人はそれを狂気と呼ぶ
「でもな、爺。分かってくれ。
これは性欲とか、ただ女に懸ける希求だけではないんだ。
もちろんキレイな欲望じゃないのは分かっているが」
かと思えば、ハインリヒは急に勢いのない声を溢す。
テンションが低い、というよりは方向性がない。
正負いずれにも振れていない。
自分の中で、この感情が何者かつかめていない。
シュトラッサーも、それはそうだろうなと思う。
そんなにアデライドのような女が好きなら。
似た女を探してくればいい。
確かに彼女は童顔の美少女であり、控えめながら陽気で気立てもいい
と書けば、まるで完璧ヒロインかのようだ。
実際男目線として、レベルが高くはあるだろう。
だがその条件は冷静に見れば、
「オレだって今まで多くの女を手にした。味わった。求められもした。
誰をとっても一流の素晴らしい女たちだった。
だが、誰を抱いても、何人抱いても。
真摯に抱いても倒錯的に抱いても。
どこか虚しい。
オレの心は満たされない。
パズルのピースが埋まらない。
オレ自身言語化できない、真に求めているものとハマる感覚がない」
などと、ここまで思い悩むほど
長い迷いの旅になるほど、
『この世でアデライドにしか備わっていない』
ものではない。
上級の社交界ではめずらしい、とは言えるだろう。
どの娘も育ちなりに気位が高い。
周囲からもむしろ、そうあるように望まれているほどだ。
だからハインリヒが近場でいくら漁ったとて、空振りが多いのも当然だろう。
しかし
この世に、先王にレディ・ド・ブロイが存在したように。
極端な話、一般市民まで探せば、同じような娘が見つからないわけがない。
たとえ正妻や国母とするには《《はばかられる》》身分だとしても。
それこそ父のように妾にでもすればいい。
だがハインリヒはそうはしなかった。
もちろん王子が
『国中の美女漁りをしている』
なんて風聞は王位継承に差しさわる。
彼が兄を殺してまで手に入れたかったものに、だ。
しかし、せめて完全一致はせずとも。
少しは似たような女性を選べばいいものを。
彼が侍らせる女性は常にゴージャス嗜好。
アクションも透明感のある少女性より、露骨に甘いタイプばかりだ。
これだけ言っておきながら、アデライド自体は性癖に合致していない感がある。
シュトラッサーは思う。
あの娘は証明なのだ
トロフィーなのだ
と。
傅役としてずっとハインリヒを見てきた彼には分かる。
傅役に任命されるほど、政界の荒波を乗りこなしてきた男には分かる。
性欲とは別の男の欲望。
兄を弑逆してまで頂点に立ちたかった男だ。
ハインリヒがいよいよ王座を手にしたとき、彼の渇望は潤うのか。
欲求は満たされるのか。
長い旅路は終わるのか。
否である。
それが果てを見ることは決してない。
旅人が陸の尽きる岬で、広がる海と水平線を見たなら。
次には舟を漕ぎ出しているのだ。
だからこそ人は、サバンナにしかいないライオンより繁栄したのであって。
であれば、この旅人は。
王位に就いたなら、さらに先を目指すだろう。
頂点のなかの頂点。
歴代の王のなかで、最も大なる王を。
そのために必要なのだ。
まず手始めに目の前、先代の王と並び、超えることが。
そのために必須なのだ。
父と同じく、いや、
父が手に入れた以上に特別な女が。
父が特別な女に産ませた娘を手に入れるという、
父を踏み台として超えたトロフィーが。
シュトラッサーには共感できない。
屈折していると思う。
だが、正直あまり気にはならない。
兄を殺してでも王位に就く男の考えることだ。
少なくとも、傅役を任される男は理解できないくらいが健全であるし、
「殿下。陛下と呼ばれますころには、その情熱を国家へもお向けくださりますよう」
「ようやくお小言が聞けたな」
列強に包囲され、常に行き詰まった感覚がある
それが何十年、いや、100年単位は続いている白十字王国を
大きく打開できるのは、人として外れ値な存在だけだろうから。
そんな、はたから見れば危険な一体感。
神がいたらば、やはり許せないのかもしれない。
「失礼いたします!」
2人だけの空間に、水を差す声が響く。
「なんだ」
「西方方面軍指揮官、ツィマー卿よりの書状でございます」
「おう」
ハインリヒも玉座に腰を下ろし、取るべき態度を取る。
「西方方面軍は恭順を示していたな。
アデライド捜索に何か進展でもあったか」
「いえ」
軽口程度に聞いたが、期待もあったのだろう。
即切り捨てられると眉が動く。
「じゃあなんだ。
またフルール王国が攻めてきたってか」
「申し上げます!」
奏上官は背筋を伸ばし、書状を広げて読み上げる。
「現在西方領にて、
広範囲に及ぶ山賊の蜂起が発生しているとのこと!」
「なんだと!?」
せっかく腰を下ろしたところだというのに。
ハインリヒはすぐ立ち上がる。
「ですので西方方面軍としては、
『そちらの鎮圧に人数を割くことになる』
と」
「なんだ、それは」
ハインリヒはイラ立ちの混じったため息ひとつ、床を蹴る。
またまた玉座に深く座ると、
「『だから見逃しても許してくれ』
と言い訳でもしているつもりか」
今度は舌打ち混じりのため息が溢れる。
やぁ皆さん、フューガ・ミュラーだ。
皆さんはいかがな午後をお過ごしか?
私たちは本日のハイキングを終え、おやつどきにホッとひと息ついているところだ。
場所はロモーヌ。
ベルノとロージーヌの中間くらいにある、山間の街だ。
そのほぼ郊外にある空き家で、ハーブティーを淹れながら
実はある人を待っている。
「フューちゃぁん! 見えたよぉ!」
お、噂をすれば、だな。
椅子から立ち上がって待っていると、
ドアが勢いよく開く。
「久しぶりだねフロイライン!
あぁ、お忍びだから静かに頼むよ!」
オマエが一番うるさい
とは言わないでおいてやるか。




