には、スマホを手にした学生が大勢集まっている。


 午前の授業体験と取材は順調に進んだ。


 蓮は多くのファンを得たが、朔の気配は見つからなかった。


 昼休みになってからだった。


 予定では、俳優たちも学生と同じように食堂で食事をすることになっていた。


 食堂は人でいっぱいだった。


 蓮はトレーを持って半周ほどしたが、空席が見つからない。学生たちは彼を見て、小さく悲鳴を上げたり、スマホをそっと構えたりしていたが、声をかける勇気はないようだった。


 一方、早乙女律はトレーを持って隅の席に座っていた。


 彼は今日、母校で田径部の広報に一時的に協力しているだけだった。日本の中長距離界でここ数年最も期待されている選手のひとりであり、その行動はどうしても学生の注目を集める。人目を避けるため、わざと壁際の席を選んでいた。


 朔はその隣に座っていた。


 普通の人間には見えない。


 だが律には見える。


「芸能人が学校に来ると、面倒だな」


 律は小さくぼやいた。声には本気の不満はなかった。


 朔は隣で、指先で軽く律の手の甲を叩く。


「おまえも似たようなものだろ。久しぶりに学校へ来たんだから、見たい人は多いんじゃないか?」


 律は笑った。


「俺を見たって仕方ないだろ」


 彼は顔を少し傾け、声をさらに低くした。


「見てほしいのは、おまえだけだ」


 朔は返事をしなかった。


 ただ視線をそらしただけだが、耳のあたりが少し赤くなっていた。


 律がさらに何か言おうとしたとき、スマホが震えた。


 コーチからだった。


 隣県で行われる重要な招待レース前の調整へ急きょ参加するよう、連絡が入った。車はすでに校門の外で待っており、すぐに向かわなければならない。


 律は眉をひそめた。


「今からですか?」


 相手が何か言った。


 彼は朔を見て、最後には箸を置いた。


「わかりました。すぐ行きます」


 朔も立ち上がる。


「行こう」


 二人が食堂を出るとき、朔はふと一度だけ振り返った。


 そのわずか数分後、清司が眉をひそめながら、その方向へ一歩ずつ歩いてきた。


 蓮は清司に何か起きたのではないかと心配になり、後を追う。


 ちょうど隅の二人席が空いたところだった。


 蓮が座ろうとした瞬間、清司が手を伸ばし、椅子の背をそっと撫でた。


「彼の匂いだ」


 蓮は一瞬動きを止めた。


「探してる人は、この学校の学生なの?」


 清司はすぐには答えなかった。


 その気配は淡い。


 けれど確かに存在した。


 少し前、宵宮朔はここに座っていた。


 蓮の胸が少し軽くなる。


 範囲をこの大学まで絞れるなら、大海原から探すよりはずっといい。今日見つかるかもしれないし、近いうちにこの血契から解放されるかもしれない。


 けれど彼は知らなかった。


 早乙女律と宵宮朔は、ほんの数分前に出ていったのだ。


 あと少しだった。


 午後、俳優たちは講堂でインタビューを受けた。


 授業のない学生たちが、ほとんど席を埋めていた。司会者は流れに沿って、キャンパス体験、作品の役柄、俳優たちの学生時代について質問していく。


「大学生活は、僕にとって少し心残りのある部分です」


 蓮はマイクを受け取り、穏やかに答えた。


「今回、一日だけでも体験できて、大学と番組スタッフの皆さんに感謝しています」


 会場から拍手が起きる。


 蓮はその間も清司を気にしていた。


 清司は舞台脇に立っており、顔色は先ほどより少しよくなっている。その反応を見るかぎり、客席に朔はいないようだった。


 司会者がふいに話題を変えた。


「佐伯さんは以前、撮影現場で朝比奈さんを助けようとして、顔に怪我を負いかけたそうですね。それは本当ですか?」


 マイクが蓮へ渡される。


 客席の学生たちが一気にざわめいた。


 当時、蓮はまだ本格的に売れていたわけではなく、現場事故の話題はすぐに別のニュースに流されていた。今『雲中縁』が放送され、人気が上がったことで、その件が再び掘り返されたのだ。


 蓮は事故の細部を軽く説明し、病院への見舞いや朝比奈旭の複雑な態度については触れなかった。


 司会者は感情の掴み方がうまかった。


「危機の中でも冷静に、男主役を助けた」


 彼女は客席に笑いかける。


「それは浅野真澄と佐伯蓮、両方に通じる魅力かもしれませんね」


 講堂に大きな拍手が起きた。


 その後の宣伝は非常に順調だった。


 数日後、蓮が人を助けて顔に怪我を負いかけた件はメディアに再び取り上げられた。一部のネットメディアは尾ひれをつけ、「修行者のように不思議な力を持つ俳優」といった大げさな見出しまでつけた。伊織はそれを見て眉をひそめたが、蓮は特に気にしなかった。


 熱度が上がってから、彼は劇組とともに多くのバラエティや取材へ出演し、インタビューも受けた。


 清司にとって、それらはすべて人探しの機会だった。


 だが、いつもあと少しで届かない。


 何度もその気配に近づいたのに、なぜか毎回すれ違う。


 清司の忍耐は、目に見えて削られていった。


 ある夜、彼は机を拳で叩いた。


 木の机が鈍い音を立てる。


 もう十数日が経っている。


 蓮は毎日のように違う場所へ行き、違う人々と会っているのに、宵宮朔には会えない。


 朔は自分を避けているのか。


 そう考えた瞬間、清司は自分で否定した。


 朔が避けるはずはない。


 少なくとも、避ける理由はない。


 やがて、新しい機会が来た。


 有名歌手の桐生遥斗が、蓮を自分のライブゲストに招いた。彼は音楽チャート上位の歌手で、コンサートはほぼ毎回完売。数万人規模の会場も埋められる。


 蓮はすぐに承諾した。


 その夜、彼はきちんと衣装を整えて出席した。


 ステージの照明が頭上から降り、ファンの歓声が会場を揺らした。蓮はステージ端に立ち、短いトークと演出をこなしてから楽屋へ戻った。


 清司は人混みを一通り探した。


 いない。


 蓮は彼の目に浮かんだ失望を見て、珍しく慰めようとした。


「もしかしたら、音楽やドラマが好きじゃないのかもしれない」


 蓮は少し考えて言った。


「深夜のバラエティしか見ないタイプとか」


 清司は冷たく蓮を見た。


 笑わない。


 蓮も黙った。


 そのとき、ステージ上方の照明トラスが大きく揺れた。


 最初に異変に気づいたのは蓮だった。


「まずい」


 彼はステージ前へ走り、すでに手を上げていた。誰かに見られてもいい。覚えたばかりの術を使うつもりだった。


 だが、彼より早い者がいた。


 空中に一輪の薄桃色の蓮が咲く。


 花弁が落ちかけた照明トラスを受け止め、ゆっくりと地面へ下ろした。その後、蓮の花は金粉となって舞台照明の中へ消えていく。


 ファンたちは一斉に叫んだ。


 それをコンサート用の特殊演出だと思い、スマホを掲げて撮影し始める。スタッフでさえ、その場で立ち尽くした。まるで道具チームが隠し演出を用意していたのかと思ったのだ。


 蓮は清司を見た。


 清司の表情は冷たいままだ。


 彼は口では決して認めない。人間の生死など自分には関係ないとも言う。だが本当に事故が起きそうになると、必ず手を出す。


 こういう方法で人を探すのが大海原を探すようなものだと気づいてから、蓮は清司に別の手段を提案しようとしたことがある。


 たとえば、警察に届けるとか。


 考えた直後、自分でも馬鹿げていると思った。


 清司が探しているのは普通の失踪者ではない。


 もう一人のあやかしだ。


 警察が役に立つはずもない。


 だから蓮は引き続き、さまざまなイベント、ファンミーティング、取材、広告撮影に参加した。自分の顔をできるだけ多くの場所に出すために。


 清司は言っていた。カメラはときどき、隠り世の生き物を写す。ただし普通の人間には見えない。朔が蓮の写真を見て、映像を見て、そのそばに立つ清司を見れば、必ず気づくはずだと。


「佐伯さん」


 あるブランド取材で、キャップとマスクをつけた記者が突然質問した。


「以前の佐伯さんは非常に控えめで、公式宣伝にもあまり参加されていませんでした。なぜ今になって、これほど頻繁にドラマや広告を受けるようになったのでしょうか」


 事前に共有された質問表にはない内容だった。


 伊織は台下に立ち、いつでも止めに入れるように身構えた。


 蓮はその記者を見て、落ち着いて笑った。


「以前の僕は、面倒を避けたくて、あまり公の場に出たくありませんでした」


 少し間を置く。


「今は、きちんと芝居をしたいと思っていますし、作品宣伝の一部を担うことも、俳優の仕事だと考えるようになりました」


 カメラが彼に向く。


 蓮は続けた。


「広告や代言についても、事務所と相談して決めています。ご関心をお寄せいただき、ありがとうございます」


 伊織は息を吐いた。


 蓮の答えは見事だった。


 嘘はついていない。


 それでいて、相手に追撃の隙を与えていない。


 一か月後、テレビ局から蓮に、スター料理生活バラエティへの出演依頼が来た。


 収録地は長野県郊外の村落だった。固定出演者が田舎の一軒家で一定期間暮らし、毎回ゲストを招いて料理をしたり、農作業をしたり、客をもてなしたりする番組だ。


 人探しに直接つながる企画ではない。


 だが、番組には多くの素人、地域スタッフ、臨時ゲストが登場する。接触範囲を広げるという意味では、これもひとつの手段だった。


 蓮は考えた末、出演を受けた。

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