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男の業

 多くの奏上官や大臣に囲まれつつも。

 その包囲網の内側で、左右に美姫を(はべ)らせている。


 今奏上に上がった彼、トレッリの記憶が確かなら、


(今日も違う女性をお召しだな)


 毎日美女を取っ替え引っ替え。

 男なら夢のような暮らしであろうが、


 当の本人は、なんなら()()()としているくらいである。


 まぁそうもなろう。

 よくよく考えたら、左右から猫みたいに撫でまわされて、何が楽しいこともない。

 聞かされる話題も硬いものが多い。


「東方方面軍より、恭順の宣誓書が届きました」

「おう。それ以外に何か言ってるか」

「いえ、何も」

「ふん」


御母君(おんははぎみ)についてのご報告でございます」

「食わないか」

「相変わらず。やはり、その」

「オレが兄上を殺したことが効いている、と」

「は、はぁ、はい」

「まぁ人の親だからな。気持ちは分からんでもない。

 無理矢理でもいい。餓死せん程度には食わせろ」

「ははっ!」


「国教会より、庇護と租税免除の継続を求める念書が」

「ダニがよ。ロザリオの代わりにコインでも提げておけ。後回しでかまわん」

「かしこまりましたっ!」


「そこのオマエ」

「はいっ!」

「北方方面軍の恭順はまだか」

「いまだ……」

「圧を掛けろ。家族を人質にしてもいいぞ」

「は、ははっ」

「急がせろ。マルグリットもだ。

 場合によっては首だけでも許可しよう」

「な……! そ、し、承知いたしました」

「で」


 ここでようやく、ハインリヒの目がトレッリに戻ってくる。


「南方方面軍、ゼッケンドルフ卿よりの書状です!


『アデライド、ドミニク両殿下捜索』


 について!」

「聞かせろ」


 トレッリは思わず目を伏せてしまう。

 どうせ機嫌を損ねるからだ。


 しかし返事が遅れる方がマズい。


「『依然行方はつかめず。別方面へ逃亡しているのでは』


 とのこと」

「ふん」


 幸い怒鳴られたりはしなかった。

 しかしハインリヒは


『つまらない』

『気に入らない』


 というふうに首を振る。


「『別方面ではないか』か。()出口(でぐち)を。

 大方


『面倒だから捜索を打ち切らせろ』


 という布石だろう。


 いいか。念押ししておけ。


『アデライドどもが見つかるまでは続けてもらう』

『必ず生かしてベルノへ連れてこい』


 とな」

「ははっ!」


 これ以上この場にいて、少なくとも得することはない。

 トレッリは素早くターンし、広間をあとにした。



「殿下」

「なんだ」


 今までの奏上は全て、彼の正面180度から。

 しかし次の声は、時計の4時5時方向より発せられる。


 声の主は、


「シュト(じい)か」


 シュトラッサー卿。

 ハインリヒの傅役である。

 非常に口髭の豊かな反面、アゴはツルツル、頭部も薄い。


「お小言(こごと)か?」

「いえ、ただ少し気になりましてな」

「何がだ。『オレがおかしい』と指摘するのは今更だぞ」

「いえいえ、さにあらず」


 一見トゲのある会話だが、これは関係性ゆえの軽口である。


「なぜ



『アデライド、ドミニク両殿下は生かす』



 ようお命じなさっているのだろう、と」

「あぁ」


 ハインリヒは短く相槌を打つと、


「きゃっ」

「やぁだ、なんですの?」

「しっしっ。戯れの時間は終わりだ」

「ああん、ひどいわ」

「釣れないのね」


 左右の美女を退がらせる。

 その姿が廊下へ消えるのを待ってから、シュトラッサーは仕切りなおす。


「マルグリットさまは


『首でも構わぬ』


 と。

 普通は王妃殿下よりの同腹である、マルグリットさまこそ情もあろうものを」

「爺には理解できないか」


 ハインリヒはクックックッと笑う。


 他人が自分に翻弄されているのが愉快なのだろうか。

『こんなことも分からんか』と呆れているのだろうか。


 それとも


「逆にご即位のことを考えれば、


『同腹ゆえに』


 というのも分かります。

 が、


 それでも両殿下を生かされる理由にはならない」

「ふむふむ」


 ハインリヒは大袈裟に頷くと、


「なぁ爺よ」


 天井を見上げ、ため息ひとつ。


「あの男は、よかったなぁ」


 感慨深げに言葉を溢す。


「あの男?」

父王(ちちおう)さ」

「畏れ多いですぞ」

「ふん、死人よ」


 別に親子仲までは悪くなかったはず。

 実際、蔑んだり剣呑な空気感があるわけではない。


 だがなんとなく。

 残っていた大臣や奏上官たちも、足早に広間から立ち去っていく。


「あの男はよかった。


 ド・ブロイ。


 たとえ王妃を戴こうとも、満たされない男の夢、欲望。

 それを満たす女に出会い、()()にし、子まで設け、生涯愛した。


 男として最高の人生だったことだろう」

「でしょうな」

「でだ」


 ハインリヒの声が震える。

 笑ったのだ。


「あの女は実際いい女だ。父上の趣味は確かだな。

 オレからすれば、さすがに年増が過ぎてしまうがな。

 で、



 オレはその父の子であるし、



 若いアデライドはその母の娘だ」



 他人が自分に翻弄されているのが愉快なのだろうか。

『こんなことも分からんか』と呆れているのだろうか。


 それとも


 自らの業に、自嘲しているのか。



 たとえ半分は同じ血が流れていようと。


「よく似ているよなぁ。母親に」

「……御意」


 長年ハインリヒを見てきたシュトラッサーも、正直


『何がそんなに愉快なのか』


 と理解しがたい。

 それくらい楽しそうに声を震え、引き攣らせる。


「父親の血など感じさせんくらいだぞ。


 なのに、だ」


 だからこそ、そのトーンが急に下がると。


 元より歳に負けず背筋のいいシュトラッサー。

 さらに伸びる心地。

 地面に垂直になり、汗が真っ直ぐ落ちる感覚。


「アレにも半分だけ、王家の血が流れている。

 分かるか、爺。


 シュヴィーツ王家が二統に分かれてしまったんだ」


 ここでようやく、ハインリヒは振り返る。

 玉座の豪勢な背もたれの陰から、暗い笑顔が覗く。


「あってはならんだろう、そんなこと。

 直系の王子が2人いるより争いのもとだろう」

「御意」


 ハインリヒはまた天井へ視線を戻し、椅子から立ち上がる。


「だから、統合しなくっちゃなぁ? 王家の血をなぁ?




 アイツの破瓜の血でもって、元どおり混ぜてやらなきゃなぁ?」




 おそらく意見は無用だろう決定事項と自己陶酔を前に。


 シュトラッサーが絞り出した返事は、


「なるほど。ドミニク殿下はただのオマケであると」


 それだけだった。

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