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光と影

「それは」


 さすがにドミニク殿下も立ち上がる。

 聞き捨てならんよな。


 なんならそうなったとき、王にされるのは男子たる彼の方だし。


 それ以上に。

 今の発言は、ハインリヒ殿下と骨肉の争いをすること、



 遠回しに、討つことすら視野に含めたものになる。



 いかに私が頼りにされている傅役であろうと。


 王族に。

 両殿下の腹違いの兄に。


 おいそれと言っていい内容じゃない。

 大問題発言であり、どのような罰を受けるか分からんレベルだ。


 本来ならな。


「畏れながら、殿下。

 殿下はご自身が苦境の今このときにも、民の苦しみを思われた。

 ご立派です。


 しかし、何ゆえ民が苦しむかといえば、

 それはこの国が抱える(ひず)みがゆえです。


 戦火が絶えず、疲弊し、常に何かを失っている。

 それが祖国白十字王国の偽らざる現状です。


 そこなる山賊たちも、最初から略奪を人生にしてきたのではありません。

 追い詰められた結果世の中から弾き出され、賊の世界へ流れ着いたのです」


 ウソや間違いではないが、我ながら突拍子もない話の展開だ。


 しかし両殿下は静かに、真っ直ぐ耳を傾けている。


 そう。

 あなた方はそうなのだ。


 だが、


「そのような国家国民の状態にあって。



 なお我欲のために王位を狙い、

 定められた皇太子を弑逆(しぎゃく)し、

 席次を乱し道理を乱し、この国を乱しているハインリヒ殿下。



 畏れ多くも申し上げる。


 ()のごとき者が王となったとて、

 苦しむ民を救うでしょうか」



 両殿下は答えない。

 分かっているのだろう。

 分かっているから、口には出さないのだ。


 また、お二人はお優しい。

 民を慈しむ発言が出たのもほんの数分まえだ。


 そのような方が腹違いとはいえ。

 骨肉の兄に優しくないわけがあろうか。


 アデライド殿下は何かを訴える目で私を見据え、

 ドミニク殿下は逆に逸らして、ひと言絞り出す。


「今は、なんとも言えない。


 何より私たちは流浪にして逃亡中の身だ。

 まず自分たちの明日も知れず、無事と落ち着く場を確保するところからだ。


 何をするにも、このような状態では成せも救えもしない」


「ごもっともでございます」


 物事には順序ってもんがあるからな。

 私とて流れで話しておいただけであり、ここで結論を求めてはいない。


 今ハインリヒ追討の宣旨(せんじ)を打ったとて。

 山鳥の他には聞く者もいるまい。



 だからこそ、だ。


「さて」


 私も本題に戻ろう。

 ポカーンとしている山賊どもの席に戻る。


「とはいえ、お兄ちゃんたちの行いに殿下は心を痛めているわ」

「う、うむ」

「だから、



 お兄ちゃんたちに償いの機会をあげる」



 だからこそ。


 ()()に至るまでの順序をお膳立てする。


 それが私の役割だ。











 春が来たなら。

 その日が晴れなら。


 そこには春の日差しが注ぐはずである。


 三寒四温という言葉もあるが。


 少なくとも使い古した雑巾色の、重く厚い雲が垂れ込むような

 どんより重たい空気がのし掛かる


 そんな気候ではないはずである。


 特にこの日は花曇(はなぐもり)ですらない快晴。

 吹き抜ける春風が、肌で暖気と混ざって涼しい真昼である。


 だというのに。



 白十字王国首都ベルノ


 街には重苦しい空気が漂っている。



 現代ならともかく。

 多くの人が個人事業主であるような時代。

 多くの商売人と客で活況であるべき都市部の昼間に


 飛び交う声は少ない。

 ひとつひとつのボリュームも小さい。


 人がいないのではない。

 安息日で店が閉じているわけでもない。



 ただ人が暗い。



 それだけ誰もが、穏やかでない空気を感じているのだ。


 かつてフューガ・フォン・ミュラーがフルール占領下のゼネヴォンに降り立った際、


『街の活気で治安や支配体制を測る』


 というようなことをしていたが。


 案外何事かあったときは、


『阿鼻叫喚の世紀末』


 より


『ポスト・アポカリプス』


 な雰囲気になるのかもしれない。






「爺さん、パン粉もくれ」

「あいヨォ」


 そんな街の一角。

 カウンターが道に面したタイプの店舗にて。

 貴重な会話をしている中年の客と老爺がいる。


「爺さん、息子が騎士なんだろ? なんか聞いてないの?」

「なんの」

「フリードリヒ殿下ご謀反の」

「しーっ、ウチの前で滅多なこと言わんでくれ」

「おう」


 口止め料、でもないだろうが。

 老爺は袋のパン粉をもうひと掬い足す。


「本当かウソかなんて分からん。

 確かにフリードリヒ殿下は立派な方じゃったわいな。

 しかしそれだけで勘繰る理由にはならんじゃろ」

「確かにな。人間誰しも裏の顔ってのがあるもんだ。

 ウチのカミさんも、結婚するまえはあんなに優しかったのに」

「それはオマエさんが劣化したから、釣り合う女になっただけじゃて。

 ほれ、ラスク付けてやるからさっさと持って帰れ」

「どぉも」


 男が会計を済ませ、家路へ振り返ったそのとき



「どけっ! そこの男っ!」



「のわっ!」


 目の前を猛スピードで、騎乗した騎士が通過する。

 男は思わず尻餅をつき、パン粉を地面にぶち撒ける。


「あーあーまーまー。大惨事じゃのう」


 老爺がカウンターから出て、男を助け起こす。

 しかし馬にぶつかっていたら、より大惨事だったことだろう。


「ったく、バカヤロー! 危険走行しやがって!

 この世の道路全部買い取ったつもりか!」

「また伝令じゃろうのう」


 男は怒りに我を忘れ、伝令が行った先に向かって吠えている。

 代わりに老爺がパン粉まみれの体をはたいてやる。


「本当、フリードリヒ殿下がどうじゃったのか。

 新しい王がハインリヒ殿下になるのか。

 そんなことはどうでもいいが」


 老爺はカウンターに戻る直前、チラリと城の方を見た。


「とにかく、早く落ち着いてほしいもんじゃわい」











 伝令は門をくぐり、馬を降りる。

 厩舎に入れるのは係に任せて、自らは詰所へ急ぐ。


 騎士たちの詰所ではない。

 建物に入ってすぐ左。

 外周をグルリと囲む廻廊を真っ直ぐ進む。


 距離は決して短くはないが。

 突き当たりまで行って右に折れるとすぐ。

 迷子になるべくもない配慮がされた位置にあるのは、


「失礼します。南方方面軍ゼッケンドルフ卿からの書状です」

「ご苦労」


 奏上官の詰所である。


 彼は騎士から書状を受け取ると、内容に目を通す。


 彼らの仕事は単純。

 誰より早く報告に触れ、その内容を検分する。

 それから奏上しに上がるのである。


 求めれば


『内容を分かりやすく要約しておく』

『報告の優先度を判断し、相手の忙しさに合わせて順番や量を調整する』


 というスキルもあるが、それは個人の勤務態度次第。

 脳死で来た端からあげる、ダボハゼみたいな奏上官もいる。


 実のところ、彼も以前はそういうタイプだった。

 というのも、不真面目というより


『勝手に優先度が低いと判断して、あとで大変なことになったとき困る』


 という保身なのだが。

 そんな彼が、


「うーむ」


 今回は、


 いや、ここ最近は、じっくり眉根を寄せている。

 内容を精査しているのだろうか。


 まぁそれには違いない。


 ただ、


「……はぁ」


 ため息ひとつ。

 彼が気にしているのは、優先度がどうというより



「頼むから今日はご機嫌でいてくだされよ……」



 単純に、奏上する相手の気に障りそうかどうか。

 心の準備が必要か否か、である。



 彼は重い腰を上げ、詰所を出て廊下を進む。


 このルートは人生で、しかも1日に何度も通る道筋である。

 おそらく家から職場までの往路より通るだろう。


 そうして進む先は、


 ベルノ城の大広間。


 そこに待つ人物は当然、

 奏上官が必要な、伝令の騎士では直接会えない身分の相手であり、


 報告の内容によっては激怒しかねない、

 デリケートな局面を迎えている人物。


 そう、お察しのとおり。


「失礼いたします」


 彼が広間に入ると、玉座にて、頬杖をついて座っているのは



「殿下。南方のゼッケンドルフ卿より、報告書が届きましてございます」



「おう」



 第二王子、ハインリヒ・シュヴィーツである。

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