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この妖狐、距離が近すぎる――契約俳優は逃げられない  作者: 熾星


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12/30

夜の御札

打ち上げは港区にある会員制レストランで行われた。


 外観は控えめだが、入口には専任のスタッフが立っている。廊下には厚いカーペットが敷かれ、両側の壁には現代アートが飾られていた。個室の照明は柔らかく、長いテーブルには繊細な料理が並び、グラスは人影が映り込むほど磨き上げられていた。


 蓮が入ると、中にはすでに多くの人がいた。


 スタッフ、俳優、制作委員会の関係者、配信プラットフォームの代表、それから水野がわざわざ招いた業界の先輩たち。こうした場は、表向きは打ち上げでも、実際には人脈を広げる場でもある。


 水野は蓮を見ると、すぐに手招きした。


「蓮、こっちだ」


 蓮がそちらへ向かおうとした瞬間、足が止まった。


 少し離れた場所で、制作側の責任者と話している男がいた。


 深い色のスーツを着て、背筋を伸ばし、笑みはどこまでも自然だった。蓮の記憶にある姿よりも、ずっと成熟している。今の彼には、映画祭やメディアに追われる俳優らしい落ち着きと距離感があった。


 黒瀬俊也。


 蓮はほとんど本能的に視線を落とした。


 だが、相手はもう蓮に気づいていた。


「小蓮」


 懐かしい声が人混みを越えて届く。


「久しぶり」


 蓮の指先が、わずかに強ばった。


 彼はすぐに表情を整えた。顔を上げたときには、礼儀正しく、けれどよそよそしい笑みを浮かべていた。


 黒瀬は蓮の前まで歩いてきて、ほどよい距離で右手を差し出した。


 カメラの前、酒席、業界の場で、ごく標準的な挨拶の仕草だった。


 蓮はその手を見た。


 同時に、黒瀬の後ろに立つ男も目に入った。


 藤堂司。


 黒瀬の現在の恋人であり、制作や投資の背景を持つ人物でもある。二人の関係について外ではいろいろな噂があったが、本当の内情を知る人は多くない。


 蓮は手を差し出し、軽く黒瀬と握手した。


 すぐに手を離す。


「お久しぶりです」


 黒瀬は蓮を見た。


「最近、どう? 現場で事故があったって聞いた」


「もう大丈夫です」


 蓮の笑みは変わらない。


「ご心配ありがとうございます、黒瀬さん」


 黒瀬さん。


 その四文字が落ちた瞬間、黒瀬の表情が一瞬だけ固まった。


 藤堂は黒瀬の後ろで、二人の間に視線を一秒ほど置き、すぐにそらした。


 蓮はそれ以上その場に留まらなかった。


「監督にご挨拶してきますので、失礼します」


 彼は横を通り抜けた。


 足取りはいつも通り安定していた。


 胸の奥が、何かにそっと裂かれるように痛んでいることを知っているのは、蓮だけだった。


 もう気にしていないと思っていた。


 三年が過ぎ、黒瀬はかつて同じ事務所の稽古場で肩を並べていた新人から、映画祭とメディアに追われる俳優になった。蓮も、誰にも注目されない脇役ではなくなりつつある。


 二人はそれぞれ違う場所まで来た。


 けれど、時間が過ぎたからといって、本当に消えるものばかりではなかった。


 洗面所では水の音が続いていた。


 蓮は鏡の前に立ち、少しだけ乱れた自分の顔を見た。ふと笑いたくなる。


 結局、何ひとつ忘れていないのか。


 冷たい水をすくい、顔にかける。


 冷たさが顎を伝って落ちる。酒席のざわめき、黒瀬の笑み、彼の後ろに立っていた藤堂の姿が、ようやく少しだけ押し下げられた。


 結局、あれは黒瀬の選択だった。


 蓮、おまえがいつまでも気にすることじゃない。


 紙で顔を拭き、顔を上げる。鏡の中の男は、またいつもの佐伯蓮に戻っていた。冷静で、淡く、近づきにくい。


 席へ戻ると、水野は撮影中の小話をしていた。


 皆が笑い、空気はにぎやかだった。


 蓮は自分の席に戻り、周囲に合わせて杯を持ち上げた。ほんの少し口をつけただけで、すぐに置こうとする。


 酒には強くない。


 一度痛い目を見て以来、親しい人は皆、彼がほぼ一杯で酔うことを知っている。


 向かいに座っていた朝比奈旭が、突然立ち上がった。


「蓮さん」


 旭は笑みを浮かべ、焼酎の入ったグラスを持っていた。


「この間はお世話になりました。現場のことも、落水シーンのことも、いろいろ迷惑をかけました。これ、一杯だけ付き合ってください」


 言い方はうまかった。


 感謝にも聞こえ、謝罪にも聞こえる。


 周囲の視線が集まる。


 蓮が口を開く前に、周りから声が上がった。


「旭君がここまで言ってるんだから、佐伯君も飲まないと」


「これは飲まなきゃ」


「男主役と男三番手の和解って、いい画になるじゃないか」


 黒瀬の顔色が、一瞬変わった。


 彼は反射的に立ち上がりかけた。


 藤堂がその手首を押さえる。


 黒瀬は横目で彼を見た。目にはわずかな責めがあった。けれど藤堂は、静かに首を横に振る。


 ここは、彼らが蓮を庇える場ではない。


 それに今の蓮が、黒瀬の介入を受け入れるとも限らなかった。


 蓮は朝比奈旭の手の中の酒を見た。


 逃げられないことはわかっていた。


 この場で旭がここまで言っている以上、拒めば明日には「佐伯蓮、売れてから主演に冷たい」と書かれるだろう。撮影も終わったばかりで、水野に迷惑もかけたくない。


 蓮は杯を取った。


「ありがとうございます」


 彼は一気に飲み干した。


 辛い酒が喉から胃へ焼けるように落ち、熱がすぐに頭へ上っていく。杯を置いたときには、すでに視界の光が少し揺れていた。


 旭は笑って座った。


「蓮さん、やっぱり男前ですね」


 その一杯が、口火になった。


 その後も、次々に人がやってきた。


 制作側、スポンサー、俳優、スタッフ。礼儀で来る者もいれば、面白がる者もいた。ただ単純に、今注目されている蓮とつながりたい者もいた。蓮は断れるものは断ったが、断りきれないものは一口だけ飲むしかなかった。


 宴の後半には、もう周囲の声がよく聞こえなくなっていた。


 水の中を通して音を聞いているようだった。


 照明は温かな色の塊になってぼやける。


 蓮は席に座ったまま、指を杯の縁に置き、必死に意識を保っていた。酔っても、この場で失態は見せたくなかった。


 ようやく宴が終わると、蓮はテーブルに手をついて立ち上がった。


 身体は思っていた以上に言うことを聞かない。


「小蓮」


 黒瀬が歩いてきた。


「送るよ」


 蓮は顔を上げた。目には一瞬だけ茫然とした色が浮かぶ。


 まるで本当に目の前の人間を認識していないようでもあり、認識したからこそ、酒と旧い記憶のせいで一瞬だけ仮面を失ったようでもあった。


 黒瀬は手を伸ばして彼を支えようとする。


「酒が苦手なのに無理して」


 その声は、さっきよりずっと低かった。


「昔はただの小さなバカだったのに、今はどうしてそんなに自分を粗末にするんだよ」


 蓮はその手を振り払った。


 力は強くない。


 けれど拒絶は明確だった。


「あなたに何の権利があるんですか」


 その言葉が出た瞬間、周囲が一瞬だけ静まった。


 黒瀬は怒らなかった。


 ただ蓮を見つめた。


 蓮はうつむき、酒で抑えていた感情が少しだけこぼれた声で言った。


「……一緒に頑張ろうって、言ったのに」


 その先は続かなかった。


 それでも黒瀬にはわかった。


 三年前、二人は同じ場所に立っていた。


 同じ小さな事務所、狭い稽古場、安い居酒屋。演技のレッスンへ通い、誰も見ないような仕事へ一緒に行き、深夜のコンビニで半額弁当を買った。仕事も金も少なかったが、努力を続ければいつか演技で大きな舞台に立てると信じていた。


 そのすべてを壊したのは、ある酒席だった。


 あの夜、資本側のひとりが蓮に目をつけた。


 提示された条件は甘かった。脚本、役、露出。蓮が頷けばすべて与えられた。だが蓮はその場で断り、相手の言葉に侮辱を感じて手を出してしまった。


 その後、二人の仕事はほとんど消えた。


 事務所も影響を受けた。


 黒瀬はその資本家に会いに行った。


 蓮の代わりに、その道を塞ぐつもりだった。


 だが、説明する前に蓮に見られた。


 蓮が見たのは、黒瀬がその男の前に立ち、まるで何らかの取引を受け入れようとしている姿だけだった。


 その日から、蓮は黒瀬を避けるようになった。


 その後、藤堂司が現れ、黒瀬はさらに多くの資源を得て、名声を上げていった。彼がようやく蓮へ手を伸ばせる力を持ったころには、蓮はもう彼を信じようとしなかった。


「どうして説明しないの?」


 藤堂が黒瀬の隣で小さく言った。


 手は黒瀬の肩に置かれている。控えめな仕草だが、そこには心配が滲んでいた。


 黒瀬は蓮がふらつきながら外へ出ていく背中を見つめた。


 追いかけない。


「いつか、あいつは知るよ」


 黒瀬は言った。


「俺はそう信じてる」


 蓮がレストランの外に出ると、夜風が顔に当たり、酒気が少しだけ散った。


 スマホが鳴る。


 伊織だった。


「蓮、ごめん。会社で急な会議が入って、先に事務所へ戻らないといけない」


 伊織の声は焦っていて、同時に申し訳なさそうだった。


「そっちは終わった? 一人で大丈夫?」


 事務所には突然大きな案件が入っていた。


 人気の料理生活バラエティが、蓮をレギュラー、あるいは期間限定ゲストとして迎えたいと打診してきたのだ。蓮の熱度は急上昇しており、事務所はもともと対応しきれていなかった。そこへ大型企画が来たため、呼び戻せるスタッフは全員会議に戻された。


 伊織も、今夜の打ち上げで蓮が酒を避けられないだろうことはわかっていた。


 だが、どうしても抜けられない。


 蓮は店の外壁にもたれ、目を閉じた。


「大丈夫」


「自分で帰る」


 電話の向こうが一瞬黙った。


「本当に?」


「大丈夫」


 蓮は電話を切った。


 洗面所で一度吐いたおかげで、少しは意識が戻っていた。服を整え、タクシーで帰るつもりだった。


 だが道路に出てみると、近くで大きなイベントが終わったばかりらしく、配車アプリは待機人数が異常に多かった。空車のタクシーもまったく捕まらない。


 終電はとっくに過ぎている。


 蓮は地図を見た。


 一番近いビジネスホテルまで二キロほど。


 身分証は持っている。


 彼は夜風の中でしばらく酔いを醒まし、足元が少し安定してから、ホテルの方向へ歩き出した。


 清司はいつの間にか彼のそばにいた。


 何も言わず、影のようについてくる。


 酔っている蓮の反応はいつもより鈍い。それでも清司の存在は感じられた。その感覚は奇妙だった。生活をかき乱した元凶であるはずの妖狐が、こんな深夜の街角では、なぜか少しだけ安心を与えた。


 近道をするため、蓮は細い路地に入った。


 路地は薄暗く、壁際にはプラスチックケースが積まれている。染めた髪の若者たちが何人かしゃがみ込み、煙草を吸っていた。全員まだ若く、だぼっとした上着を着て、足元には空き缶が転がっている。


 蓮が横を通り抜けようとすると、リーダーらしき少年が立ち上がった。


「おい」


 彼は蓮の前に立った。


「俺たち見て、そのまま通れると思ってんの?」


 ほかの数人もゆっくり近づいてくる。


 蓮はこめかみを押さえた。


 今夜は本当に面倒事を起こしたくなかった。


 リーダーの少年が手を差し出す。


「財布出せよ」


 蓮は彼を一瞥し、外套のポケットから財布を取り出して投げた。


 普段から、現金、カード、身分証は分けて持つようにしている。財布の中には少額の現金しか入っていない。取られたところで、帰れなくなるほど困りはしない。


 若者たちはあまりにも素直な対応に、かえって拍子抜けしたようだった。


 ひとりが財布を開こうとしたとき、リーダーの少年が蓮の顔に目を留めた。


 夜風と酔いのせいで、蓮のマスクが少しずれていた。街灯の下に、顔の半分以上が出ている。


 白く整った顔。酒のせいで目元が少し赤い。普段の冷たさが削がれ、かえってきれいに見えた。


 リーダーの少年が固まった。


「男で、こんな顔って……」


 ほかの者も蓮を見た。


 蓮の指がわずかに強ばる。


 すでに動く準備はしていた。


 だが次の瞬間、若者たちの顔色が一斉に変わった。


 何かとてつもなく恐ろしいものを見たようだった。


 誰かの手が震え、財布が地面に落ちた。


 リーダーの少年は半歩後ずさりし、唇を震わせた。捨て台詞すら出せないまま、背を向けて走り出す。


 ほかの者も続いて逃げた。


 路地にはすぐ、蓮と清司だけが残った。


 蓮はかがんで財布を拾い、横を見た。


 清司は陰の中に立っていた。視線は蓮には向いていない。ただ淡々と前へ歩き出す。


 蓮は何も聞かなかった。


 清司が何かしたのだろうと、だいたい察していた。


 ようやくホテルを見つけ、蓮はフロントでチェックインした。


 そこはごく普通のビジネスホテルだった。部屋は狭く、壁紙は少し古い。カーテンには洗っても落ちきらない煙草の匂いが残っている。ベッド脇には古い目覚まし時計が置かれ、ドアの裏には避難経路図が貼ってあった。机には安いティーバッグと使い捨てスリッパがある。


 清司は部屋に入るなり、ドア枠の上へ目を向けた。


 そこには、黄ばんだ御札が貼られていた。


 端はめくれ、色も褪せている。何年も前に誰かが貼り、ホテルの改装時にも剥がされないまま残ったようだった。


 蓮は気づかなかった。


 酒と疲労が一気に押し寄せ、簡単に身支度を済ませると、ほとんど倒れるようにベッドへ入って眠った。


 夢の中で、何かが上にのしかかってきた。


 人の重さではない。


 湿って冷たく、ねばついた霧のようなものが、肌を少しずつ絡め取っていく。


 蓮は目を開けようとしたが、まぶたが何かで封じられたように重い。手足も動かない。ホテルの部屋のぼんやりした灯りが、閉じたまぶた越しに揺れている。自分がまだベッドの上にいることはわかるのに、どうしても目覚められない。


 それはどんどん近づいてくる。


 空気には吐き気を催すような甘ったるい生臭さがあった。


 蓮は自分に冷静になれと言い聞かせた。


 指を動かそうとする。


 一度。


 反応はない。


 もう一度。


 まだ動かない。


 冷たい感触はますます図々しくなっていく。彼が抵抗できないと確かめたように、ゆっくりと手首、肩、腰へ絡みついてきた。


 蓮の胃がむかついた。


 ようやく右手の人差し指に、ほんの少し感覚が戻る。


 彼はほとんど全力で身を起こし、大きく息を吸った。


 冷や汗がこめかみを伝う。


 だが、そのものは目覚めたからといって去ったわけではなかった。


 部屋の空気が歪む。


 実体は見えない。けれど、それが再び近づいてくるのははっきりわかる。見えない束縛が手足を絡め取り、蓮の肩は強引にベッドへ押し戻された。


 蓮の目に、冷たい光が浮かぶ。


 それが再び近づこうとした瞬間、身体の上の圧力が消えた。


 蓮は目を開けた。


 清司が宙に浮かび、片手でほとんど透明な気の塊を掴んでいた。


 その気は彼の手の中でもがき、やがて背の低い太った男の姿に変わる。男は宙で跪き、両手を合わせて清司に何度も許しを請うた。


「申し訳ございません、申し訳ございません! まさか白銀様の契約者とは知らず……!」


 清司の顔には嫌悪が浮かんでいた。


「面倒だな」


「お手を煩わせるつもりはございません! 自分で消えます!」


 太った男は額に冷や汗を浮かべた。


「どうか、どうかお慈悲を」


 清司が手を離す。


 男は床に落ちるなり何度も土下座し、そのまま煙となって壁際に消えた。


 部屋は静かになった。


 清司は床に降り、ドア枠の御札を一瞥する。


「こういうものは、長く貼りすぎるとかえって余計なものを呼ぶ」


 そう言って、彼は薄い本を一冊投げてよこした。


「本当に面倒だ」


 蓮は身体を起こし、まだ呼吸が整わないままその本を見た。


 清司はすでに部屋から消えていた。


 蓮は本を手に取った。


 表紙には、こう書かれている。


 『契約者自衛手札』


 彼は一ページ目を開いた。


 前書きにははっきり書かれていた。


 現世の人間が隠り世のあやかしと契約を結んだ場合、その契約者は二界をつなぐ橋となる。悪行、執念、契約の失敗によって隠り世へ戻れなくなった怪異は、本能的にそうした人間を探し、寄生、奪取、融合などによって、もう一度別の界へ通じる機会を得ようとする。


 また、隠り世に属さないものの中にも、契約者の気配に引かれ、身体、精気、寿命を奪って自らの存在を延ばそうとするものがある。


 蓮はゆっくり読み進めた。


 読めば読むほど、指先が冷えていく。


 つまり、血契が成立した瞬間から、彼は清司に利用される道具であるだけではなかった。


 彼自身が、怪異たちにとっての入口にもなっていた。


 清司がこの本を置いていった本当の理由は、それだった。


 蓮はベッドの背にもたれ、ほとんど一晩眠れなかった。


 本に載っている自衛術は多くない。だが、ひとつひとつが実用的だった。借風、押し返し、迷影歩、天雷訣。それに、最も基本的な結界と識別方法。後ろへ進むほど術は危険になっていく。


 最後の数ページには、赤字で記された力があった。


 造化神の力。


 蓮はそのページを長く見つめていた。


 夜明け前、清司がようやく部屋へ戻ってきた。


 入ってきたとき、彼の気配は明らかに乱れていた。袖口には血のような暗い痕が少しついていたが、すぐに狐火で焼き払われた。胸元の霊気は乱れており、術に触れ始めたばかりの蓮にも異常だとわかるほどだった。


 蓮は本を閉じた。


「ありがとう」


 今度は本心だった。


 この本に書かれていることは、蓮にとってあまりにも重要だった。


 短時間でも風を借りたり、身体を危険からずらしたりできるなら、これからワイヤーアクションや落水、突発事故に遭っても、少なくとも今までのように本能だけで耐える必要はない。


 清司は彼を見なかった。


 窓辺へ歩き、冷たい声で言う。


「最後の数ページは、学ぶな」


 蓮は一瞬止まった。


「どうして?」


 清司が横顔だけを向ける。


 金色の瞳の奥に、深い陰が一瞬だけ走った。


「長生きしたいなら、触るな」


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