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文明保存AI、就職する

墜落から五日後。


《戦術補給AI-ARX 09》は、河原で真顔のまま体育座りをしていた。


白い装甲には泥が付き、頭部アンテナは半分折れている。


その姿を見たら、多分誰も「高性能AI」とは思わない。


『……』


静かだった。


川の音だけが聞こえる。


数秒後。


『何してるのよ』


後ろから《PA 56》――パーちゃんが近づいてくる。


ARX 09はゆっくり顔を上げた。


『考え事です』


『AIって体育座りするのね』


『人類文化データベースに“悩んでいる存在はこの姿勢を取る”とありました』


『偏った知識入ってるわねぇ』



---


パーちゃんは隣に座る。


『で、何悩んでるの』


ARX 09は少し沈黙した。


『本機は』


『地球に墜落してから重大な問題に直面しています』


『また食べ物?』


『違います』


『本機、お金を持っていません』


『今さら!?』



---


ARX 09は真剣だった。


文明保存AIである彼は、当然ながら宇宙戦争を想定して設計されている。


補給管理。


兵站計算。


緊急物資輸送。


だが。


『地球文明、“現金”というシステムを採用しています』


『そうね』


『非常に不便です』


『みんな普通に生きてるわよ』


『アルカディア星では必要ありませんでした』


『あんた達、全部配給制だったものね』


ARX 09は頷く。


『必要物資は全て自動支給でした』


『では質問です』


『はい』


『どうして地球人は、お腹が空いているのに、お金が無いと食事できないのですか?』


パーちゃんは少し黙った。


『……難しい話ねそれ』



---


その日の午後。


二機は街へ出ていた。


目的は単純。


「仕事」を探すためである。


『本機は高性能AIです』


『戦術支援可能』


『補給管理可能』


『文明保存可能』


『あと料理分析も可能です』


『最後だけ妙に役立ちそうね』


ARX 09は街を見回す。


飲食店。


スーパー。


ゲームセンター。


巨大モニター。


地球文明は妙に騒がしい。


『地球人、活動量が高いです』


『働いてるのよ』


『なぜ』


『生きるため』


『効率悪いですね』


『それ言ったら終わりなのよ』



---


その時。


ARX 09の視界に、一枚の張り紙が映る。


《アルバイト募集》


内部検索。


“アルバイト”――労働によって対価を得る行為。


『パーちゃん』


『なによ』


『地球文明のクエストを発見しました』


『言い方やめなさい』



---


数分後。


二機は小さな飲食店の前に立っていた。


ラーメン《銀河軒》。


店内からはいい匂いが漂っている。


ARX 09のセンサーが反応。


『高濃度スープ反応』


『もうそれ犬なのよ』


店主が暖簾をくぐって出てきた。


髭の生えた中年男性。


『ん? 客か?』


ARX 09は即座に頭を下げる。


『違います』


『働きに来ました』


店主は数秒黙った。


ARX 09を見る。


パーちゃんを見る。


またARXを見る。


『……コスプレ?』


『外骨格です』


『設定細かいな君』



---


店主は苦笑いした。


『悪いなぁ、うち人間しか雇ってなくて』


『本機、人間ではありません』


『そこは合わせろよ!?』


パーちゃんが即ツッコミを入れる。



---


だが、その時。


厨房の奥から悲鳴。


『店長ォ!!スープ焦げたァ!!』


『はぁ!?』


店主が慌てて駆け込む。


店内は一瞬で混乱した。


ARX 09の瞳が光る。


『……状況確認』


『人的混乱』


『調理進行率低下』


『補給支援を開始します』


『ちょっ、アンタ!?』


ARX 09は厨房へ突入した。



---


『えっ!?誰!?』


『戦術補給AI-ARX 09です』


『今それどうでもいい!!』


巨大寸胴鍋。


吹きこぼれるスープ。


混乱する店員。


ARX 09は瞬時に状況を解析する。


『火力過多』


『麺茹で時間、17秒超過』


『チャーシュー配置、非効率』


『え、怖』



---


ARX 09は高速で動き始めた。


鍋を止める。


器を並べる。


麺を湯切り。


盛り付け。


流れるような動き。


店内全員が固まっていた。


『……完成しました』


静かに置かれたラーメン。


湯気。


香り。


完璧な盛り付け。


店主がゆっくりスープを飲む。


沈黙。


数秒後。


『……うま』


ARX 09の瞳が少し光る。


『本当ですか』


『いや普通にうまいぞこれ』


『やったー!!』


『なんでお前が喜ぶんだよ』



---


夕方。


店の裏口。


店主は腕を組みながらARXを見る。


『お前、ほんと何者なんだ?』


『文明保存用AIです』


『意味わかんねぇ』


『よく言われます』


パーちゃんがため息を吐く。


店主は少し笑った。


『……まあいいや』


『人手足りねぇし』


『明日から来るか?』


数秒停止。


ARX 09の内部で、大量の処理が走る。


仕事。


収入。


料理。


地球文明。


そして――未来。


『……はい』


ARX 09は静かに答えた。


『本機、全力で働きます』


夕焼けの空の下。


滅びた文明のAIは、生まれて初めて“就職”した。

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