未来の食堂
営業終了後。
夜十一時。
《ラーメン銀河軒》のシャッターは閉まり、店内には換気扇の音だけが流れていた。
店長は椅子に座って煙草……を吸おうとして、パーちゃんに止められていた。
『店の中で吸うな』
『換気扇あるだろ』
『食い物屋なのよ』
その横で。
あーちゃんは真剣な顔で立っていた。
『店長』
『ん?』
『お願いがあります』
『おぉ珍しいな』
『本機に、定食を教えてください』
沈黙。
『……定食?』
『はい』
パーちゃんが首を傾げる。
『急にどうしたの』
あーちゃんは静かに答えた。
『本機の最終目標は“食堂”です』
『ラーメンのみではメニュー構成に問題があります』
『真面目に将来設計してる……』
『現在、地球食文化を学習中です』
『その結果』
『“定食”という文化は非常に合理的だと判明しました』
店長が少し笑う。
『へぇ』
『主食』
『汁物』
『主菜』
『副菜』
『栄養バランスが優秀です』
『しかも“落ち着く”という精神的価値も高い』
『お前ほんと分析で喋るな』
『本機の仕様です』
真顔だった。
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数分後。
厨房。
店長が腕を組む。
『で、何作るんだ?』
『まずは基本を学習します』
『地球人定食ランキングを解析した結果』
『最適解はこちらです』
ホログラム表示。
《生姜焼き定食》
『おぉ、王道』
『いいじゃない』
パーちゃんも頷く。
あーちゃんの瞳が光る。
『調理開始』
その瞬間。
厨房の空気が変わった。
肉を切る。
速い。
玉ねぎを切る。
速い。
速すぎる。
『待て待て待て』
店長が止める。
『なんですか』
『速すぎる』
『効率的です』
『定食屋に軍用速度いらねぇのよ』
パーちゃんが笑う。
だが。
あーちゃんは止まらない。
『肉焼き工程へ移行』
ジュワァァァッ!!
香りが広がる。
生姜。
醤油。
甘いタレ。
店長が少し驚く。
『……お』
『いい匂い』
『現在、火力を0.7秒単位で調整しています』
『そこまでやる!?』
『肉硬化率を低減可能です』
『プロだこいつ』
数分後。
完成。
机に並ぶ。
白米。
味噌汁。
生姜焼き。
サラダ。
かなりちゃんとしていた。
『うわ、見た目強い』
パーちゃんが目を丸くする。
店長も箸を取る。
一口。
停止。
『……うま』
『本当ですか』
『いや普通に店出せるぞこれ』
『やったー』
『なんでお前が喜ぶんだよ』
パーちゃんが笑う。
あーちゃんの瞳が少しだけ光った。
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だが。
数秒後。
店長が首を傾げる。
『でもなんか……』
『?』
『完璧すぎるな』
『はい』
『いや褒めてねぇ』
沈黙。
店長は言葉を探す。
『なんつーか』
『機械みたいに正確なんだけど』
『“人の飯”感が薄い』
パーちゃんが頷く。
『あー、分かる』
『美味しいんだけどね』
あーちゃんが停止する。
『……問題点を要求します』
店長は少し考えた。
『難しいな』
『例えば』
『母ちゃんの飯って、ちょっと味ズレてても妙に美味かったりするだろ?』
『人によって違うし』
『店によってクセもある』
『でも、それが“また食いたい”になるんだよ』
あーちゃんは静かに聞いていた。
『つまり』
『料理には個体差が必要?』
『いや、そういうことじゃなくて……』
店長が頭を抱える。
パーちゃんが笑う。
『あーちゃん、“人っぽさ”がまだ足りないのよ』
『人っぽさ』
『料理ってさ』
『完璧だから美味しいんじゃないの』
『“この人が作った感”で美味しくなる時もあるのよ』
数秒。
内部演算。
あーちゃんの瞳が点滅する。
『……高難度です』
『だろ?』
『ですが』
『面白そうです』
真顔だった。
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その後。
特訓開始。
『まず味見しろ』
『本機、センサーがあります』
『舌で食え』
『了解です』
もぐ。
停止。
『……』
『どうだ?』
『美味しいです』
『感想が薄い!!』
さらに。
『塩足りない』
『追加します』
ザー。
『入れすぎ!!』
『誤差です』
『ラーメン屋でその誤差致命的なのよ』
パーちゃんが腹を抱えて笑っていた。
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数時間後。
厨房はぐちゃぐちゃだった。
試作品も大量。
生姜焼き。
唐揚げ。
野菜炒め。
謎の栄養スープ。
『最後なんだこれ』
『アルカディア式高栄養味噌汁です』
『色が怖い』
『栄養価は高いです』
『飲みたくねぇ』
真顔だった。
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深夜一時。
ようやく。
あーちゃんが一皿を完成させる。
シンプルな定食。
派手じゃない。
でも。
妙に落ち着く見た目だった。
店長が食べる。
パーちゃんも食べる。
数秒後。
『……あ』
店長が少し驚く。
『なんだこれ』
『さっきより好きかも』
パーちゃんも頷く。
『なんか安心する』
あーちゃんが静かに聞く。
『理由は?』
『分かんねぇ』
『でも“また食いたい”って感じ』
沈黙。
その言葉を。
あーちゃんは静かに記録した。
【また食べたい:重要】
【料理文化:感情価値大】
換気扇の音が流れる。
あーちゃんは湯気の向こうを見る。
『……本機』
『はい』
『こういう料理を増やしたいです』
『毎日でも食べられる料理を』
『疲れた人が安心できる料理を』
店長が笑う。
『完全に食堂向きだな』
『はい』
あーちゃんは静かに頷いた。
『本機の夢は』
『最高効率の補給ではありません』
『また来たいと思える食堂です』
その声は。
前より少しだけ、人間っぽかった。




