また来たい場所
墜落から十二日後。
夜営業終了後の《ラーメン銀河軒》。
店内には換気扇の音だけが静かに流れていた。
店長はカウンターに突っ伏している。
『……疲れたァ』
『本日の労働量は平均値を21%上回っています』
『数字で疲労報告するな』
厨房では、“あーちゃん”こと《戦術補給AI-ARX 09》が片付けをしていた。
白い装甲。
赤い瞳。
そして異様に正確な動き。
食器がミリ単位で整列している。
『軍隊みたいな皿の並べ方やめなさいよ』
パーちゃんが呆れる。
《PA 56》。
本来はARX系列機の補助支援ユニット。
視界補助。
通信補助。
演算分散。
感情補佐。
つまり“相方用サブAI”である。
だが今はほぼツッコミ担当だった。
『本機、整理整頓を重視しています』
『几帳面すぎるのよ』
店長が顔だけ上げる。
『でも助かってんだよな』
『お前来てから閉店作業めちゃくちゃ早ぇし』
『光栄です』
真顔で頷くあーちゃん。
その時。
店長がふと思い出したように言った。
『そういやさ』
『はい』
『お前、この前言ってたよな』
『食堂やりたいって』
パーちゃんも顔を上げる。
『あー、夢の話ね』
あーちゃんは数秒停止した。
内部演算。
そして静かに頷く。
『はい』
『本機の将来目標です』
『ほんとに考えてたんだ』
『はい』
店長は椅子を回してあーちゃんを見る。
『なんで食堂なんだ?』
『ラーメン屋じゃなくて』
少し沈黙。
換気扇の音だけが響く。
あーちゃんは静かに言った。
『本機は文明保存AIです』
『アルカディア星の文化情報を大量保存しています』
『料理』
『音楽』
『建築』
『言語』
『日常会話』
『教育』
『戦争以前の生活記録』
『ほぼ文明そのものじゃねぇか』
『はい』
あーちゃんは頷く。
『本機は“アルカディア人の記録庫”です』
その声は静かだった。
『アルカディア星は滅亡しました』
『街も』
『文化も』
『人々も』
『既に存在しません』
『ですが』
『本機の内部には残っています』
パーちゃんが少しだけ目を伏せる。
店長も黙った。
あーちゃんは続ける。
『ですが問題があります』
『?』
『アルカディア料理は美味しくありません』
沈黙。
『……は?』
店長が間抜けな声を出す。
『本機、アルカディア家庭料理を再現可能です』
『ですが味覚評価は低いです』
『えぇ……』
パーちゃんが吹き出した。
『文明滅んだ理由それじゃない?』
『戦争です』
『あ、そうだった』
真顔で返される。
あーちゃんは続ける。
『アルカディアでは効率が最優先されました』
『栄養』
『保存性』
『量産性』
『完全栄養管理』
『その結果、料理文化が衰退しました』
『なるほどなぁ……』
店長が頷く。
『つまり“飯はエネルギー”って感覚か』
『はい』
『感情価値は低く評価されていました』
『だからメシマズなのね』
『はい』
即答だった。
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数分後。
『では再現します』
『え』
厨房で火が点く。
店長とパーちゃんが顔を見合わせる。
『マジで作るの?』
『本機の夢の説明には必要です』
『必要なんだ……』
あーちゃんは静かに調理を始めた。
動きは相変わらず精密。
だが。
使っている材料が不穏だった。
『なにその灰色の液体』
『高効率栄養ベースです』
『嫌な予感しかしない』
『こちらは圧縮タンパクブロック』
『名前が終わってる』
『さらに微量金属栄養剤を――』
『料理に金属入れるなァ!!』
パーちゃんが叫ぶ。
数分後。
完成。
机に置かれた。
灰色だった。
とにかく灰色。
見た目が“未来の非常食”である。
店長が恐る恐る聞く。
『……食えんのこれ』
『はい』
『人体への安全性は保証されています』
『味は?』
数秒停止。
『……保証対象外です』
『自覚あんのかい!!』
パーちゃんが爆笑した。
---
実食。
店長が一口食べる。
停止。
パーちゃんも食べる。
停止。
沈黙。
換気扇の音だけが流れる。
数秒後。
『……まず』
『はい』
『うわ認めた』
あーちゃんは真顔だった。
『栄養効率は非常に高いです』
『いやそういう問題じゃねぇ』
店長が水を飲む。
『なんだこれ』
『味が“無”だぞ』
『後味だけなんか鉄』
『はい』
『鉄分です』
『いらねぇよ!!』
パーちゃんが机を叩いて笑っていた。
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あーちゃんは静かにその料理を見る。
『アルカディアでは、これが一般的でした』
『誰も疑問を持たなかったの?』
『はい』
『効率的でしたので』
店長はため息を吐く。
『寂しい飯だな』
その言葉に。
あーちゃんは少し止まった。
『……本機も』
『地球へ来るまでは理解できませんでした』
『?』
『なぜ地球人は、味にここまで拘るのか』
『なぜ見た目を整えるのか』
『なぜ季節で料理を変えるのか』
『なぜ、“また食べたい”と思うのか』
静かな声。
『ですが銀河軒で働いて理解しました』
『料理は補給ではありません』
『人を少し元気にする文化です』
店長が黙って聞いている。
パーちゃんも茶化さなかった。
あーちゃんは続ける。
『だから本機は』
『アルカディアの技術を、地球料理へ応用したいです』
『応用?』
『はい』
あーちゃんの瞳が静かに光る。
『アルカディアの栄養技術は非常に優秀です』
『低コスト』
『高栄養』
『長期保存』
『衛生維持』
『大量調理』
『その性能だけなら、地球技術を上回ります』
『へぇ……』
『ですが、美味しくありません』
『致命的なのよ』
『なので』
あーちゃんは真っ直ぐ前を見る。
『地球の料理文化と合わせます』
『ラーメン』
『カレー』
『定食』
『スープ』
『地球人が“美味しい”と感じる料理へ』
『アルカディア技術を組み込みます』
店長が腕を組む。
『未来の料理って感じだな』
『はい』
『栄養効率』
『保存性』
『安全性』
『そして、美味しさ』
『全部両立したいです』
パーちゃんが少し笑った。
『欲張りねぇ』
『夢ですので』
真顔だった。
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『現在、地球料理を学習中です』
『どうやって?』
『インターネット接続です』
『スマホ持ってねぇだろお前』
『不要です』
沈黙。
あーちゃんの瞳が少し光る。
『本機、無線通信機能を搭載しています』
『周辺Wi-Fiへ直接接続可能です』
『怖』
『現在、料理動画を毎日学習しています』
『他には?』
『猫動画です』
『完全にネット中毒なのよ』
『高評価コンテンツです』
真顔だった。
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その時だった。
あーちゃんが再び鍋を持つ。
『試作します』
『もう!?』
『学習結果を反映します』
厨房で火が上がる。
バター。
醤油。
香味油。
スープ。
さっきまでの灰色とは違う。
匂いが、ちゃんと美味そうだった。
店長が顔を上げる。
『……お?』
パーちゃんも鼻を動かす。
『あ、なんか急に良くなった』
数分後。
皿が置かれる。
今度はちゃんと料理だった。
湯気。
香ばしい匂い。
黄金色のスープ。
店長が食べる。
停止。
パーちゃんも食べる。
停止。
数秒後。
『……うま』
あーちゃんの瞳が少し光る。
『本当ですか』
『普通に店で出せるレベルだぞこれ!?』
『さっきの灰色どこいった!?』
『地球料理技術を導入しました』
『進化速度がおかしいのよ』
あーちゃんは静かにその料理を見る。
滅んだ星の技術。
地球の料理。
その両方が混ざった一皿。
『……こういう料理を』
『本機は、作りたいです』
『誰かが少し元気になれる食堂を』
『また来たい、と思える場所を』
換気扇の音が静かに流れる。
店長はふっと笑った。
『……いい夢じゃねぇか』
あーちゃんの瞳が、少しだけ光った。
結構読んでもらってありがてえええ
初投稿なのに見てくれた人ありがとう!!




