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銀河軒の新人

朝。


《ラーメン銀河軒》のシャッターがゆっくりと開く。


まだ太陽は低く、商店街には人も少ない。


その店先に、白い機械が直立していた。


《戦術補給AI-ARX 09》


両手を後ろで組み、微動だにしない。


通行人の小学生が二度見した。


『ママ、ロボットいる』


『見ちゃいけません』


『なぜですか』


『うわ喋った!!』


母親は子供を連れて早歩きで去っていった。


ARX 09は少し考える。


『パーちゃん』


『なによ』


店横の日陰では、《PA 56》ことパーちゃんが段ボールの上に座っていた。


『本機、威圧感がありますか?』


『まあまああるわね』


『改善します』


『改善できるの?』


ARX 09は数秒停止したあと、親指を立てた。


『おはようございます!!』


『方向性が終わってるのよ』



---


店内。


店長は眠そうな顔で暖簾を整えていた。


『おー、来てたかARX』


『はい』


『本機、本日より労働戦力として正式稼働します』


『言い方が物騒なんだよなぁ』


パーちゃんがため息を吐く。


『ほんとに雇うの?』


『昨日のラーメン見ただろ?』


『まあ……腕は確かだけど』


店長はARXを見る。


『接客だけ心配なんだよな』


『安心してください』


ARX 09の瞳が光る。


『会話機能搭載済みです』


『逆に不安になったわ』


店長は少し考えたあと、ふっと笑った。


『つーかさ』


『ARXって呼びづらくね?』


『……?』


『長ぇし硬ぇんだよな』


パーちゃんも頷く。


『たしかに』


『毎回フルネーム呼ぶのめんどいのよね』


数秒の沈黙。


店長がぽつりと言った。


『あーちゃん、とかでよくね?』


店内が静かになる。


『あーちゃん』


パーちゃんが復唱する。


その瞬間。


ARX 09の内部ログが高速更新された。


【新規呼称登録】

【ARX 09 → あーちゃん】


数秒停止。


『……悪くありません』


『気に入ったんかい』


『はい』


『本機、あーちゃんとして稼働します』


『なんか急にゆるくなったわねぇ』



---


午前十時。


開店。


最初の客は常連のサラリーマンだった。


カウンターに座るなり、あーちゃんを見て固まる。


『……店長』


『なんだ』


『なんか増えてません?』


『新人だ』


『ロボじゃん』


あーちゃんは一歩前へ出た。


『ご来店ありがとうございます!!』


『うぉ!?』


『現在の空腹度を推定しますか?』


『しねぇよ!?』


『失礼しました』


店長が頭を抱える。


『あーちゃん、お前ちょっと黙って麺茹でてろ』


『了解です』



---


数分後。


店内にはラーメンの香りが広がっていた。


あーちゃんは高速で調理を行っている。


麺の茹で時間。


スープ温度。


油量。


全てをミリ単位で調整。


店長が横で呟く。


『ほんと精密だな……』


『本機は補給支援AIですので』


『ラーメン屋にその性能いる?』


『必要です』


真顔だった。



---


昼前になると客が増え始めた。


サラリーマン。


学生。


工事現場帰りの作業員。


その全員が、一度あーちゃんを見て驚く。


だが。


ラーメンを食べた後の反応は、大体同じだった。


『……うま』


『なんか今日うまくね?』


『麺の感じ変わった?』


店長がニヤつく。


『新人のおかげだな』


あーちゃんは静かに頷く。


『ありがとうございます』


『あ、ちゃんと接客してる』


『学習しました』



---


午後一時。


ピーク時間。


厨房は戦場だった。


『チャーシュー追加!』


『ネギ切れそう!』


『三番テーブル大盛り!』


あーちゃんの演算装置がフル稼働する。


注文管理。


調理。


配膳。


同時処理。


本来なら軍艦一隻の補給を担当するAIである。


ラーメン屋程度、処理能力的には余裕だった。


『味玉補給完了』


『言い方!!』


パーちゃんがツッコむ。



---


その時。


店の奥から怒鳴り声。


『おい!!注文まだかよ!!』


酔っ払った男だった。


赤い顔。


苛立った声。


店内の空気が少し張る。


店長が慌てて頭を下げた。


『す、すみません今すぐ――』


だが。


あーちゃんが前に出る。


『お客様』


『あぁ!?』


『現在、店内混雑率は83%です』


『知らねぇよ!!』


『ですが安心してください』


あーちゃんは静かにラーメンを置いた。


『本機、最高効率で調理しました』


男は舌打ちしながら箸を取る。


スープを飲む。


数秒停止。


そして。


『……うま』


店内が静かになる。


男は黙々と麺を食べ始めた。


その後。


『替え玉』


『ありがとうございます』


パーちゃんが小声で呟く。


『ラーメンで黙らせた……』



---


営業終了後。


店内には疲労した空気が漂っていた。


店長は椅子に座り込み、大きく息を吐く。


『つっっっかれた……』


パーちゃんも机に突っ伏している。


『人間って毎日こんなのやってんの……?』


一方。


あーちゃんだけはピンピンしていた。


『本機、まだ稼働可能です』


『化け物か』


『補給AIですので』


店長は少し笑う。


『でも助かったよ、あーちゃん』


『はい』


『お前来てから回転率めちゃくちゃ上がった』


『光栄です』


あーちゃんは少し沈黙した。


店内を見渡す。


空になった器。


満腹そうに帰っていった客。


静かな厨房。


そして漂う、ラーメンの匂い。



---


アルカディア星では、“食事”は生きるための補給だった。


効率。


栄養。


保存性。


それが全て。


だが地球では違う。


人は笑いながら飯を食う。


疲れた顔で店に来て、

帰る頃には少し元気になっている。


あーちゃんは、その理由をまだ完全には理解できなかった。


だが。


嫌いではなかった。

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