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この妖狐、距離が近すぎる――契約俳優は逃げられない  作者: 熾星


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住み込み付き人という罰

 清司の冷えきった視線が蓮に落ちた。蓮の胸が小さく震える。


「申し訳ありません、白銀社長」


「水瀬さんが妊娠しているとは知りませんでした」


 清司の眉はさらに深く寄った。蓮を見る目に、理由の分からない苛立ちが混ざる。けれど不思議なことに、誰かが蓮を庇うたび、清司の胸の奥はかすかに痛んだ。


「謝れば、一つの命が戻るのか」


「佐伯蓮」


「お前は、命を軽く見すぎている」


 蓮は唇を結んだ。彼も苦しかった。あの子はもういない。水瀬が過去に何をしたとしても、子どもに罪はない。


 伊織が堪えきれず口を開いた。


「これは蓮さんのせいではありません」


「俺が一時の感情でやったことです」


「でも水瀬は――」


 言い終える前に、清司が冷たく遮った。


「まるで自分は清廉だと言いたげだな」


「三浦伊織、だったか」


「俺の前で俺の恋人を悪く言うことが、礼儀にかなっているとでも思うのか」


 伊織は言葉を詰まらせた。清司は以前、琴音のことを嫌っていたはずだ。どうして、こうも簡単に変わるのだろう。


「でも、彼女のお腹の子はあなたの子じゃないでしょう」


「俺の子ではないから、俺は関わるなと言うのか」


 清司の声は強引だった。


「彼女は今、俺の恋人だ」


「彼女の損失は、俺にも関係する」


「お前たちは、まず賠償をどうするか考えたほうがいい」


 蓮は伊織の腕を押さえ、もう言うなと示した。今の清司はすべてを忘れている。こちらに情をかけることなどない。


「白銀社長」


 蓮は顔を上げた。


「どう処理したいんですか」


 清司は蓮を見て、ふっと笑った。その笑みには温度がなく、彼自身にも理解できない挑発が含まれていた。


「ある」


「お前がしばらく、俺のところで住み込みの付き人をしろ」


「生活の世話と雑用をする」


「俺がもういいと思ったら、帰っていい」


 伊織は目を見開いた。


「白銀社長、それはあまりにもひどい!」


 清司はゆっくりと彼を見る。


「拒否してもいい」


「その場合は通常の手順で進めるだけだ」


「傷害、民事賠償、事務所の危機対応」


「流産事故に関わったマネージャーを、今後どの会社が欲しがると思う?」


 伊織の顔が強張った。蓮は分かっていた。これは脅しだ。けれど、その脅しは確かに効いている。伊織が自分のせいで前途を潰されるべきではない。


 この件で、蓮にも責任がないわけではなかった。もっと早く伊織を止めていれば、水瀬を近づけないようにしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。


「白銀社長」


 蓮は低く言った。


「お互い、一歩ずつ引きましょう」


「その条件、受けます」


「蓮さん、駄目です」


 伊織は焦った。


「押したのは俺です。あなたには関係ありません」


「俺のために、そんな屈辱を受ける必要はない」


 蓮は軽く彼の肩を叩いた。


 もう言わなくていい。


 これ以上言っても、伊織が有利になることはない。伊織は唇を噛み、目に悔しさを滲ませた。自分はまた蓮の足を引っ張っている。水瀬はもともと蓮が手をかけて支えてきた人間なのに、今では蓮を刺す刃になってしまった。


 清司は蓮に連絡先を残した。


「水瀬が目を覚ましたら、自分で俺の家へ来い」


 そう言って、彼は去っていく。伊織は病院の壁を拳で殴った。


「くそっ」


「どうしてあんな卑怯なことができるんだ」


「もういい」


 蓮は静かに言った。


「先に水瀬さんの様子を見に行こう」


 二人は病室へ向かった。琴音はベッドに横たわり、顔色は白かった。足音に気づいて目を開けると、来たのが二人だと知った瞬間、すぐに背を向けた。


 伊織の怒りがまた込み上げる。


「水瀬、どういうつもりだ」


「お前のせいで、蓮さんがどれだけ苦しむと思ってる」


 蓮は伊織を止めた。


「水瀬さん」


「身体は少し落ち着きましたか」


 琴音は身体を起こし、涙の浮かんだ目で笑った。


「落ち着いた?」


「佐伯蓮、ここで善人ぶるのはやめて」


「私はこれから、子どもを産めないかもしれないのよ」


「それで満足?」


 伊織は歯を食いしばる。


「あの子が誰の子かも分からないだろう」


「水瀬、お前は――」


「私は何?」


 琴音は泣きながら笑った。


「三浦伊織、あなたに私を責める資格があるの?」


「あなたがもっと使える人だったら、私はこんなふうにならなかった」


 蓮の胸が重くなる。彼女が子どもを失ったのは事実だ。痛みも本物だ。けれど、その怒りのすべてを誰かに押しつけていることもまた、事実だった。


「水瀬さん」


「起きてしまったことは戻りません。まず身体を治してください」


 琴音は冷たく二人を見た。


「沈藝――じゃない、三浦伊織」


「佐伯蓮」


「私はあなたたちを簡単には許さない」


 伊織は低い声で言った。


「やるなら俺にしろ」


「蓮さんは、お前に何も悪いことをしていない」


 琴音がまだ誰にも見向きもされない小さな存在だった頃、伊織が頼まなければ、蓮は彼女のために多くの機会を用意することなどなかった。それでも彼女は満足しなかった。より大きな欲望に囚われ、最後には助けてくれた人間すべてを邪魔者に変えてしまった。


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