表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/154

クレマン・ツィマーの献身

「まず何より、わざわざ来てくれてありがとう」

「惚れなおしたかな?」

「ちょっと総資産額を聞いてみないことにはな」


 なんだろうな。


 やはり最近、逃亡生活だったからだろうか。

 私の心が、天職だった騎士時代を懐かしんでいるのか。


 あるいは純粋に、旧知の仲という力か。



 こんな軽口が、心を軽くしてくれる。



 ずっとこんな会話をしていたい?


 いやいや、いかんぞ。

 キャベツの芯ほども役に立たん男に惹かれてどうする。


 それに、無駄話をしている時間はないのだ。


「それで、本題なのだが」

「あぁ、君たちを庇護する話についてだね」


 真剣な話だけに、モミアゲの背筋も伸びる。


「正直に言えば、君たちを匿えないことはない」

「その言い方になるということは」

「うん。


 さらに本音で言えば、厳しい」


 まぁそれはそうだろう。

 仕方あるまい。


「理論的な言い訳をするなら。

 西方は全体的にゼネヴォン公寄りの土地柄だ」


 たとえ治めていた範囲がゼネヴォンだけだとしても。

 なんならロクに治めておらず、薄い縁だけだとしてもな。



 メタな例えになるが。

 東北の人が甲子園見てるとき、


『福島県代表 対 奈良県代表』


 なんてやってたら、福島代表を応援するだろう。

 青森県民で、福島には親戚もいなけりゃ行ったことがなくとも。

『同じ東北だから』って感じで。



 で、その福島県代表

 もとい前ゼネヴォン公こそが、あの男だ。



「たとえハインリヒ殿下に()がない王位簒奪だとしてもね。

 ロージーヌ城内で両殿下を見掛けたとき、


『我らが大将』を慕って密告する者は、他所より多いだろう」


 筋が通っているか、と言われたら実は微妙だ。


 私ですら昨年末お会いするまで、両殿下のお顔をよく知らなかった。

 ロージーヌのような『地方の第二都市』に、どれだけ詳しい人がいるやら。



 だがいい。

 モミアゲも『理論的な言い訳をするなら』と前置きしている。


 そうでない事情が本命だ。


「私も名前で分かるとおり、西方系ではなくてね」

「……?」

「……オホン。

 私の名前はモミアゲではなく、クレマン・ツィマーというのだよ」

「あーあーあーあー」


 そういやそんなものもあったか。

 そうだよな。コイツも人間の形をしている。

 名前と親と人権があるんだよな。


 略してクレィマーと覚えておこう。

 うるさくてウザいヤツだし。


「つまり実家はこっちではなく、普通にベルノの近くなんだよ」


 モミアゲが大袈裟に首を左右へ振る。

 申し訳なさのアピールなんだろうが、煽りにも見える。

 剃るぞ。


 という怒りをグッと堪えて、


「つまり体制側が家族を人質に取ろうとしたとき、どうしようもない、と」

「これは私だけじゃない。同じ条件の騎士たちも少なくないんだ。

 だから西方方面軍も、表向きハインリヒ殿下に恭順する意思を示している」


 その事情は私たちも考えたからな。

 アネッサの実家のこととか。

 だからよく分かる。


「だから心苦しいのだけれどね。

 匿うならまだしも、


『両殿下を戴き、ハインリヒ殿下と戦う』


 というのはさすがに」

「分かっている分かっている」


 別に私たちも、そこまで求めて西方にやってきたわけじゃない。

 そりゃやってくれたら助かるが。


「その代わり、にもならないけれど。

 見て見ぬフリくらいはできる。


 この目の黒いうちは、西方方面軍が君たちを捕らえることはない。

 いくらでも潜伏してくれ」


「ありがとう。それだけで()()()()()だ」


 実質的には、安心感以上のものは得られていないかもしれない。

 だが構わない。

 みんな事情があるなかでベストを尽くせばいい。



「ツィマーさま」



「おお!」


 私と同意見なのだろう。


「アデライド殿下! ドミニク殿下! よくぞご無事で!」


 奥の間に控えていた両殿下がお目見えなさる。


 僅かながらある懸念として、


『ツィマー卿も敵かもしれない』

『両殿下は別の場所にいるような顔して、私だけで会う』


 と話していたにも関わらずだ。


「あなた方も身の振りひとつが綱渡りとなりますのに。

 わざわざこちらまでお越しくださり、お心尽くし。

 誠に大義です。ありがとう」

「おそらく白十字王国の四海ことごとく敵であろうこのとき。

 ツィマー卿はじめ、西方方面軍は味方であってくれたこと。

 我々は決して忘れない」


「殿下!」


「いつか必ず、この恩に報いる。約束する」

「ですからまた、生きてお会いしましょう。ツィマーさま」


「殿下……! もったいないお言葉です……!」


 モミアゲは椅子から降り、床に額がつくほど頭を下げる。


 そのまま彼は、両殿下がまた奥に退がられるまで、ずっと。

 1ミリだって頭を上げなかった。



 それからまた2人きりになると、


「フロイライン。別れは言わない。

 だからこれは、誓いの盃だ。1杯付き合ってくれ」

「よかろう」


 ブドウ酒の入った(かめ)が運ばれてきた。


「誓おう。次会うときまでに必ず後顧の憂いを断ち、

 両殿下をお守りする騎士団として馳せ参じる」

「誓おう。そのときまで両殿下を守り抜き、

 卿らが殉ずるに値する者たちであり続ける」


 ブドウ酒は血だ。

 血の盟約が交わされると、



 お互い忙しい。


「名残惜しいがね」


 モミアゲも山賊討伐に向かうことにした。


「すまんな。私の仕業だ」

「そうかそうか。でも山賊は見逃せないのでね。

 徹底的にやらせてもらうさ」


 去り際、最後に彼は


「あぁ、そうだ」

「どうした」

「これを渡しておこう」


 1枚の地図を私に残した。

 内容は西方領を詳細に記したものであり、


「ん?」

「とりあえず、トゥルネーくんの実家を目指すのだったよね?


 そのルートをたどって向かうといい」



 赤い線が引かれている。



 よく見たら右下の余白には


『香油壺を右肩に担いだ女性』


 のイラストも。

 確かモミアゲが軍旗とかに使っている意匠だったはず。


「なんだこれは?」

「行ってみてのお楽しみさ」











 それきりモミアゲとは会わず、私たちも先を急いだのだが。



「アイツめ」



 線をたどる道中にある街。

 そこには必ず


『香油壺を右肩に担いだ女性』


 の旗を掲げた無人の小屋があり、



 中には必ず、保存食と路銀が用意してあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ